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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第14話 波動の弓矢

 地下駐車場へと続く階段を、祝たちは息せききって駆け降りていた。地下はすべて関係者専用の駐車場だ。

 

「急ごう、僕の車は地下二階だ」

 先頭を走る、瀬城の声が反響する。

 

 夜八時を過ぎた駐車場に係員はおらず、人気ひとけもない。それでいて地下特有の無機質で寒々とした空気が、ざわつく胸をいっそう煽った。


「あの青い車だ」

 地下二階は、(おそらく地下一階も同様に)およそ車三十台分に区切られた白線が、こちらの壁際に一列、中央には二列、向こう側の壁際にまた一列と、三つに並列された横長の駐車場になっていた。

 今しがた降りてきた階段は、車が出入りするスロープの対角側に位置している。

 瀬城が指さした青色のワンボックスカーは、面倒なことにそのスロープの真横にあって、今いる場所からいちばん遠いところにあった。


「さあ、急ごう」

 通路に出た瀬城が、ふたたび息を弾ませながら駆け出した。

 後ろの狛犬姉弟が、その背中を追いかける。さらに、そのふたつの小さな背中を祝が追随し、七、八歩駆けたその転瞬――


 目の前に駐まっていた車のフロントガラスが、にわかに破砕音を響かせて割れ散った。

 祝の総身は凍りつき、後方にいた八尋は、ヒッと悲鳴をあげて、その背中にしがみつく。


「追いつかれたか……」

 足を止めた瀬城が、ガラスの砕け散る車へと振り返った。そして、強張った顔を忙しなく巡らせ、敵の気配を探り始めた。

 祝もそれに倣って、キョロキョロと辺りに視線を散らした。

 が、誰もいない。物音ひとつ聞こえて来ない。ガラスは、ひとりでに割れたのか? と思うほどに、異物の気配は嗅ぎ取れなかった。


 ところが突如、陰々とした低い声が、ちょうど真上から降ってきた。


「ここだ」


 祝は、弾かれたように顔を上げた。

 

 よく見かけるタイプのこの地下駐車場は、天井板が張られていない。剥きだしのダクトや配管パイプや鉄骨梁てっこつばり、それに吊り下げ式の照明に金網の足場が、上空で行き交い、入り組み、迷路のように張り巡らされている。 

 その配管パイプの一本の上に、身を屈めつつ弓を構え、眼光炯々(がんこうけいけい)とこちらを見下ろす男がいた。


 石膏像せっこうぞうを思わせるほどの白い顔に、唇にいたっては血の気の失せきった鉛色。切れ長のまなこは、小刀で裂いた切り傷のようで、後ろで束ねられた灰黒色かいこくしょくの長髪は、ダクトから吐かれる風に吹かれて、生きているように蠢いている。

 濃紺の小袖にたっつけ袴は、忍び装束のようであり、さぞかし夜陰によく混ざる。

 

 そして左手に構えるは、闇よりなお暗い漆黒の大弓。だが、弓矢は(つが)えられてはいなかった。男は右手で矢は握らずに、(つる)だけをつまんで引き絞っていた。

 しかし、射ぬかんとする視線の先にあるのは、祝の眉間だ。


(あれで、壁に穴を!?)

 やじりのような男の瞳に囚われて、祝の全身に戦慄が走った。


「伏せろッ、祝くん!」

 瀬城が叫んだ。

 

 祝は、地面にめり込む勢いで腹這いになった。

 それとほぼ同時に、男が張り詰める弦から手を離した。

 直後、後方の地面から、硬質物同士の砕け合う音が耳朶を打った。


「きゃあ!」と、八尋が悲鳴をあげる。

 祝は這いつくばったままの姿勢で、後方に首をねじ向けた。足許から十センチも満たないすぐそばで、地面にひとつの穴が開いていた。もちろん、このフロア全体を敷き詰めているのは、コンクリートだ。


 祝は、自らの血の気が、サァッと引く音を聞いた気がした。

 そのあいだにも、上空にいる男は右手で弦を引き絞り、祝を狙い澄ましている。しかし、はっと何かを察したらしく、敏捷にその場を飛び退いた。

 

 次の刹那、男がいた配管パイプに、何かが飛来し突き刺さった。

 折りたたみ式のサバイバルナイフだ。投げ放ったのは、瀬城だった。


 男は五メートルほど離れた鉄骨梁へと飛び移ると、すぐさま瀬城の眉間に向かって弓を構えた。

 瀬城も男を見上げて、きっと刺すような眼差しを投げる。

 いったい何本隠し持っているのやら、スラックスのポケットからまたしてもサバイバルナイフを取り出すと、男への視線はそのままに声をあげた。

「みんな、早く逃げるんだ!」


 祝はようやく立ち上がり、「で、でも……」と逡巡を漏らした。自分が加わったところで、とてもじゃないが戦力になるとは思えないが、かといって瀬城ひとりで渡り合えるとも思えない。


