歪な関係
第四十四話
盆に墓参り。
日本人なら、まぁ常識だ。
そんなことを、どこか他人事みたいに考えながら――
俺は今、父の墓の前に立っている。
白川壮一。
俺の父親……ということになっている男。
旧姓は三上。
白川家に入った、いわゆる入り婿ってやつだ。
(……父、ね)
正直、実感はない。
俺自身にも無いし、
この体の“白川大河”にだって、本来あるはずがない。
なんせ、父親を亡くしたのは生後一歳にも満たない頃らしい。
記憶なんて、残るはずもない。
だから、目の前の墓石に刻まれた名前も、
どこか現実味が薄い。
ただの情報だ。
俺にとっては。
委員長の――
白川静香の、夫だった男。
それだけだ。
あの日の、すぐ後。
見合いをして、結婚した。
知っているのは、その程度。
あとは、この体に入ってから、
写真を見せられたくらいか。
穏やかそうな顔の男だった、という印象だけが残っている。
(……それくらいだな)
そして――
委員長も、あまり語らない。
この男のことを。
—————————-
墓参りの後に白川家本家に到着。
静香の実家だ。
広いダイニングに、料理が並ぶ。
どこか非日常な光景のはずなのに、
「大河ちゃん、たくさん食べてねー。お寿司もあるわよー」
その一言で、一気に“普通の家”になる。
「うん。ありがとう、ばぁちゃん」
(大河ちゃん……か)
白川美沙子は、柔らかくて距離が近い。
会うたびに、変わらず優しい。
その向かいで、
「学校はどうだ、大河?」
白川雅之が、落ち着いた声で聞いてくる。
「楽しいよ」
「そうか。通えるようになって、本当に良かった」
静かに頷き、続ける。
「困ったことがあったら、ジィちゃんになんでも言いなさい」
「うん。ありがとう」
(……めっちゃいいじいさん、ばあさんだな。なんか、申し訳ない……)
自然と、そう思う。
だが――
「大河、バイトなんかしてるのか?」
箸を置きながら、雅之が言う。
「小遣いなら、じぃちゃんが――」
「お父さん」
静香が、ぴたりと遮る。
「あまり大河を甘やかしすぎないでね」
「……分かってるよ」
一応は引くが、
雅之はちらりとこちらを見て――
「(後でな。小遣い)」
小さく口を動かす。
「……」
静香が、静かにため息をついた。
(……なるほど)
この家に来ると、いつもこうだ。
孫が目覚めたことが、
それだけ嬉しいのだろう。
「大河、勉強は大丈夫か?」
不意に話が変わる。
「!?」
一瞬、言葉に詰まる。
「病院の社会復帰プログラムでも、勉強は苦戦していたな」
雅之が笑う。
「学校でも……ギリギリ。ごめん、じいちゃん」
正直に言うと、
「気にするな」
あっさりと返ってきた。
「健康で、働く意欲があれば、人生はどうにかなる」
まっすぐな言葉。
「……まぁ今は、学生を楽しみなさい」
「うん」
短く頷く。
そのやり取りを、
静香が少しだけ複雑な表情で見ていた。
—————————
薄暗い部屋。
テーブルの上には、ワインのボトルとグラスが二つ。
「……彼氏がさ、浮気してるっぽいんだよね」
ソファに沈み込む女が、ぽつりとこぼす。
へぇ、と心の中でだけ相槌を打つ。
興味は――正直、そこまでない。
でも、この距離感は嫌いじゃない。
「最近、なんか冷たくて……スマホもずっと見てるし」
「典型的だね」
くすっと笑いながら、グラスを揺らす。
「まぁ、男なんてそんなもんでしょ」
「……やっぱり?」
「うん。浮気するヤツはするし、しないヤツはしない」
言い切ると、女は少し俯いた。
「なんかさ……悔しいんだよね」
「そりゃそうでしょ」
グラスをテーブルに置いて、
そっと肩に手を置く。
距離を詰める。
逃げ場をなくさない程度に、自然に。
「でもさ」
顔を覗き込む。
「女のことは、女が一番よく分かるっていうし」
「……」
「今は、忘れよ?」
柔らかく言うと、
女は小さく頷いた。
――こういう時の距離の詰め方は、知ってる。
触れるか、触れないか。
その境界を、ゆっくり越えさせる。
アルコールのせいにしてもいいし、
寂しさのせいにしてもいい。
どっちでもいい。快楽を与えるだけだ。
――気づけば、
互いの呼吸が混じる距離まで近づいていた。
⸻
どれくらい時間が経ったのか。
ベッドの上。
隣で、女が小さく身体を震わせている。
まだ余韻が残っているらしい。
シーツを握る指先が、少しだけ白い。
「……アイツとは、別れる」
ぽつりと呟く声。
「そう」
短く返す。
「まぁ、浮気するような男だしね」
横顔を見る。
さっきまでの強がりは消えて、
どこか安心したような顔をしている。
「他にいい男、いくらでもいるよ」
少しだけ笑って、
「……私もいるし」
冗談めかして言うと、
女は照れた様に笑った。
(……簡単な女)
グラスに手を伸ばす。
ゆっくりと傾けながら、
その無防備な横顔を眺める。
(あんたの彼氏の浮気相手、私だけどね)
喉の奥で、笑いを飲み込んだ。
———————
自宅マンションに着いた時には、あたりは暗くなり始めていた。
玄関を開けた瞬間、
静けさが、ふっと体にまとわりついた。
翔太の店も今日は休みだ。
なんとなく、時間が空いた気がする。
リビングの隅。
丸くなっていたトラが、ちらりとこちらを見る。
「……」
無言の圧。
「……悪い」
思わず苦笑が漏れる。
「最近、あんま構ってやれてなかったな」
尻尾が一度だけ、ぱたんと床を叩く。
機嫌がいいのか悪いのか、よく分からない。
「……ごめんな、トラ」
首元を軽く撫で機嫌をとる。
「ご主人様は俺のはずなんだか…」
トラは面倒くさそうに立ち上がった。
「散歩、行くか」
⸻
夜の空気は、少しだけ湿っていた。
いつもより長めに歩く覚悟。
トラは先を歩きながら、
時折こちらを振り返る。
(……まだ怒ってんな)
そんなことを考えながら、
マンションのエントランスを出た、その時――
「必ず夜に現れるな。お前一周回って、俺の事好きだろ」
ため息混じりに言う。
そこに立っていたのは、見慣れた女。
「なんで私がアンタの事好きなのよ。バカじゃないの。」
「アンタと違って、日中は忙しいのよ」
ノアは、悪びれもなく答えた。
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