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婚約破棄された公爵令嬢ですが、すべては九年前から始まっていました  作者: 若松りこ


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9/17

第九話 最後の希望

春の夜会。

王都中の貴族が集う華やかな宴。

公爵家もまた、公爵夫妻とエレノア、セシリアの四人で出席していた。

会場へ姿を現した瞬間、人々の視線が集まる。


深紅のドレスをまとったエレノア。

金糸の刺繍と宝石が散りばめられた豪奢な装いは、会場でもひときわ目を引いた。

その隣には、淡い水色のドレスをまとったセシリア。

真珠だけをあしらった清楚な姿は、春の花のように可憐だった。

令嬢たちの囁きが聞こえてくる。


「噂どおりね。」


「エレノア様は本当に華やかなお召し物がお好きなのね。」


「最近は王妃教育より夜会がお好きだとか。」


「妹君とはずいぶん違うわ。」


「セシリア様はなんて慎ましいの。」


「きっと、お姉様を立てようとして控えめなお色を選ばれたのね。」


「本当に奥ゆかしい方。」


セシリアは困ったように微笑む。


「そんな……。」


「私はお姉様のように華やかな装いがまだ似合わないだけです。」


否定も肯定もしない。


その曖昧な返答が、人々には何よりの答えとなった。

一方、エレノアはその言葉を耳にしても何も言わない。


(違うのだけれど……。)


そう思っても、公爵家の名誉を思えば否定はできなかった。

夜会が始まると、アンナは次々とエレノアへ貴族を紹介していく。


「こちらは西方侯爵ご夫妻。」


「こちらは王妃陛下のご親族。」


「こちらは王国騎士団長です。」


未来の王太子妃として必要なこと。

そう信じ、エレノアは一人ひとりへ丁寧に挨拶を重ねる。

ふと顔を上げると、少し離れた場所にアレクシスが見えた。

目が合う。

アレクシスも微笑み、こちらへ歩こうとする。

その時。


「エレノアさん。」


アンナが穏やかに声を掛ける。


「こちらは南方伯爵ご夫妻です。」


「ご挨拶なさい。」


「はい。」


エレノアは再び頭を下げる。

挨拶が終わる頃には、アレクシスは別の貴族たちに囲まれていた。


(また後で……。)


そう思いながら、エレノアは再び社交へ戻る。

夜会も終盤。

アレクシスは一人、バルコニーで夜風に当たっていた。

そこへ偶然を装って、セシリアが姿を見せる。


「殿下。」


「セシリアか。」


「お一人でいらっしゃるなんて、珍しいですね。」


アレクシスは苦笑した。


「少し、考え事をしていただけだ。」


その横顔には疲れが滲んでいた。

セシリアは少し俯く。


「……最近のお姉様のことでございますか。」


アレクシスは驚いたように彼女を見る。


「分かるのか。」


「はい……。」


「でも、どうかお姉様を責めないでください。」


「お姉様にも、お姉様なりのお考えがおありなのだと思います。」


その言葉に、アレクシスは静かに目を伏せる。


「私は何通も手紙を書いた。」


「返事は一度もなかった。」


「髪飾りも受け取ってはもらえなかった。」


「今日も話すことができなかった。」


「私には……もう何が本当なのか分からない。」


その苦しそうな声を聞き、セシリアは胸へ手を当てた。


「殿下……。」


少し迷い、意を決したように口を開く。


「私は妹です。」


「お姉様のことを悪く申し上げることはできません。」


「ですが……。」


一度だけアレクシスを見つめる。


「殿下がお一人で苦しまれているお姿を見るのは、とてもお辛いのです。」


アレクシスは驚いたように目を見開く。


「もし……。」


セシリアは慌てて首を振る。


「いえ、忘れてください。」


アレクシスはセシリアを見つめながら静かに促す

「かまわない。つづけてくれ。」


その言われセシリアは遠慮がちに言葉を紡ぐ

「叶うものなら…私が…

お姉様の代わりではなく、一人の臣下としてでも

殿下のお力になれたなら、と何度も思いました。」


はっとして頬を赤らめながらすぐにニコリと笑う

「この国のために、殿下には笑っていていただきたいのです。」


その言葉は、真っ直ぐだった。


少なくともアレクシスにはそう聞こえた。


「……ありがとう。」


見つめ合い微笑み合い…アレクシスの重かった心が少し軽くなったに感じた。


(もう少し。)

(もう少しで、お姉様の場所は私のものになる。)


セシリアのその本心は、誰にも見せないまま…。


その頃。

ようやく挨拶を終えたエレノアは、会場中を見回していた。


(アレクシス様……。)


一度だけでいい。

少しだけ、お話ししたい。

そう願いながら探し続ける。

しかし、その願いが叶うことはなかった。


エレノアは知らない。


アレクシスから何通もの手紙が届いていたことも。

髪飾りが贈られていたことも。

そして今、セシリアが少しずつアレクシスの心へ入り込んでいることも。


夜会は静かに幕を閉じる。


エレノアは「次こそ話せる」と希望を抱き、

アレクシスは「もう届かないのかもしれない」と諦め始めていた。


二人の心は、あと少しで手が届く距離にありながら、

その間には、九年間かけて積み重ねられた嘘が横たわっていた。

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