第24話「手のひらの上で踊らされる」
紅茶を飲み干すと、シスターさんはヴェールを身に着け、片付けを始めた。
その後ろについて、リアナさんと俺は教会の離れにある教室から、木炭画に使えそうな紙などを取り揃え、町の中心へと向かった。
「町に出るのは久しぶりですわ!天気もいいし、訪ねてきてくださって嬉しいですわ!」
シスターさんはやけに高揚していた。楽しんでいるのは本心だろうが、既に結婚している初恋の人に会いに行くことへの不安も、どこかに滲んでいるように感じられた。
「ええ、素敵な町ですね!平和そうで活気に溢れている。ああ、それに、二人で紅茶も飲めて嬉しかったわ!人と一緒に食事やお茶をするのも久しぶりでした」
リアナさんがシスターさんの不安に気づいていたかは分からないが、自然な形で会話の間をつないでくれた。
「俺ができれば一緒に食事や飲み物に付き合いたいんだけど...」
俺は少し拗ねたように呟いた。
「っていうか、俺が食べられないだけで、一人にしてるわけじゃないんだけどな…」
リアナさんの頬が、またわずかに赤く染まった。
「いえ、ごめんなさい。悠真さんが悪くないのは分かっています。でも、やっぱり生きている存在とは違うので…だからこそ、必ず蘇生できるように頑張りますね!二人で食事をするのが楽しみ!」
その言葉を聞いて、シスターさんはリアナさんからそっと顔を背けた。
それ以降、シスターさんはほとんど口を開かずに歩き続けた。
例の宿屋にたどり着くと、リアナさんはシスターさんからもう一枚の紙を受け取った。絵用の紙と違い、それは折り紙ほどの大きさしかなかった。鉛筆のようなものを取り出した。
「紙があれば、悠真さんを守る携帯魔法陣が作れるよ!」
張り切った様子で壁を下敷き代わりにし、リアナさんは紙に綺麗な魔法陣を描き上げた。
「月屑の砂筆ですか!ずいぶん高級なものをお持ちですね。」
シスターさんは驚いた様子で声を上げた。
「さあ、悠真さん!この魔法陣を私の手のひらに乗せますので、その上に乗っている感覚で移動してくださいね!」
彼女は俺ににっこりと微笑みかけた。俺は文字通り、リアナさんの手のひらの上で踊らされることになった。
シスターさんは宿のドアに三回ノックした後、扉を開け、三人(俺は人として数えていいのか?)で中へ入った。
「お久しぶり、テオくん!遊びに来たわ!」
シスターさんは、わざと子供のように叫んだ。テオさんは驚いたようにカウンターから立ち上がった。その顔も、すぐに柔らかな表情へとほころんだ。この顔なら子供の姿の面影が見えなくもない。
「アンちゃん!本当に久しぶりだな!」
テオさんの目が、温かく輝いた。どうやら、それがシスターさんのあだ名らしい。
「僕の結婚式以来だったかな?もう10年以上前じゃない?!」
「もうそんなになったかぁ」
シスターさんは、あえて知らなかったふりをした。
「時間が経つのは本当に早いわね!ところで、この方からテオくんのお話を聞いて、懐かしくなって、こうして会いに来たのよ」
声には昔を懐かしむ響きがあった。
テオさんはリアナさんの方へ向き直り、頭を下げた。
「これはリアナさまではありませんか。またお越しいただき、誠にありがとうございます。」
「ええ、シスターさんとこちらで見た絵の話をしていたら、テオさんとは幼馴染だと聞いて、驚きましたわ!」
「覚えてる?私達が子供の頃、授業の後によく私に絵の描き方を教えてくれたわよね」
そう聞いたテオさんは寂しげな笑みを浮かべた。
「いや、人に教えられる程立派な絵を描いていたわけじゃないよ。恥ずかしいな。」
「いいえ、一緒に絵を描いていた時間は、私にとってかけがえのない思い出の一つですわ!本当にあの時間が大好きでしたわ!」
シスターさんの声がちょっと震えてた。あれ以上な告白を言うのはどっちの立場からも言ってはいけない一線。テオさんはシスターさんの言葉に少しだけ反応して、一瞬だけ哀愁を帯びた表情になったが、すぐに普通の笑顔になった。
「僕もあの時間が好きだったよ。そういえば、何故か最近家内も子供の頃の僕の絵が好きだったと言っていた。僕たちはもう、昔を懐かしむ年頃になったということだね」
シスターさんの気持ちが伝わったのかどうか、彼は妻の話を持ち出した。
「そうね、ブリトニーちゃんとは、私も色々と似ているところがあるわね」
テオさんの奥さんの名前らしい。
「それで思ったのだけれど、今度教会の授業で絵も取り入れようと思うの。目と手の協応にもなるし、もっと字が綺麗に書けるようになってほしいわ!子供の頃、お姉さんシスターたちは皆、テオくんの字を褒めていたわ!綺麗で丁寧って。出会った頃の私は字が汚くて、よくしかられたものだわ。テオくんと絵を描くようになったからマシになった」
テオさんは小さく吹き出した。
「確かに、酷かったね!」
シスターさんもクスクスと笑った。
「それで、人に教える前に、まずは自分が学び直すべきだと思いまして……。よろしければ、また昔のように私に絵を教えていただけませんか。」
テオさんは固まって、少し困ったような表情を浮かべた。
「私にも立場がありますので、リアナさんにも同席していただこうと思いまして。」
「いや、でも、僕はもう絵を描けない。下手だったし。町の屋台には芸術家がいるって聞いたから、その人に聞いた方がいいんじゃない?」
「あの、練習で描いてみたい絵はテオさんのお父様の絵です。お父様のことをよく覚えているテオくんでなければ、似せて描くことはできません。」
テオさんは考え込んだ。
「なんでおやじを?」
「絵が大好きだったあの人は、絵にしてあげた方が喜ぶかと思ったので。シスターとしては、亡くなった方の思いを汲み取りたいのです。」
「そう言われると弱いんだよな。分かった、夕食までまだ時間がある!描こう!」
テオさんは張り切って言った。
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