第25話「父の絵、息子の絵」
テオさんは皆を管理人室へと案内してくれた。ほとんどオフィススペース的な部屋だったが、素朴なベッドも隅に置いていた。フロントの部屋からスツールを二つ持ってきた。
「リアナ様はそちらの机の前の椅子を使ってください。僕とアンちゃんはこのスツールを使いますので…」
テオさんが丁寧にリアナさんを案内してくれた。リアナさんもそれに従って座って、俺が乗っている魔法陣を机に乗せた。このまま俺が忘れ物になってしまうじゃないかと悪い予感がした。
その間、シスターさんとテオさんは紙と木炭を出して、絵を描く準備をし始めた。
「それでは、子供の頃みたいに、テオくんが先に描いて、私がその真似をして描くのでいいですね?」
シスターさんは尋ねた。
「いや、僕が描かなくっても…」
まだまだ頑固なテオさんは反論しようとしたが、すでにこの戦いに勝ち目が見えないことを悟ったようで、自分用の紙もシスターさんから受け取った。シスターさんの顔はまだヴェールで隠れてたが机の角度から彼女がその動作で微笑んだのが見えた。
二人が描き始めると、部屋の空気は一気に変わった。堅苦しい事務室だった空間が、まるで子供たちの遊び場のように賑やかになる。テオさんが描いて、シスターさんに教えようとして、間違えたところで二人が笑いだしたり。昔の時の話を持ち上げたりで笑顔になったりした。リアナさんはその二人を見ながら甘く切ない感じで見守ってた。テオさんのお父さんの絵が似てきたころには、そのお父さんについての話が盛り上がった。今でもテオさんはその死に苦しんでいるのが明白だったが、その会話で大好きだった父の事を思い出せるきっかけにもなっているところで嬉しそうだった。
「本当なら、ここでのりを塗って仕上げるんだけど、今はないんだ。アンちゃんのために作ってみるから、今度家内が教会へ行く時に持たせるよ。」
「完成した絵を見せてください!」
リアナさんが立って、二人のところに歩いた。
「俺にも見せて!」
俺はやっぱり忘れた。リアナさんを呼び戻した。
「あ!」とリアナさんが小さく声を上げた。彼女は俺が乗っている魔法陣の描かれた紙を素早いながらも丁寧に持ち上げた。俺のことが見えず、声も聞こえないテオさんはリアナさんのとっさの行動で不思議そうに眺めたが、俺が認識できるシスターさんは笑いをこらえきれずにクスクスと笑った。
リアナさんが俺にも絵がはっきりと見えるように紙を持ってくれた。シスターさんの絵はテオさんの手伝いのおかげか、よく描かれていた。でも、テオさんの絵の隣だと上手い小学生の絵ぐらいにしか見えなかった。テオさんは、画家だった父親の才能を確かに受け継いでいた。十年以上も絵から離れたと思えない腕前だった。俺が見た芸術家の顔が、そのまま紙の上によみがえったかのようだった。木炭だけで描かれているとは思えないほど生き生きとしていた。
「似ている」
俺がこぼした。
「本当にテオくんの絵は私の思い出と瓜二つです」
シスターさんも感心を述べた。
「いや、恥ずかしい。全然父の足にも及べない。これも後で捨てますよ…」
テオさんは悲しい声で絵を見ながら嘆いてた。
「テオくんのお父さんは本当に凄かったけど、自分の絵を否定する理由にはならない。」
指導者らしい声でシスターさんが返した。
「でも、そうね。私達の絵を持って、久しぶりにテオくんのお父さんの絵を眺めたから帰りましょう。」
「そうですね、私もまたテオさんの子供の時の絵が見たいわ」
リアナさんの言葉にテオさんは困ったように後頭部をかいた。二人の勢いにはもう逆らえず、反論する気力すら残っていないようだった。
片付けが終わったら俺達は部屋を出て、例の宿屋の客室に移動した。
さすがにその部屋には暗く重い空気が漂っていた。だけどリアナさんの魔法陣の上に乗ってた俺はその部屋でも快適だった。リアナさんは前にこの部屋に入ったから反応なかったが、残滓の怨念が濃くなっている部屋に入ると、シスターさんも一瞬だけ戸惑った様子を見せた。異変が見えないと感じないテオさんはそれに気を付けなかった。
シスターさんは壁に掛かった木炭画を、目を細めて見つめた。
「これが例の絵で間違いないね。」
と彼女が囁いた。「例の絵」の本当の意味を知らないテオさんは、素直に答えた。
「ええ、リアナ様に見せた、僕が子供の時の木炭絵ですね。本当に上手いもんな。あの時僕は悩みなんて何一つもなかった。こんな無邪気な顔だったな。そんな俺の表情を見事につかんだ」寂しそうに絵を見ながら言った
「本当に上手いものね。あの頃のテオくんが部屋にいるかのように。懐かしい。」
柔らかい声でシスターさんが返した。シスターさんはリアナさんの方に向いて確認すると、リアナさんが頷いた。シスターさんはテオさんが描いた絵を、残滓がついている絵の方へ向けて見せた…
何も変わらなかった。
シスターさんはリアナさんに首を傾げた。
「テオさんの絵の隣に飾ってみて。あ、テオさん自身がやった方がいいかも」
俺のアドバイスにシスターさんは頷いた。
「テオくん、自分が描いた絵を隣に飾ってみていかが?」
「隣だとさすがに僕の下手さが引き立てるじゃない?」
やっぱり彼は落ち込んで言った。だけど、やっぱり威圧に負けて、文句を言いながらも、自分の絵を隣に並べた
そう飾ってみると本当にテオさんの絵が見劣りして見えた。そうだったが…
次の瞬間、部屋の中に眩い光があふれた。
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