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婚約破棄された公爵令嬢ですが、すべては九年前から始まっていました  作者: 若松りこ


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19/31

第十九話 春を待つ庭

翌日。

北方別邸へ、一通の書簡が届けられた。

レオンはアルディス公爵家の紋章が刻まれた封蝋を見て、静かに封を切る。

そこには、レイモンド・アルディスからの感謝の言葉と、王宮へ正式に審理を願い出たことが丁寧に綴られていた。

読み終えたレオンは、書簡をそっと畳む。

「公爵からですか。」

エレノアが尋ねる。

レオンは穏やかに頷いた。

「公爵から、王宮へ正式に審理を願い出られたとのご連絡です。」

レオンは机の上へ視線を向けた。

そこには二人でまとめた証言書や記録が、整然と並べられている。

「私たちも、できることはすべてやりました。あとは王宮からの連絡を待ちましょう。」

エレノアは静かに頷いた。

「はい。」

これまで張り詰めていた心が、ほんの少しだけほどけていくのを感じていた。

静かな時間が流れる。

――コンコン。

控えめなノックの音が響く。

「失礼いたします。」

バーナードがティーワゴンを押しながら部屋へ入ってきた。

香り高い紅茶と焼きたての菓子が、丁寧にテーブルへ並べられる。

「お嬢様。」

「庭園の花壇も、蕾が少しずつ膨らんでまいりました。」

「この地の冬は厳しゅうございますが、春はもうすぐそこまで来ております。」

「よろしければ、お茶の後にご覧になってはいかがでしょうか。」

エレノアは窓の外へ目を向けた。

まだ花は咲いていない。

それでも、小さな蕾は確かに春を待っていた。

「……素敵ですね。」

思わずこぼれたその一言に、バーナードは嬉しそうに目を細めた。

「きっと、お嬢様にもお気に召していただけると思っておりました。」

レオンは静かにカップを置いた。

「お茶の後、ご一緒しませんか。」

エレノアは柔らかく微笑む。

「はい。ぜひ。」

***

二人は並んで庭園を歩く。

澄んだ空気の中、小鳥たちのさえずりが心地よく響いていた。

花壇には、春を待つ蕾が並んでいる。

エレノアは一つの蕾の前で足を止めた。

「もうすぐ咲くのですね。」

「楽しみです。」

そう言って微笑む。

その笑顔を見たレオンは、思わず足を止めた。

北方別邸へ来てから初めて見るような、心からの笑顔だった。

張り詰めていた表情は消え、その瞳は穏やかな光を宿している。

心から安堵する。

彼女には笑顔が似合う。

そう思った瞬間、自分でも説明できない願いが胸に芽生えていた。

(この方の笑顔を、もっと見ていたい。)

レオンは自分でも気付かぬうちに、優しく目を細めていた。

一方、エレノアは蕾を見つめたまま、小さく息を吐く。

(この花が咲く頃には……。)

レオン様は隣国へ戻られているのでしょう。

こうして並んで歩くことも、もうないのかもしれない。

胸の奥が少しだけ締めつけられる。

(咲いた姿を、レオン様と一緒に見られたらよかったのに。)

その想いを口にすることなく、エレノアはもう一度蕾へ微笑みかけた。

柔らかな風が二人の間を吹き抜ける。

まだ花は咲いていない。

けれど、その春は確かに近づいていた。


お読み下さりありがとうございます

次回いよいよ反撃になります!

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