女王の支配
第四十七話
店内に、ラストオーダーを知らせる声。
グラスの中身も、ちょうどいい具合に減っていた。
「えー、もうそんな時間?」
結衣が、少し名残惜しそうに頬を緩める。
頬はほんのり赤く、
視線もどこかふわついていた。
――いい感じに、出来上がってる。
「どうする?」
サトルが時計を気にしながら言う。
「私の部屋でもう少し飲もう」
結衣が、無邪気に笑う。
一瞬の間。
サトルの視線が、こちらに流れる。
「美月さんさえ良ければ、ご一緒に」
(来た)
内心で、小さく笑う。
「明日休みだから、私は構いませんよ」
自然なトーンで返す。
「もう少し、二人の話も聞きたいし」
軽くグラスを傾ける。
それだけで、
場の流れは決まった。
「やったー!」
結衣が嬉しそうに立ち上がる。
「じゃあ行こ、サトルくん!」
「あ、ああ」
少し戸惑いながらも、
サトルも立ち上がる。
その様子を、
美月は静かに見ていた。
(素直でいい)
抵抗も、疑いもない。
だからこそ――扱いやすい。
席を立ち、
店の外へ出る。
夜の空気が、少しだけひんやりしていた。
その中で、
美月だけが、
ほんの少しだけ楽しそうに笑っていた。
*
結衣の部屋。
コンビニで適当に買い込んだ酒とつまみを広げて、
三人で再びグラスを合わせる。
「かんぱーい」
軽い音が、部屋に響く。
さっきよりも距離が近い。
空気も、少しだけ緩い。
「ちょっと着替えてきますね〜」
結衣がふらりと立ち上がり、
奥の部屋へ消える。
「……」
サトルが、どこか落ち着かない様子でグラスを傾ける。
戻ってきた結衣は、
ラフな部屋着姿だった。
肩の力が抜けた、無防備な格好。
「どうですか〜?」
くるっと一回転する。
「いいじゃん」
美月が、素直に言う。
「結衣って、こういうの似合うよね」
「ほんとですか?」
ぱっと顔が明るくなる。
「うん、可愛い」
間を置かずに重ねる。
「……嬉しい」
そのまま、距離が近づく。
自然と、隣に座る位置になる。
酒も進んで、
会話の温度も上がっていく。
他愛もない話から、
少しずつ踏み込んだ内容へ。
「えー、そういうの聞きたいですか?」
結衣が笑いながら、
サトルの腕に軽く触れる。
「別にいいんじゃない」
サトルも、まんざらでもなさそうだ。
二人の“そういう話”。
夜のこと。
曖昧に、ぼかしながら。
「いいなぁ」
美月が、ぽつりと呟く。
「羨ましい」
その一言に、
結衣が少し身を乗り出す。
「美月さん、モテるじゃないですか」
「お綺麗ですもんね」
サトルも続く。
「そうかなぁ?」
小さく笑って、
首を傾げる。
「結衣の方が可愛いわ」
さらりと返す。
「……え」
一瞬、言葉が止まる。
「先輩に可愛いって言われた」
じわっと、頬が緩む。
「嬉しい」
そのまま、
距離がさらに縮まる。
「先輩――」
結衣が、少し甘えた声で呼ぶ。
「チュウしよー」
無邪気な一言。
酔いに任せたようで、
どこか期待も混ざっている。
*
「サトルくん、女同士のチュウは浮気じゃないよー。見ててねー」
結衣が、無邪気に笑う。
その言葉に、
サトルの視線が、強くこちらに向いた。
(いい反応)
美月は、ゆっくりと結衣の方へ顔を寄せる。
逃げる気配はない。
むしろ――
期待している。
唇が触れる。
一瞬では終わらない。
わざと、
見せつけるように。
静かな部屋に、
わずかな吐息だけが残る。
離れたとき、
結衣の目は、とろんと揺れていた。
「……先輩、キス上手すぎ….」
掠れた声。
「もう一回」
求めてくる。
(ほらね)
小さく笑って、
今度はさっきよりも近く、
距離を詰める。
触れ方が変わる。
優しさよりも、
“主導する側”のそれ。
結衣の肩が、ぴくりと揺れた。
呼吸が、浅くなる。
視線はもう、
完全にこちらに向いている。
サトルは何も言わない。
ただ、
その場から目を逸らせずにいる。
(分かりやすい)
三人の中で、
誰が中心か。
もう、はっきりしていた。
*
美月は、わざと視線を外さない。
サトルの前で――
結衣との距離を、さらに詰める。
「……」
結衣の呼吸は、もう乱れていた。
最初の軽さは消えている。
触れられるたびに、
身体が小さく跳ねる。
「先輩……」
甘えた声が、漏れる。
そのまま、
ソファに沈み込むようにして、
結衣の力が抜けていく。
衣服も、
いつの間にか崩れていた。
無防備な姿。
