④
ミカが公開した手札に、多くの視線が集中する。
そんな中、ミカは頭をぽりぽりと掻きながら、
「3のワンペアですね。えへへ……」
と、照れくさそうに笑った。
そう。彼の手札は、ダイヤの4と、スペードの8。フロップと何一つ被ることの無い手札だった。
「なっ、なにそれっ……!? 実質ブタみたいなもんじゃない!」
唖然とするイザ。
想定できる中でも、最弱の手。彼はそれに1000チップも賭けたのだ。無理もないのかもしれない。
「いやー、助かりました。内心はひやひやしてましたよー」
てれてれとした様子のミカを、イザは無言で睨む。
(よくもぬけぬけと……! 今回のゲーム、完全に、策に嵌められたわ! チャンスに踏み込む意思を折られ、ミスリードに誘われてしまった。――――いや。でもとりあえず、“そんなことはどうでもいい”。……問題は。彼は何故、手札を私に見せたのか。相手がフォールドしたのだから、手札は公開せずそのまま流すのが鉄則……! さり気無くやっていたから、普通ならそのまま勝負の余韻に呑まれて気づかないでしょうけど……。あの行為、絶対に何かある!!)
「次のゲームに移ります」
各々熱量高まるテーブルとは裏腹に、ディーラーは淡々とゲームを進行する。
テーブルの上を滑りながら、手札が2人に配られた。
「今度は私が先ね。とりあえず、ベットよ」
「同じくベットです」
手札を手に取り確認する。
イザは、冷静さを取り戻しつつあった。
(さて……。再びお手並み拝見といこうかしら。私の手札はダイヤの2とクローバーのキング。悪くないわ。ただ、流れは完全にあっちにある。ここはひとつ、様子見と行こうかしら)
「チェック」
イザはテーブルを人差し指でとんとんと軽く叩き、主導権を少年に譲る。
「……僕も、チェックです」
対するミカは、少し考えた様子を見せた。しかしか、何事も無かったかのように次を促す。
最初のベットラウンドが終了した事を確認し、フロップが並べられる。
スペードの3、クローバーの7、ハートのキング。それが、最初のフロップだ。
「レイズ! 50チップ」
イザの声が響く。鬼迫の込められた声だ。
キングは手札とフロップにしか見えていないカードだ。それがミカに行っていなければ、プロップかデッキに2枚あるということになる。よって、キングが重なれば勝機は十分と、イザは考えた。
とはいえ、問題は初めて見えた7。
さて、ミカの動きも見逃せなかった。
「50レイズです」
ミカもさらにレイズする。
手札のどれか一枚が被り、もしくは現段階ですでに2ペア確定が濃厚だ。
「さらに50レイズ」
「……コール」
イザのレイズに、ミカは少し考えた後コールする。
現在の賭け金は200。ここまでは前回と同じ流れだ。
2度目のベットラウンドが終了する。ディーラーはフロップを捲った。
出てきたカードは、ハートの2。
そのカードに、ぴくりとイザの眉が反応する。
(きた!! これはうれしい当たりね! 2はこれで最後だから、次のフロップがKならフルハウス! ……相手は、賭け方から見るに7かKのどちらかを持っているとみて間違いなさそうね。200でコールしたところを見ると、どちらも持っていたり、ジョーカーを持っていたりは考えにくいけれど……。まだ油断はできないわ)
「レイズよ。50チップ」
「……。50、レイズです」
「さらに50レイズ」
「……コール 」
立て続けのレイズに、ミカは苦い顔をして唇を噛んだ。
最後のフロップが公開される。クローバーの10だ。結果として、スーツも数字もバラバラのフロップになってしまった。
(フルハウスならず、か。それでもこのツーペアなら上出来だけれど。……さっきのベットラウンドの反応では、相手がキングを持っている可能性は低いと言っていいでしょう。ただ気になるのは、ここにきて初めて見えた10。この子が厄介。相手が2枚持っている可能性も捨てきれないわ。10のスリーカードか、7と10のツーペア、もしくはそれ以下か……)
「50レイズよ」
「同じく50レイズです」
「レイズ。100チップ」
「…………」
どんどんと積まれる掛け金に、ミカは沈黙する。手札を伏せ、俯いた。
(いよいよ、10の3カードの線は薄くなってきたわね。十中八九、7と10のツーペアで間違いないでしょう。このゲーム、勝たせてもらうわ)
勝利を確信しながらも、イザは無表情を貫く。ミカのプレイを待つのみだ。
先程のゲームのように、ミカの一挙手一投足がブラフの可能性もある。彼女は、油断してはいなかった。思考は止めず、頭の中で様々なパターンを模索し、その対処を考察する。
「……ふふっ。――楽しい、楽しいですよ、イザさん」
「……?」
恍惚とした、笑み。
顔を上げるミカ。その表情を端的に表すならば、まさにそれだった。
イザはその表情の真意を読めないまま、怪訝な表情で彼を見る。
「なかなかに! なかなかに素晴らしいです! レイズ!! 150!」
まるで、新しいおもちゃの箱を開ける子どものような顔で、少年は掛け金を吊り上げる。
その様子に、またもや周囲はどよめきに包まれた。
だが、イザはブレない。
無表情を崩し、微笑までもを浮かべながら、彼のレイズに応える。
「100、レイズ」
歓声。
予測不可能の結末への期待が、見るものの胸を高鳴らせた。
「200チップ、レイズ!!」
さらにミカは掛け金を追加する。
双方、笑みを崩さない。純粋にゲームとしてのギャンブルを楽しむ姿が、そこにはあった。
ミカのレイズにより、提示された掛け金は1,000チップ。おおよそ、2ゲーム目で張るような金額ではなかった。
(……1000、か。勝ちを確信している手札、つまりはあちらにジョーカー、もしくはKが7が二枚揃ったスリーカードであるならば、このゲーム、私の負けは仕方ない……)
一度瞼を閉じ、一瞬の逡巡。だがしかし。
(――――だけど! 私の読みが正しければ、この勝負、勝てるっ!! ここで引いて悔いを残すか、さらに高みを目指すのか。それとも……)
彼女に用意された、3つの選択肢。その中から、イザは最後の1つを選んだ。
「コール!」
覇気のこもった声とともに、チップをテーブルに叩きつける。
(――それとも、自分を信じ、運を信じたうえで、相手の煽りに乗らず確実に勝利し流れを変えるのか!! 答えは明確!私は勝つわっ!!)
総額2,000チップが、テーブルの上に提示された。
しん、と。
場は静寂に包まれる。
誰かの喉を鳴らす音が、どこかで聞こえたような気がした。




