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婚約破棄された公爵令嬢ですが、すべては九年前から始まっていました  作者: 若松りこ


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12/17

第十二話 違和感

翌朝。


帰国のため王宮を後にしようとしていたレオンは、王都の大通りを歩いていた。

昨夜の婚約破棄は、すでに街中へ知れ渡っている。


「王太子殿下もようやく決断なさったのね。」

「努力もしない婚約者では仕方ありませんわ。」

「妹君は最後までお姉様を庇っておられたそうよ。」

「なんてお優しい方なのかしら。」

「次の王太子妃はセシリア様で決まりね。」


誰もが婚約破棄を当然のこととして受け止めていた。

レオンは足を止める。

昨夜、人気のない回廊で出会った令嬢。

涙を堪えながらも、最後まで気品を失わなかった姿が脳裏に浮かぶ。


(……違う。)


あの令嬢は、そんな人物には見えなかった。

そこへ護衛騎士がやって来る。


「レオン殿下。」

「昨夜、お声を掛けられたご令嬢の身元が分かりました。」


「そうか。」


「アルディス公爵家の長女、エレノア様でございます。」


「……アルディス公爵のご息女だったのか。」


レオンは思わず呟いた。

アルディス公爵とは、外交の席で幾度も顔を合わせてきた。

実直で誠実な人物。

そして酒席では、決まって娘の話を嬉しそうに語っていた。


『あの子は誰よりも努力家なのです。』


『いつか立派な王太子妃になってくれると信じています。』


その娘が、昨夜の少女だったとは。

護衛は続ける。


「昨夜、正式に婚約を破棄されたそうです。」


「理由は、努力を怠り、王太子妃としての資質を欠いたため、と発表されております。」


「努力を……怠った…?」


その言葉だけが、どうしても胸に引っ掛かった。


帰国前。

レオンは王宮の庭園で、王妃教育の教師と顔を合わせた。


「先生、お久しぶりです。」


「これはレオン殿下。」


挨拶を交わした後、レオンは何気なく尋ねる。


「エレノア嬢は、どのようなご令嬢でしたか。」


教師は懐かしそうに目を細めた。


「三年ほど前までは、本当に素晴らしい生徒でした。」


「礼儀も教養も申し分なく、誰より努力を惜しまれませんでした。」


「ですが、その頃から少しずつ欠席が目立つようになり……。」


「ご家族から『体調が優れない』『日程変更をお願いしたい』との連絡も入るようになりました。」


「最後の一年は、課題も提出されなくなり、まるで別人のようでした。」


レオンは静かに問い掛ける。


「先生は、不自然だとは思われませんでしたか。」


教師は少し考え込み、寂しそうに笑う。


「当時は思いませんでした。」


「ですが今思えば……あまりにも急な変化でした。」


教師と別れたレオンは、回廊で一人の男性を見つけた。


アルフォード公爵だった。


以前よりも頬がこけ、疲れ切った表情をしている。


「アルフォード公爵。」


「……これは、レオン殿下。」


レオンは深く一礼した。


「昨夜の件、お悔やみ申し上げます。」


「ありがとうございます。」


その声には力がなかった。

少しの沈黙の後、レオンは静かに口を開く。


「公爵は、本当にエレノア様が努力を怠ったとお考えですか。」


公爵は迷うことなく首を横へ振った。


「いいえ。」


「エレノアは、そのような娘ではございません。」


「幼い頃から誰よりも努力を重ね、王太子妃となる日だけを目指して生きてきた子です。」


苦しそうに息を吐く。


「三年ほど前から、どこか元気がなくなっていきました。」


「それでもあの子は、私に心配を掛けまいと笑っていたのです。」


「『私がもっと頑張れば大丈夫です』と。」


公爵は拳を握り締めた。


「父親でありながら、私は気付いてやれませんでした。」


「王妃教育の欠席。」


「課題の未提出。」


「悪い噂。」


「すべて事実として残ってしまった以上、私には王家のご判断を覆すことはできません。」


レオンは静かに頷く。


「それでも、公爵は娘を信じておられる。」


「もちろんです。」


公爵の答えに迷いはなかった。


「世界中が疑おうとも、私は父親ですから。」


しばらく沈黙が流れる。

やがて公爵は、ぽつりと呟いた。


「王都では、もう静かに暮らせないでしょう。」


「近いうちに、療養という形で北方の領地へ移すつもりです。」


「せめて、あの子の心だけでも守りたい。」


レオンは静かにその言葉を胸へ刻んだ。

馬車へ乗り込む。

街ではまだ婚約破棄の噂が飛び交っている。


努力家だと語る父。

優秀だったと語る教師。

そして昨夜、自分が見た気高い令嬢。


それなのに、王宮へ届いた報告だけが、まるで別人を語っている。

レオンは静かに目を閉じた。


(誰かが嘘をついている。)


その確信だけが、胸の中で大きくなっていく。


「帰国後、アルディス公爵家について調べてくれ。」


護衛隊長が一礼する。


「承知いたしました。」


レオンは王宮を振り返る。


(エレノア・アルディス。)


(あなたに何があったのか……必ず明らかにしてみせる。)


その静かな決意が、やがて王国の運命を大きく動かすことになるとは、まだ誰も知らなかった。

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