第十一話 婚約破棄
王宮の大広間。
王侯貴族が集う華やかな夜会。
王太子アレクシスは、白を基調にクリーム色と銀糸の刺繍が施された正装を身に纏っていた。
婚約者であるエレノアのために自ら選んだ、淡いクリーム色のドレスと対になる装いだった。
幼い頃から慎ましく上品な装いを好んでいたエレノアなら、きっと似合う。
そう信じて贈った一着。
しかし、その願いは叶わなかった。
会場へ姿を現したエレノアが纏っていたのは、深い濃紺に金糸の刺繍が施された気品あるドレス。
そして、本来エレノアが着るはずだったクリーム色のドレスを纏っていたのは、セシリアだった。
アレクシスは静かに息を呑む。
「……そのドレスは。」
セシリアは申し訳なさそうに
「本当は、お姉様にお召しいただくはずでした。
ですが、お姉様は
『私はもっと華やかな装いの方が 好きだから』
……と仰って……。」
「殿下のお気持ちが込められた大切なお贈り物を
そのままにするのは忍びなく……
勝手ながら私が着させていただきました。」
アレクシスは何も答えなかった。
胸の奥で、最後の希望が静かに消えていく。
開宴の挨拶が終わる。
アレクシスはゆっくりと壇上へ進み出た。
「エレノア・アルディス」
名を呼ばれたエレノアは、ほっとしたように微笑みながら前へ進む。
(ようやく、お話ができる。)
そう思った、その瞬間だった。
「私は、本日をもって君との婚約を破棄する。」
場内が静まり返る。
アレクシスは苦しげに目を閉じ、それでも言葉を続けた。
「私は、どんな噂も信じたくはなかった。」
幼い頃の君は、誰よりも努力家だった。」
礼儀も、教養も、王妃教育も、
人一倍熱心に学んでいた。」
だから私は、最後まで君を信じようとした。」
会場は静まり返ったまま、彼の言葉に耳を傾ける。
「しかし近年、王妃教育への欠席や課題の未提出が続いていると、教師方から幾度も報告を受けた。」
「夜会では以前の慎ましい装いではなく、華やかな装いばかりを望むようになったとも聞いた。」
「私が贈った髪飾りも。」
この夜会のために贈ったドレスも。」
君が身につけることはなかった。」
エレノアは唇を震わせる。
違う。
そう思うのに、声が出ない。
アレクシスは静かに続けた。
「私は、噂や報告だけで君を裁きたくはなかった
だから何度も手紙を書いた。
…何度も話し合いたいと願った。」
「三度、お茶へ誘った。
君自身の口から真実を聞きたかった。
だが返事は一通もなく、
君は一度として私の前へ現れなかった。」
「私は最後まで君を信じようとした。
だが、その願いは最後まで叶わなかった。」
長い沈黙が流れる。
そしてアレクシスは、真っ直ぐエレノアを見据えた。
「私は長年、君が王太子妃に相応しい女性になることを願ってきた。」
「しかし、君は努力を怠った。」
「礼儀、教養、社交性、その全てが王太子妃として不足している。」
努力。
その一言だけが、胸へ深く突き刺さる。
違います。
そう叫びたかった。
けれど、王族の言葉をこの場で否定することはできない。
エレノアは静かに唇を噛み締めた。
「よって私は、本日をもって君との婚約を破棄する。」
アレクシスは一度目を閉じ、静かに続ける。
「そして。」
新たな婚約者として
セシリア・アルディスを迎える。」
大広間はどよめきに包まれた。
セシリアは驚いたように首を横へ振る。
「殿下……。
私には、そのような資格はございません。」
「私は、お姉様の妹です。」
涙を浮かべるセシリアに、アレクシスは穏やかに言う。
「君は、私が苦しみ迷っていた時、いつも寄り添ってくれた。」
「一度たりとも姉を悪く言わず、それでも私を支え続けてくれた。」
「その優しさと誠実さを、私は信じたい。」
セシリアは肩を震わせながら俯いた。
やがて、小さく頷く。
「……お受けいたします。」
「ですが、お姉様を傷つけてしまったことは、一生忘れません。」
その姿に、貴族たちは感嘆の声を漏らした。
「なんて慎ましい方だ。」
「最後まで姉君を立てている。」
「まさに次の王太子妃にふさわしい。」
誰もがそう信じて疑わなかった。
セシリアはゆっくりとエレノアの前へ歩み寄る。
涙を浮かべ、震える声で頭を下げた。
「このようなことになってしまい、本当に申し訳ございません。」
エレノアは静かに答える。
「……あなたが謝ることではありません。」
その瞬間。
俯いたセシリアの口元だけが、わずかに吊り上がった。
冷たく、勝ち誇った笑み。
エレノアの胸が大きく脈打つ。
(そういうことだったの……。)
王妃教育。
課題。
手紙。
お茶会。
髪飾り。
贈られたドレス。
流された悪い噂。
今まで胸に引っかかっていた違和感が、一つ、また一つと繋がっていく。
(全部……。)
(全部、あなたたちだったのね……。)
次の瞬間には、その笑みは消えていた。
そこにいるのは、涙を流し姉を案じる健気な妹。
その本当の顔に気付いたのは、エレノアただ一人だった。




