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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第10話 気象庁の会見

 ふと気づくと、いつの間に立っていたのか、顔前に緋色と浅葱色の袴が見えた。足許だけを見ても、明らかに仁王立ちの様相だ。

 

 祝は、ためらいがちに目を上げた。思った通りふんぞり返った狛犬の姉弟が、こちらを勝ち誇った目で見下ろしていた。


「この頓狂者め。腰でも抜かしたですの?」

「ですぞ?」


「しかしこれで、ようやく信じられる気にはなったはず。わっちゃらの話が、冗談ではないと思い知ったはずですの」

「ですぞ」


 二匹の膨らんだ小鼻を見た途端、祝の身体は自分でも単純すぎると思いつつも自然に動いた。四つん這いで、カサカサカサッという音が聞こえてきそうなほどに素早く診察台の下から抜け出すと、立ち上がりざまにギロリと二匹を見下ろした。


 ふん、と二匹が揃って鼻先で笑う。

「ずいぶんと強がって。あれしきの地震いが、そんなに怖かったですの?」

「ですぞ?」


 は? と脊髄反射の速度で、祝は返した。「んなワケねぇだろ! あれしきの地震!」

 それからいったん息を引き、か細い吐息と一緒に、ただ――と続けた。カグツチと確かに目が合って、凄まじく睨みつけられたんだと言おうとした。

 が、ニヤニヤとわらいながら、「ただ?」と聞き返してくる二匹が小癪に障って、つい言葉を呑み込んでしまった。どうせ言ったところで、恐怖のあまりに幻覚でも見たんだ、と馬鹿にされるのがオチだろう。想像しただけでムカっ腹が立って、結局ぷいっと二匹に顔を背け、「何でもねえよっ」と吐き捨てるだけに終わってしまった。


「今のは、かなり大きかったなあ」

 瀬城が、床に散らばったペンを拾いながら呑気に言った。あまりにも他人事な言い草ではあったが、その気の抜けた物腰のおかげで、なんだか怯えているのが馬鹿らしくなった。


 瀬城はペン立てにペンを戻すと、デスクトップパソコンを起動させて、ニュースチャンネルのライブ配信を再生させた。

 映し出されたスタジオの中では、念のためかヘルメットを被ったアナウンサーやコメンテーターたちが、皆一様に動揺の色を濃くしていた。しかし、そんななかでも男性のアナウンサーは、視聴者へ懸命に警戒を呼びかけていた。

 津波の影響は、今のところないこと。しかし、いつまた余震が起きるかわからないため、すぐに避難できるよう備えること。本棚や食器棚などの倒れやすい家具のそばには近寄らないこと。地域の避難場所をしっかりと把握しておくことーー

 

 〈余震〉と聞いて、途端に不安になった祝は鬼灯の中を覗き込んだ。

「心配しなくても大丈夫ですの。今はぐっすりと眠っているから、しばらくは何も起きないですの」

「ですぞ」

 狛犬姉弟にそう言われ、素直に胸を撫で下ろした。気づかぬうちに、もうすっかり彼らの言葉を信じ切ってしまっている。

 

 パソコンに視線を戻すと、アナウンサーは、いまだ原稿に書かれた注意喚起と各地の地震情報を繰り返し読みあげていた。が、突如カメラのそばにあるのであろうカンペに目を移すと、

「えー、地震速報の途中ですが、気象庁より緊急会見が行われるそうですので、画面を切り替えさせて頂きます」

 という言葉を最後に、スタジオからの映像は途切れてしまった。


 代わりに映し出されたのは、『気象庁』と書かれたパネルを背景にした会見室。紺色のユニフォームを着た四人の男性が、緊張した面持ちで横一列で着席している。


「変だな」と、瀬城がぼそりとつぶやいた。「地震の緊急会見で、気象庁の職員が四人も出てくるなんて珍しいよね。こういう会見って、いつもは一人でやってるもんだろ?」

 たしかに、と祝は思った。が、それ以上の疑念は浮かばなかった。心配するなと、狛犬姉弟は言っているし、もう一度ちらりと鬼灯の中を覗いてみても、やはりカグツチはぐっすりと眠っている(ように見える)。


 会見が始まると、四人の気象庁の職員たちは、一度立ち上がって揃って深く一礼した。その後、席に着いた彼らの開口一番の発言には、祝だけでなく、おそらくはそれを目の当たりにしたこの国のすべての者が、意表を衝かれる破目になった。


()()監視課長の山崎です」

()()対策官の下柳です」

()()活動評価解析官の関谷です」

()()防災推進室長の一ノ瀬です」


 一人目の言葉は、聞き間違いだと思った。二人目の言葉で、そうではないと思い知り、三人目の言葉で息を呑んだ。そうして四人目の言葉で、祝は頬をはたかれたような勢いで、狛犬姉弟へと振り返った。


 二匹の顔には、わかりやすいほどの悲壮の色が浮かんでいた。しかしそれと同時に、逆風に倒れまいと踏ん張り、立ち向かおうとする決死の色も見て取れた。


 祝は、パソコンの画面に目を戻した。四人の気象庁の職員もまた、緊張の色を浮かべている。


「えー、本日、日本の活火山一体において、このさき一カ月前後に噴火の可能性があるとみて、気象庁は、観測、調査、防災に迅速に対応すべく、気象庁以外の研究機関、防災機関と協同した特別対策チームを発足したことをご報告させていただきます」

 まずマイクを持って口を開いた、火山監視課長の山崎と名乗った男の顔がアップになり、カメラのフラッシュが集中した。

 その山崎は、いったん口を固く引き結ぶと、喉仏を大きく上下させた。それから改めて口を開いて、重く、硬い声で、そして……と続けた。

「この一カ月前後に噴火の発生が予測される活火山は――」

 

 富士山です。


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