第二十九話 春を待つ日々
裁判から数日。
エレノアはレイモンドとともに、公爵家へ戻っていた。
長く閉ざされていた屋敷の空気は、以前とはまるで違っていた。
使用人たちは穏やかな笑顔でエレノアを迎え、レイモンドも執務の合間を縫って娘と食事を共にするようになった。
そんな穏やかな日々の中、レオンが帰国する日が訪れる。
「しばらく国を空けておりましたので、一度帰国いたします。」
レイモンドは静かに頷いた。
「このたびは、本当にありがとうございました。」
「こちらこそ、お力になれたことを光栄に思います。」
レオンは穏やかな笑みを浮かべ、エレノアへ視線を向けた。
「エレノア様。」
「またすぐにお会いできます。」
その言葉に、エレノアも微笑み返す。
「はい。」
「どうか、お気をつけて。」
レオンは一礼すると馬車へ乗り込み、公爵家を後にした。
エレノアは、馬車の姿が見えなくなるまで静かに見送っていた。
「……寂しいか。」
レイモンドの穏やかな声に、エレノアは小さく肩を震わせる。
「え……?」
「そのようなことは……。」
そう答えながらも、自然ともう一度、レオンが去っていった方角へ視線が向いた。
レイモンドは何も言わず、ただ優しく微笑んだ。
◇ ◇ ◇
数日後公爵邸に知らせが届く
レイモンドは静かにエレノアへ声を掛けた。
「エレノア、少し話がある。」
「はい、お父様。」
屋敷の応接室にてレイモンドは静かに口を開いた。
「アンナとセシリアへの裁きが正式に決定した。」
エレノアは黙って父の言葉に耳を傾ける。
「アンナは公爵夫人としての身分を剥奪され、公爵家より除籍のうえ、王国法に基づき終身幽閉となった。」
「セシリアもまた、公爵家の令嬢としての資格を失い、王都を離れ、修道院にて生涯その罪を償うこととなった。」
静かな沈黙が流れる。
エレノアは目を伏せ、小さく息をついた。
「……そうですか。」
その声には、喜びも憎しみもなかった。
ただ、一つの出来事を静かに受け止める穏やかさだけがあった。
レイモンドはそんな娘の横顔を見つめ、ゆっくりと頷く。
「これで、すべて終わった。」
「お前が背負う必要のあるものは、もう何一つない。」
エレノアは静かに顔を上げる。
「はい。」
「私も……もう過去を振り返りません。」
その瞳には、以前のような悲しみはなかった。
レイモンドは安堵したように微笑む。
「少し気分を変えよう。」
「北の別邸へ行かないか。」
「あそこなら、心穏やかに過ごせるだろう。」
エレノアも柔らかく微笑み返した。
「はい。」
こうして父娘は、穏やかな時を過ごすため、北の別邸へ向かうこととなった。
しばらくの間、父娘は静かなその地で穏やかな日々を過ごすこととなる。
朝は庭を散策し、昼はともに食事を囲み、夕暮れには他愛のない話を交わす。
失われた年月を埋めることはできない。
それでもレイモンドは、一日一日を大切に重ねていった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
レオンは帰国し、国王夫妻へ謁見していた。
「父上、母上。」
「本日は、お伝えしたいことがございます。」
国王は静かに頷く。
◇ ◇ ◇
さらに数日後。
一台の馬車が北の別邸へ到着した。
応接室へ案内されたレオンを、レイモンドが穏やかな笑みで迎える。
「遠路お越しくださいましたな、レオン殿下。」
レオンは一礼した。
「本日は、以前お話しした件で参りました。」
レイモンドは静かに頷く。
「承知しております。」
そして窓の外へ視線を向けた。
「エレノアなら、庭におります。」
「どうか、娘と話してやってください。」
「ありがとうございます。」
レオンは深く一礼すると、静かに庭園へ向かった。
北の庭では、満開の花々が穏やかな風に揺れ、新たな季節の訪れを優しく告げていた。
お読み頂きありがとうございました




