⑤
「……素晴らしい」
木の葉から滴った最後の雫が、通り雨後の水たまりへ落ちた時のように。
誰もが気づかないぐらいの声で、ミカはそう、呟いた。
「それでは、ショーダウンです」
ディーラーの促す声を合図に、2人は手札を公開する。
「キングと2のツーペアよ!!」
「ハートの10とクローバーの7。ツーペアです」
同じ役の場合、より数字の大きいものを持った方が勝利する。
つまり、このゲーム。
イザが、勝利を収めたのであった。
わっと、溢れるような歓声が沸きあがる。
盛り上がる観客とは裏腹に、イザは深呼吸をしながら、背もたれに体重を預ける。
(よ、読み切った……。取り敢えず、さっきの借りは返した、と言ったところかしら)
自分の勝利を信じていたとはいえ、これはギャンブル。どうなるか分からなった。取り敢えずの勝利に安堵する。
「さてさて、ですねっ! ちょうど手持ちの差は1000チップ。面白くなってまいりましたねーっ! 次はどんな手になるんでしょうか! ワクワクが止まらないですーっ!」
まるで特上のスィーツを頬張った時のような、恍惚とした興奮を見せるミカ。
彼のその姿は、イザは驚愕させた。
掛け金の4分の1をあっさりと失ったのだ。それなのに、“笑っている”。それは、イザにとって異様な光景だった。
「それでは、次のゲームです」
3ゲーム目が開始される。
ミカは、配られた手札を手に取り、視線を落とす。
今回のミカの手札は、ハートの8、クローバーの6。
「アンティをベットして、僕はチェックです」
強いとも、弱いとも言えない手札だ。ミカは様子見で、ベットラウンドを流す。
「私もアンティベットし、チェックよ」
イザも同様か。まずは静かな立ち上がりとなった。
そして、フロップ。
ハートのクイーン、クローバーの8とクローバーのジャックが、今回のフロップだ。
ミカの手札と合わせれば、現時点で8のワンペアが確定する。もし、裏向きのフロップが8と6、もしくは6が2枚ならフルハウスが完成する。とはいえ、1ゲーム目にスペードの8とハートの6が出た事を考えると、あまり現実的ではない、と、ミカは考える。
また、裏向きのフロップが2枚ともクローバーなら、フラッシュが完成する。が、こちらも難しそうだ。
(――それに、このフロップなら……。いやはや、困りましたね)
ミカは、表情には出さず、苦悶する。
「チェックです」
露骨だが、様子見の他ない。
しかしその弱気なプレイを、イザは見逃さなかった。
「あら、今度は消極的なのね。私は攻めさせてもらうわ。100、レイズ」
「コールです」
フロップが1枚表向きにされる。出たカードは、ダイヤの8。
ミカの役が上がり、スリーカード確定となる。相手の手札を考えなければ、6は残り2枚。ジョーカーも含めれば、フルハウス以上も十分に狙える形となった。
「レイズ、50チップ」
すかさず相手に圧力をかける。
「さらにレイズよ。100枚」
イザも、負けじと張り合う。
「――ふむ。それでコールです」
ミカは、少し迷うような素振りを見せた。が、イザのレイズにしっかりと乗る。
そして。最後の1枚が公開された。現れたカードは、クローバーの5。
フロップだけで見れば、フルハウスやフラッシュなども予測できる、難しい局面になってしまった。
しかし、ミカの役はスリーカード。降りることを含めても、これからの駆け引きが重要となる。
「チェックです」
あえての、弱い手札ですよ、というアピール。イザの動向を探る。
「100レイズよ」
勝負手になったか、或いは、弱気な様子のミカをふるい落とす算段か。イザは対照的に、強気に出ている。
ミカは、ほぅ、と、息を吐く。
1度ゆったりと座り直し、イザと対峙した。
「――ゲーム開始時から思っていましたが……。イザさん、とても優雅な所作をされますね。50レイズ」
親指と人差し指で顎を擦りながら、ミカはにっこりとほほ笑みかける。
「100レイズ」
対するイザは、彼の言動には反応しない。
淡々と掛け金を上げていく。
「身に沁みついた所作は、たとえ取り繕っていても動作の端々に現れるといいます。50レイズ」
言葉の切れ目と合わせるように、ぱちんと、音を立たせながらチップを置いた。
イザの眉が、ぴくりと反応する。
「……煽っているつもり? 200レイズよ」
少女は、掛け金をさらに積む。
そして、腕を組み、少年を睨みながら、指でとんとんと二の腕を叩いた。
「いえいえー。感動しただけですよ。高貴な方、それも麗しい方のお相手は、それだけでドキドキしますからね。レイズ。100チップ」
「それはどうも。100チップ、レイズ」
あっという間にどんどんと賭け金が上がっていき、またもや1,000チップへ到達する。
これでイザが勝つとなれば、ほぼ彼女の勝利確定となってしまう。
そうなった場合、相当などんでん返しがないと逆転は無理となるだろう。
しかし、降りるにしたって900の負け。
ミカにとって、ここは勝つしかない。
「あははっ! これで負ければ、僕はかなり苦しくなりますね……! とはいえ、降りるのも芸がないです。コール」
両方の前に、1,000チップが積まれる。
「それでは、ショーダウンです!」
ディーラーの進行に合わせ、両者手札を公開する。
ミカの役は、8のスリーカード。
対するイザは――――。
「ダイヤの10とクローバーの9、ストレートよ」
このゲームは、ミカの敗北。
歓声が沸きあがった。立て続けの高ベット勝負だ。無理もない。ミカも、どきどきと高揚していく胸を抑えられずにいる1人だ。
とはいえ。
ミカの現在の手持ちチップは、2,850。
対するイザは5,850チップと、倍以上の差が着いていた。
「あっりゃー、負けちゃいましたかぁ……。これでいよいよ、動きずらくなりますね。とはいえ! 目の前の敗北! その緊張感を背負いながらのギャンブル!! あぁ……、これぞ、賭けです!!」
「……。あなた、典型的なギャンブル狂ね」
「それは僕にとって誉め言葉ですよぅ。さぁ、次のゲームに行きましょう!!」
テンションがどんどんと高まるミカ。
しかしそれに反して、イザは深くため息をついた。
「残念だけれど、これ以上付き合うつもりは無いわ。残りの2ゲーム、私がすべて降りれば、それだけであなたの敗北よ。悪いけど、あなたと戦うリスクを、私が負う必要はないわ。少しは楽しめたけれど、今夜はこれでおしまい。次の機会にまた楽しみましょう」
イザは、席を立ち、去ろうとする。
だが。その足は、ミカの笑い声で立ち止まった。
ころころと、鈴を転がした様な笑い声。
その声は、周りの雑音に負けないほど、大きく響いた。




