第六話 閉ざされた日常
季節は巡り、月日は静かに流れていった。
エレノアは十四歳になっていた。
王妃教育は変わらず続いている。
その努力は王宮でも高く評価され、礼儀作法も学問も着実に身についていった。
けれど、公爵家での日常だけは少しずつ姿を変えていく。
王妃教育の日。
新しく仕立てたはずのドレスが見当たらない。
「申し訳ございません、お嬢様……。」
侍女のマリーは青ざめながら頭を下げた。
「探したのですが、どうしても見つからなくて……。」
エレノアは困ったように笑う。
「大丈夫です。以前のドレスがありますから。」
王宮では誰も気付かない。
けれどマリーだけは知っていた。
その日、エレノアは古いドレスで王宮へ向かった。
また、ある日。
王妃教育で必要な本が見当たらない。
屋敷中を探しても見つからず、数日後には何事もなかったように元の場所へ戻っている。
そんなことが何度も繰り返された。
エレノアはそのたびに、
「私のしまい忘れですね。」
と、自分を責めるだけだった。
一年。
また一年。
月日は流れた。
「お姉様。」
そう呼んでいたセシリアの笑顔は、少しずつ減っていく。
勉強で褒められるのは、いつもエレノア。
王妃教育でも。
王宮でも。
周囲が口にするのは、「未来の王太子妃」という言葉ばかりだった。
アンナは娘へ繰り返し語りかける。
「努力では変えられないこともあるの。」
「あなたは何も悪くない。」
「生まれた順番が違っただけ。」
その言葉は、少しずつセシリアの心へ染み込んでいった。
屋敷の空気も変わっていく。
使用人たちはエレノアへ敬意を払いたい。
だが、屋敷を取り仕切るのはアンナだった。
「奥様のご指示です。」
その一言で、誰も逆らえない。
ある日の夕刻。
「お嬢様。」
マリーが申し訳なさそうに頭を下げた。
「本日より、お食事はお部屋へお運びいたします。」
「……え?」
「食堂は、ご遠慮いただくよう奥様より申し付かっております。」
エレノアは驚いたものの、責めることはしなかった。
「何か理由がおありなのでしょう。」
「分かりました。」
その夜。
広い部屋で、一人きりの夕食。
温かいはずの料理は、部屋へ届く頃には冷めていた。
それでもエレノアは、小さく微笑む。
「きっと、お父様がお戻りになれば元に戻ります。」
その願いだけを支えにして。
数日後、公爵の帰宅が決まる。
屋敷中が慌ただしく動き始めた。
「急いで!」
「お嬢様のお部屋を整えてください!」
「食堂のご用意も!」
エレノアは訳も分からぬまま身支度を整えられ、久しぶりに食堂へ案内された。
父は優しく笑う。
「元気そうで安心した。」
「はい、お父様。」
エレノアも笑顔で答える。
その笑顔の裏で、使用人たちは誰一人、真実を口にすることができなかった。