「いいから、早く!」

 苛立ちを露わに、瀬城が叫ぶ。

 

 そこへ、日暈が祝のもとへと駆け寄ると、腕をぐいぐいと引っ張った。

「神通術が使えない今のそなたでは、瀬城の邪魔になるだけですの!」

 

 祝はちょっと抵抗しかけたものの、日暈に引き寄せられるまま、結局は瀬城に背を向けた。

 

 神通術――おそらくは、今しがたあの男が、コンクリートに穴を空けたあの力のことだ。そして、瀬城が口から吐き出した紫色の煙もおそらくは。


 だとすれば、確かに神通術なんて使えない正常な自分の出る幕じゃないと、祝は自身に言い聞かせた。日暈が発した、〈今のそなた〉という言葉が引っかかるが、とりあえず今は聞かなかったことにしよう。


 手を取り合って、祝と日暈はひた走った。瀬城から二十メートルほど離れたミニバンのサイドの陰に隠れると、ふう、と取り敢えずの息をついた。通路を挟んだ向かい側のセダンに目を遣ると、八尋と月暈がその陰に隠れて身を寄せ合っていた。


「なぁ、あいつって、やっぱり死神なんだよな?」

 祝の問いかけに、日暈がこくりとうなずいた。

「奴の名は、青鹿毛炸靭あおかげさゆき。〈波動の弓矢〉という神通術の使い手で、弓の弦を弾くだけで、目には見えぬ強矢すねやを放つことができるですの」


 祝の脳裏に、蜂の巣模様に変わり果てた診察室の壁が蘇った。確かに弦を弾くだけで矢が放たれるのであれば、際限なく連射することが可能なはずだ。それこそ矢継ぎ早に、間髪容れずに。


「さっきも言ってたけど、その神通術って何なんだよ?」

「体内で燃える魂を凝らし、そこから発せられる熱を霊力と呼ぶですの。そして、その霊力を顕現けんげんさせたものこそが、神にも通ずる(すべ)――神通術ですの。診察室で、瀬城が見せた力も神通術。ちなみにあの妖煙(ようえん)は、〈腐敗の瘴気〉と呼ばれ、煙幕にもなるうえに、触れれば立ちどころに肉が腐り、数分で死に至るですの」


 マジかよ――と、祝は驚嘆の声を漏らす。

「でも、なんで先生がそんな力を?」


「わっちゃらが、引き出してやったんですの。ゆえに、たとえ奇襲とはいえ、瀬城はもう死神を二人も(ほふ)った立派な術者。だけど、こちらが奇襲されるとなると、ちと……いや、かなりマズいですの」

 日暈が、ミニバンのヘッドライトの上からほんの少し顔を出した。祝も日暈の頭の上から顔を出し、一人と一匹は顔を縦に並べて、瀬城と死神の戦況をこっそり覗いた。


 二人の睨み合いは、いまだ逆巻くような鬼気を孕んで続いていた。が、ほどなくすると、死神である青鹿毛炸靭が、薄い唇を歪に(まく)って口を開いた。

「仲間を引き入れていたとはな。無駄なこととはいえ、小賢しい真似をしてくれる」

 陰々とよどんだ声ではあったが、地下であるおかげでよく響いた。

「仲間になったわけじゃねえよ。巻き込まれただけだっつぅの」と、祝は苦々しくつぶやいた。


「カグツチと天瑞鏡(てんずいきょう)の破片を返してもらおう。今すぐにだ」

 凄みを利かせて、炸靭が言う。「さもなくば、この場で脳漿(のうしょう)が散ることになるぞ!」

 

 祝は背中に冷たいものを感じつつも、聞き慣れない言葉に、目をぱちぱちとしばたたいた。

(テンズイキョウ……?)

 あっと思い至ったのは、瀬城が鍵のかかった引き出しから取り出していたものだった。白い布に包まれていて、中身を窺い知ることはできなかったが、誰にも奪われまいとする彼の姿が、祝の瞼の裏に鮮明によぎった。


「いいや、カグツチも天瑞鏡も、おまえたちなんかには渡さない」

 瀬城が、臆することなく鋭い語勢で切り返した。「人を殺し、不幸を招くことしかできないおまえたちは、しょせん悪魔以下の存在だ。たとえ神と名がつこうが、恐れはしない。僕が必ず殲滅(せんめつ)する!」

 

 面罵(めんぼう)された炸靭の総身に、みるみる血の気がのぼってゆく。

 

 迸る殺気と気迫がぶつかり合って、空気をビリビリと震わせる。


 貴様――と、炸靭が低く唸った。

「もう蜂の巣では済まさんぞ。挽肉になるまで撃ち砕いて、豚の餌にしてくれる!」


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