第二十八話 それぞれの想い
裁判を終えた法廷には、静かな余韻が漂っていた。
傍聴席の人々が少しずつ席を立ち、ざわめきが遠ざかっていく。
その中で、レイモンドはゆっくりとエレノアのもとへ歩み寄った。
「……エレノア。」
その声には、公爵ではなく、一人の父としての想いが込められていた。
「すまなかった。」
「私は父でありながら、お前を守ることができなかった。」
「もっと早く真実に気づくべきだった。」
エレノアは穏やかに微笑む。
「お父様。」
「謝ってくださって、ありがとうございます。」
「お父様は私を信じてくださいました。」
「それだけで、私は十分です。」
レイモンドは静かに目を細める。
そして、そっとエレノアの頭に手を添え、優しく撫でた。
その温もりに触れ、気づく。
――私は、この子が成長していく姿さえ、見届けられていなかったのだ。
「……お父様。」
その小さな呼びかけに、レイモンドは穏やかに頷いた。
「行こう。」
三人は法廷を後にしようと歩き出す。
レイモンド。
レオン。
そしてエレノア。
「……アルディス公爵。」
後ろから静かな声が響いた。
三人が足を止めて振り返る。
アレクシスがゆっくりと歩み寄ってきた。
レイモンドの前で足を止める。
「私の軽率な判断により、ご息女のみならず、公爵家の名誉まで傷つける結果となりました。」
「心より、お詫び申し上げます。」
アレクシスは静かに頭を垂れた。
レイモンドは静かに首を横へ振る。
「そのお言葉は、娘にお伝えください。」
アレクシスは小さく頷き、エレノアへ視線を向ける。
「……エレノア。」
「少しだけ、時間をいただけないだろうか。」
エレノアはレイモンドを見る。
レイモンドは穏やかに頷いた。
「ああ。」
「私とレオン殿下は先に控室へ行っている。」
レオンも静かに頷き、レイモンドとともにその場を離れた。
エレノアはアレクシスに向き直る。
「参りましょう。」
二人は近くの応接室へ入った。
扉が閉まると、しばらく沈黙が流れる。
やがてアレクシスが口を開いた。
「……すまなかった。」
「あの日、私は君を信じることができなかった。」
「どれほど謝っても償えることではない。」
「それでも、この言葉だけは伝えたかった。」
エレノアは静かに頷く。
「お言葉、確かに受け止めました。」
アレクシスは息を整え、真っ直ぐエレノアを見つめた。
「もし許されるなら……。」
「もう一度、君との婚約をやり直したい。」
エレノアは静かに首を横へ振る。
「……殿下。」
その呼び方だけで、二人の関係はすでに変わっていた。
「以前、婚約破棄の際に、殿下は仰いました。」
「お辛い時に、セシリア様の存在に救われたと。」
アレクシスは何も言わず耳を傾ける。
「私も……同じなのです。」
「苦しい日々の中で、私を支え、救ってくださった方がいました。」
「その方は、レオン様でした。」
「ですから私は、もう過去へ戻ることはできません。」
「申し訳ございません、殿下。」
「お申し出を、お受けすることはできません。」
アレクシスはゆっくりと目を閉じた。
「……そうか。」
短い返事だった。
その一言に、後悔も、諦めも、祝福も込められていた。
「君の幸せを願っている。」
エレノアは静かに一礼する。
そして振り返ることなく、部屋を後にした。
閉ざされた扉を見つめながら、アレクシスは一人静かに立ち尽くしていた。




