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「……素晴らしい」


 木の葉から滴った最後の雫が、通り雨後の水たまりへ落ちた時のように。

 誰もが気づかないぐらいの声で、ミカはそう、呟いた。


「それでは、ショーダウンです」


 ディーラーの促す声を合図に、2人は手札を公開する。


「キングと2のツーペアよ!!」

「ハートの10とクローバーの7。ツーペアです」


 同じ役の場合、より数字の大きいものを持った方が勝利する。


 つまり、このゲーム。

 イザが、勝利を収めたのであった。


 わっと、溢れるような歓声が沸きあがる。

 盛り上がる観客とは裏腹に、イザは深呼吸をしながら、背もたれに体重を預ける。


(よ、読み切った……。取り敢えず、さっきの借りは返した、と言ったところかしら)


 自分の勝利を信じていたとはいえ、これはギャンブル。どうなるか分からなった。取り敢えずの勝利に安堵する。


「さてさて、ですねっ! ちょうど手持ちの差は1000チップ。面白くなってまいりましたねーっ! 次はどんな手になるんでしょうか! ワクワクが止まらないですーっ!」


 まるで特上のスィーツを頬張った時のような、恍惚とした興奮を見せるミカ。

 彼のその姿は、イザは驚愕させた。

 掛け金の4分の1をあっさりと失ったのだ。それなのに、“笑っている”。それは、イザにとって異様な光景だった。



「それでは、次のゲームです」


 3ゲーム目が開始される。

 ミカは、配られた手札を手に取り、視線を落とす。


 今回のミカの手札は、ハートの8、クローバーの6。


「アンティをベットして、僕はチェックです」


 強いとも、弱いとも言えない手札だ。ミカは様子見で、ベットラウンドを流す。


「私もアンティベットし、チェックよ」


 イザも同様か。まずは静かな立ち上がりとなった。


 そして、フロップ。

 ハートのクイーン、クローバーの8とクローバーのジャックが、今回のフロップだ。


 ミカの手札と合わせれば、現時点で8のワンペアが確定する。もし、裏向きのフロップが8と6、もしくは6が2枚ならフルハウスが完成する。とはいえ、1ゲーム目にスペードの8とハートの6が出た事を考えると、あまり現実的ではない、と、ミカは考える。

 また、裏向きのフロップが2枚ともクローバーなら、フラッシュが完成する。が、こちらも難しそうだ。


(――それに、このフロップなら……。いやはや、困りましたね)


 ミカは、表情には出さず、苦悶する。


「チェックです」


 露骨だが、様子見の他ない。

 しかしその弱気なプレイを、イザは見逃さなかった。


「あら、今度は消極的なのね。私は攻めさせてもらうわ。100、レイズ」

「コールです」


 フロップが1枚表向きにされる。出たカードは、ダイヤの8。

 ミカの役が上がり、スリーカード確定となる。相手の手札を考えなければ、6は残り2枚。ジョーカーも含めれば、フルハウス以上も十分に狙える形となった。


「レイズ、50チップ」


 すかさず相手に圧力をかける。


「さらにレイズよ。100枚」


 イザも、負けじと張り合う。


「――ふむ。それでコールです」


 ミカは、少し迷うような素振りを見せた。が、イザのレイズにしっかりと乗る。


 そして。最後の1枚が公開された。現れたカードは、クローバーの5。

 フロップだけで見れば、フルハウスやフラッシュなども予測できる、難しい局面になってしまった。

 しかし、ミカの役はスリーカード。降りることを含めても、これからの駆け引きが重要となる。


「チェックです」


 あえての、弱い手札ですよ、というアピール。イザの動向を探る。


「100レイズよ」


 勝負手になったか、或いは、弱気な様子のミカをふるい落とす算段か。イザは対照的に、強気に出ている。


 ミカは、ほぅ、と、息を吐く。

 1度ゆったりと座り直し、イザと対峙した。


「――ゲーム開始時から思っていましたが……。イザさん、とても優雅な所作をされますね。50レイズ」


 親指と人差し指で顎を擦りながら、ミカはにっこりとほほ笑みかける。


「100レイズ」


 対するイザは、彼の言動には反応しない。

 淡々と掛け金を上げていく。


「身に沁みついた所作は、たとえ取り繕っていても動作の端々に現れるといいます。50レイズ」


 言葉の切れ目と合わせるように、ぱちんと、音を立たせながらチップを置いた。

 イザの眉が、ぴくりと反応する。


「……煽っているつもり? 200レイズよ」


 少女は、掛け金をさらに積む。

 そして、腕を組み、少年を睨みながら、指でとんとんと二の腕を叩いた。


「いえいえー。感動しただけですよ。高貴な方、それも麗しい方のお相手は、それだけでドキドキしますからね。レイズ。100チップ」

「それはどうも。100チップ、レイズ」


 あっという間にどんどんと賭け金が上がっていき、またもや1,000チップへ到達する。

 これでイザが勝つとなれば、ほぼ彼女の勝利確定となってしまう。

 そうなった場合、相当などんでん返しがないと逆転は無理となるだろう。

 しかし、降りるにしたって900の負け。

 ミカにとって、ここは勝つしかない。


「あははっ! これで負ければ、僕はかなり苦しくなりますね……! とはいえ、降りるのも芸がないです。コール」


 両方の前に、1,000チップが積まれる。


「それでは、ショーダウンです!」


 ディーラーの進行に合わせ、両者手札を公開する。

 ミカの役は、8のスリーカード。

 対するイザは――――。


「ダイヤの10とクローバーの9、ストレートよ」


 このゲームは、ミカの敗北。

 歓声が沸きあがった。立て続けの高ベット勝負だ。無理もない。ミカも、どきどきと高揚していく胸を抑えられずにいる1人だ。


 とはいえ。

 ミカの現在の手持ちチップは、2,850。

 対するイザは5,850チップと、倍以上の差が着いていた。


「あっりゃー、負けちゃいましたかぁ……。これでいよいよ、動きずらくなりますね。とはいえ! 目の前の敗北! その緊張感を背負いながらのギャンブル!! あぁ……、これぞ、賭けです!!」

「……。あなた、典型的なギャンブル狂ね」

「それは僕にとって誉め言葉ですよぅ。さぁ、次のゲームに行きましょう!!」


 テンションがどんどんと高まるミカ。

 しかしそれに反して、イザは深くため息をついた。


「残念だけれど、これ以上付き合うつもりは無いわ。残りの2ゲーム、私がすべて降りれば、それだけであなたの敗北よ。悪いけど、あなたと戦うリスクを、私が負う必要はないわ。少しは楽しめたけれど、今夜はこれでおしまい。次の機会にまた楽しみましょう」


 イザは、席を立ち、去ろうとする。

 だが。その足は、ミカの笑い声で立ち止まった。


 ころころと、鈴を転がした様な笑い声。

 その声は、周りの雑音に負けないほど、大きく響いた。


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