それを、隠す様子もない。
むしろ――
見せつけている。
サトルは、動けない。
目を逸らせないまま、
ただ、その光景を追っている。
「結衣……俺も……」
掠れた声。
堪えきれない欲望。
「ダメよ」
美月が、静かに遮る。
「見ててくれなきゃ」
一切の迷いもなく。
命令に近い口調。
「……」
サトルは言葉を失う。
けれど、
逆らえない。
そのまま、立ち尽くす。
結衣の声が、
小さく、途切れ途切れに響く。
やがて――
ふっと、力が抜けた。
静かな余韻だけが、
部屋に残る。
「……すごい」
サトルが、呟くように言う。
その視線は、
もう完全に美月に縛られていた。
*
「……美月さん、お願いします……俺も……」
サトルの声は、もう抑えが効いていなかった。
視線も、呼吸も、
完全に乱れている。
「……サトルくん……ダメ……」
結衣が、かすれた声で制する。
さっきまでとは違う。
どこか、縋るような響き。
美月は、そのやり取りを見ながら、
くすりと笑った。
視線を落とす。
「……そんなにして」
わざとらしく、ゆっくりと。
「ダメじゃない」
「……でも」
サトルの迷いと期待が入り混じった声。
「結衣」
名前を呼ぶ。
それだけで、
結衣の肩がびくりと揺れた。
「サトルさん、慰めてあげられる?」
「……え」
戸惑い。
視線が揺れる。
「……でも、美月さんが……いるから…」
「彼、我慢してるのよ」
軽くグラスを傾ける。
「可哀想でしょ?」
「……」
言葉が続かない。
躊躇。
ほんのわずかに残った理性。
(まだ、残ってるのね)
内心で、冷静に観察する。
(なら――もう少し)
「いいわ」
美月が、ゆっくりと言う。
「サトルさん」
視線を向ける。
「私でよければ……」
その一言で、
空気が変わる。
「ダメ!」
結衣が、思わず声を上げた。
「サトルくん、来て」
自分でも驚くほどの勢いで、
手を引く。
サトルは、一瞬だけ迷い――
次の瞬間には、
もう抗っていなかった。
距離が、一気に縮まる。
重なる影。
乱れる呼吸。
言葉にならない音が、
途切れ途切れにこぼれる。
美月は、ゆっくりと立ち上がる。
服を脱ぎ、
ソファに腰を下ろす。
グラスを手に取り、
一口。
そのまま、
目の前の光景を眺める。
「……ふふ」
静かに笑う。
誰が主導しているのか。
もう、疑う余地もなかった。
*
ゆっくりと、美月は立ち上がる。
静かに歩み寄る。
二人のすぐそばまで。
その視線が、自然と集まる。
(やっぱり)
自分の身体に対する視線。
隠そうともしない反応。
(分かりやすい)
「……あなた達だけ、ズルい」
軽く笑いながら言う。
冗談のようで、
どこか本気の響き。
結衣が一瞬だけ戸惑う。
視線が揺れる。
けれど――
拒まない。
むしろ、
受け入れるように、そっと距離を開けた。
そこに、美月が入り込む。
三人の距離が、
さらに曖昧になる。
言葉は少なくなる。
代わりに、
呼吸と気配だけが混ざり合う。
時間の感覚も、
少しずつ曖昧になっていった。
――やがて。
静かな余韻が、部屋に落ちる。
「結衣」
名前を呼ぶ。
それだけで、
結衣の身体が反応する。
「奉仕しなさい」
柔らかい声。
けれど、逆らえない響き。
「……はい、美月先輩」
迷いのない返事。
さっきまでの戸惑いは、
もうどこにもない。
サトルは、
少し離れた位置で、
息を整えながらその様子を見ている。
視線は、
完全に美月に縛られていた。
(簡単)
グラスを手に取り、
ゆっくりと傾ける。
(男も女も――結局同じ)
小さく、口元が緩む。
*
静かな余韻の中。
二人の呼吸だけが、
まだわずかに揺れている。
結衣は、美月のそばから離れない。
視線を上げるたびに、
何かを“待つ”ような目をしている。
サトルも同じだ。
言葉はない。
ただ、指示を待っている。
(……いい感じね)
グラスを傾ける。
赤い液体が、
ゆっくりと喉を落ちていく。
視線を向けるだけで、
二人の空気が変わる。
それだけで十分だった。
もう、
誰が上で、
誰が従う側なのか。
確かめるまでもない。
「……ふふ」
小さく笑う。
(つまらないくらい、簡単)
ソファに深く身を預ける。
二人は、
その足元にいる。
自然と。
当たり前のように。
まるで――
最初から決まっていたみたいに。
(最高ね)
その光景を眺めながら、
静かに目を細めた。




