第二十六話 父の決別
法廷は重苦しい静寂に包まれていた。
裁判長はアンナへ視線を向ける。
「アンナ夫人。」
「これまでの証言、ならびに提出された証拠を踏まえ、最後に申し開きはありますか。」
アンナは震える唇をゆっくりと開いた。
「……私は。」
「私は、セシリアを守りたかっただけです。」
「母親として、あの子を幸せにしたかっただけなのです。」
法廷がざわめく。
アンナは必死に言葉を続けた。
「エレノアにも厳しく接したのは、立派な淑女になってほしかったからです。」
「決して虐げるつもりなどありませんでした。」
レイモンドが静かに立ち上がる。
「アンナ。」
その一声だけで、法廷は静まり返った。
「満足な食事も与えず、幼い娘を部屋へ閉じ込め、学ぶ機会まで奪った。」
「王宮から届いた手紙を焼き、贈り物を奪い、あの子の人生まで狂わせた。」
「……それが、人のすることか。」
アンナは首を激しく横に振る。
「違います……!」
「私は悪くありません!」
「全部……全部、あの子が悪いのです!」
震える指がエレノアを指し示す。
「あの子さえいなければ!」
その表情は憎悪に歪んでいた。
「あなたさえ居なければ!」
アンナは叫ぶと同時に、エレノアへ向かって駆け出した。
突然の出来事に、エレノアは息を呑む。
「エレノア!」
アレクシスが反射的に駆け出す。
しかし、それよりもなお早く。
レオンが素早くエレノアの前へ踏み出し、その身を庇うように立ちはだかった。
ほぼ同時に衛兵たちがアンナを取り押さえる。
「離しなさい!」
「離しなさいっ!」
なおも暴れるアンナの叫びだけが法廷に響いた。
アレクシスは足を止め、その光景を見つめていた。
やがて法廷は静寂を取り戻す。
裁判長はゆっくりと立ち上がり、法廷中を見渡した。
「本法廷は、提出された証拠ならびに証人らの証言を慎重に吟味した結果、エレノア嬢に向けられてきた数々の非難は、すべて事実に基づかぬものであると結論づける。」
「また、それらはアンナ夫人が長年にわたり仕組んだ偽りと妨害によって生じたものであり、エレノア嬢に非は一切認められない。」
「よって本法廷は、エレノア嬢の名誉をここに回復し、その潔白を王国の名のもとに宣言する。」
その宣言に、法廷は静まり返ったままだった。
誰もが、その重みを噛み締めていた。
アンナは力なくその場に崩れ落ちる。
レイモンドは静かにその姿を見つめた。
「私の過ちは、二つある。」
「一つは、娘たちの変化に何一つ気づけなかったことだ。」
「そして、もう一つは――。」
わずかな沈黙が流れる。
「お前を妻としたことだ。」
その言葉だけを残し、レイモンドは静かに背を向けた。
アンナは何かを言おうと口を開く。
だが、その声は、もう誰にも届かなかった。
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