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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第11話 富士山の大噴火

 フラッシュが止まった。カメラの向こうにいる記者たちのざわめきも止まり、静止画を見せられているかのような時が流れた。


 それを見ている祝も、息を止めた。

 富士山――日本人ならば、誰もがその名を聞いて、あの雄大な姿を思い浮かべることができるであろう、名山にして日本最大の活火山。それが今、噴火を目前に控えていると、彼らはどうやら言いたいらしい。

 

 そこで、祝の思考は窒息した。噴火する富士山の姿なんて、悪夢の最果てで見る幻影のようなものだった。十六歳の高校生では、とてもじゃないが想見しきれない。


「それでは、まず――」と言う声がパソコンから聞こえて、ようやく画面が動きだした。沈黙を破ったのは、火山監視課長の山崎に替わってマイクを持った、火山活動評価解析官の関谷だった。


「ここ3週間において頻発した、富士山周辺の異常現象についてご報告させていただきたいと思います。まず、本日付けでまとめられた現地調査員からの報告によりますと、富士山全体の放熱量が著しく上昇、また、拡散的に噴気中であった火山ガスの放出量も増加し、その火山ガスに含まれる成分にも変化が見られ、硫化水素、二酸化硫黄、塩化水素の濃度の増加が確認されました。

 加えて、傾斜計およびGPSを利用した地殻変動観測にて、富士山山体の膨張も確認。これらすべては、富士山地下深部にあるマグマの上昇によるものと考えられます。

 そして、報道をご覧になってご存知ではあると思いますが、二日前の五月八日に、山道より水蒸気爆発が発生。これは上昇したマグマが地下水を沸騰させ、その際に生じた水蒸気の圧力が爆発したものと考えられます。これにより、登山客数名が火傷を負う事故となりました。

 これらをふまえまして、気象庁は富士山の火山活動が活発化した可能性があると判断し、噴火警戒レベルを1から2へと引き上げることをご報告いたします」


 記者たちの声が、ざわめき立った。依然として画面に映るのは関谷のみだったが、浮き足立っている彼らの姿は、画面の向こう側であっても手に取るように想像できた。


「お静かに、落ち着いてください」

 次にマイクを持ったのは、火山防災推進室長の一ノ瀬だった。

「先に申しあげた変動につきましては、突発的にも起こりうる現象であり、噴火発生直前の確実な予兆ではございません。また、マグマの活動が活発化したからといって、必ずしも噴火が発生するともかぎりません。

 現在は、あくまでも警戒レベル2であり、火口付近への立ち入りは禁止いたしますが、それ以外の行動に規制はいたしません。

 万全に備えることは大切ですが、不用意な行動は混乱を招きます。誤った情報に惑わされる可能性もございます。どうかみなさん慌てることなく、気象庁より発信された情報に従って行動していただきますようお願いいたします」


 しかし、記者たちのざわめきは静まらない。そんななか、一人の記者がそれを掻き分けるように声をあげた。

「本当に、警戒レベル2で大丈夫なんでしょうか!」女性の毅然とした声だった。「気象庁以外の観測機関では、富士山の噴火は、もう目前であるという声があがってきています。それに、ここ最近の地震の影響で発生したとされる、亀裂や陥没が随所に発見され、もうネット上にもあがっています。この三週間において頻発した地震のペースがこのまま続いて噴火が起きれば――富士山は山体崩壊するのではないでしょうか!?」


 アップで映し出されていた一ノ瀬の表情が凍りつき、記者たちのざわめきがどよめきに変わった。


「亀裂や陥没に関しては、気象庁でも衛星画像やドローンでの空撮にて、すでに確認済みです」

 ふたたび火山監視課長の山崎が、マイクを取った。「しかしながら、このような現象も以前から突発的に観測されてきた現象です。気象庁がまとめた地学データにおいては、噴火の可能性も確実と言っていい範囲には届いておらず、山体崩壊にいたっては、きわめて可能性は低いと結論づけております。

 そんな段階で、警戒レベルを3以上に引き上げるのは時期尚早であり、混乱を招く恐れがあります」


「しかしですねっ!」

 今度は、男性の記者から声があがった。「もし一ヶ月以内に山体崩壊が起きたら、周辺住民の避難は今からでも遅くはないんじゃないですか!? もうほかの観測機関じゃ、富士山は噴火するって言ってるんでしょ?」


「ですから、気象庁としましては――」

 山崎が反論するも、続く声は記者たちの声にかき消されてしまった。

 狂騒の声が、響き渡る。映るのは、記者たちを落ち着かせようとする四人の気象庁の職員たちの、必死な手振り身振りばかりだった。


「まいったな……」

 重いため息とともに、瀬城がマウスを操作して、パソコンの音量をゼロにした。「火山は火山でも、まさか富士山だったとは……」

 

 狛犬姉弟は、思い詰めた表情でじっとしている。


「あの……」

 八尋が、少しあせた顔色を瀬城に向けた。「サンタイ、ホウカイって何なんですか? 噴火よりも、もっとひどいことが起こるってことですか?」


 祝も、食い入っていた画面から目を剥がして、瀬城を見た。


「そうだね……」

 瀬城が、暗然とした表情で顎を引く。「わかりやすくいうなら、マグマをスパークリングワインの中身液としよう。そして、富士山山体をそれを満たした瓶とする」


 カグツチは今、それを地震を起こすことによって、振り動かしている。


「そうすると、中身液に溶け込んでいた炭酸ガスは分離され、外へ抜けようと上昇する。やがてはコルクを吹き飛ばし、同時に中身液も瓶の口から噴きこぼれる。それが噴火という現象なんだ」


 だけど、もっと最悪なのは――


「瓶自体に亀裂が生じている場合だ。脆くなっている瓶は、炭酸ガスの爆発的な圧に耐えきれずに木っ端微塵に粉砕され、中身液と一緒に四方八方へと弾けるように飛び散ってゆく」


 四散するガラス片は、いわば土石流や岩屑なだれだ。それが中身液であるマグマ(溶岩流や火砕流)と一緒に周辺地域の居住区をあっと言う間に呑み込んでゆく。


 それが、山体崩壊ってやつなんだ――と、瀬城は言う。


「さっきのニュースで言ってたよな」

 祝が剣呑な声で加わった。「新たに発見された富士山の亀裂って、地震の影響によるものだって」

 って言うことは、だ、と棘のある眼差しを鬼灯の中に投げ込んで、

「ここ最近の地震も、富士山の噴火も、そのうえ山体崩壊も、全部カグツチの仕業ってことだよな?」


 祝の目から庇うように、狛犬姉弟がひしっと鬼灯を抱きしめた。

「先にも言ったはずですの! このお方は、火と火山を司ってはいても、心と身体は頑是(がんぜ)ない嬰児ややこそのもの。ただただ、首を失った己の身体を嘆いておられるだけで、決して人に害をなそうとして泣き暴れるわけではないですの!」

「ですぞ!」


「それに、このお方だってお(いたわ)しい境遇におられるんであって、諸悪の根源は首を盗んだ黄泉津大神と、その鋭爪えいそうである十人の死神どもですの! 彼奴きゃつらが素直に首を返しさえすれば、こんなことにはならなかったですの!」

「ですぞ!」


 祝は、反論しなかった。せめて舌打ちの一つでも投げつけてやりたかったが、カグツチからのあのおぞましい視線を思い出すと、舌が奥へと引っ込んでしまった。

 

 そこへ日暈が、ただ――と続けた。

「もしいま富士山が噴火し、山体崩壊すれば……被害は周辺地域の居住区だけでは済まないはずですの」

「ですぞ」


 祝は、寄せた眉間を二匹に向けた。

「どういうことだよ」


「かつて、わっちゃらがおそばにつく以前のこのお方は、それはもう頻繁に泣きじゃくっては、富士山を噴火させていたですの」

「ですぞ」

 

 約五千六百年前にまで遡れば、富士山はおよそ百八十回は噴火を繰り返していることがわかっている。平均すれば、三十年に一度は噴火していた、ということだ。


「だけど、わっちゃらがおそばでお慰めするようになってからというもの、このお方はもう三百年以上ものあいだ、泣き暴れることなく、富士山を噴火させてこなかったですの」

「ですぞ」


「だから、今の富士山の深部には、過去の噴火のおよそ十倍ものマグマが、ぱんぱんに詰まっているはずですの」

「ですぞ」


 それが山体崩壊で、一挙に噴き出れば――


「山梨と静岡の全域が、乱離骨灰らりこっぱいの焦土となりうるですの」

「ですぞ」


「そうなると、被災者数は東日本大震災の比じゃないな」

 瀬城が、さらに恐るべき言葉を添加する。「もし、一切の避難勧告もなく発生すれば、死者数はうん万人に上るだろうね」


 間違いなく、日本最恐の災厄である。

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