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正義の味方はブラック業務  ——転生って異世界がテンプレじゃないの?(涙)——-  作者: 中林 旭G3


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よくある話

第三十六話





住宅街の角に、低く唸るエンジン音が滑り込んできた。


黒っぽいクーペ。


無駄に存在感がある。


ヘッドライトが一瞬だけ大河を捉え、そのまま静かに止まった。


助手席のドアが、内側から解錠される。


「乗って」


窓がわずかに下がり、ノアの声。


大河は小さく息を吐いて、ドアを開けた。


シートに身体を沈める。


包み込まれるような感覚。


ドアを閉めた瞬間、外の音が遠ざかる。


「……何の悪いことしたらこんな車買えるんだよ」


思わず口に出た。以前乗ったのは覆面パトカーだった。


内装に視線を走らせる。


質感が違う。


明らかに“いいやつ”だと分かる。


ノアは前を見たまま、さらっと言った。


「私、現世ではお金持ちのお嬢様の設定なの。言ってなかった?」


「お嬢様がお巡りさんなんかやるかね」


「やるでしょ。よくある設定よ」


軽い調子。


だがハンドルを握る手つきは、無駄がない。


車が滑るように走り出す。


夜の街に、静かに溶け込んでいく。



しばらくして。


ノアが本題に入る。


「近藤、港の倉庫をアジトにしてるっぽい」


「こっちはベタな設定だな」


大河はシートに背を預けたまま、気のない声で返す。


「張ってる捜査員からは、今日は姿を確認出来てないって」


「なんで場所分かった?」


「そこだけじゃないんだけど」


ノアは視線を前に固定したまま続ける。


「自分が襲った組織の拠点を、そのまま使ってるみたい」


「なるほどな」


短く頷く。


筋は通っている。


力で奪って、そのまま居座る。


分かりやすい。


「今から通報があったスナックに向かう」


「通報?」


少しだけ身を起こす。


「営業自体やってないっぽいけど、いかにもなのが出入りしてるみたい」


淡々とした口調。


だが内容は、分かりやすく黒い。


「半グレの一人が所有してる雑居ビル」


「半グレね…何の悪い事したらビル買えるんだよ」


小さく鼻で笑う。


まぁどこにでもある話だ。


「この件はさっさと処理するわよ」


ノアが言い切る。


迷いがない。


「随分簡単に言うじゃねぇか」


大河は軽く返すが、その横顔をちらりと見る。


表情は変わらない。


ただ、どこか――


温度が下がっている。


「……あんたを殺した連続通り魔」


その一言で。


車内の空気が、わずかに張り詰めた。


「……」


大河は何も言わない。


視線を前に戻す。


流れていく街の灯りが、ガラスに反射する。


ノアは続ける。


「アイツは賢いから、次の犯行まで時間が空く。けど……」


一瞬だけ、間。


「そろそろ動く気がする」


確信めいた声音。


エンジン音だけが、静かに響く。


夜の中へ、車は加速していった。



———————-



雑居ビルの向かい。


通りに停めた軽自動車の中で、佐藤 夏は張り込みを続けていた。


エンジンは切ってある。


フロントガラス越しに見えるのは、古びた看板。


――スナック「ルージュ」。


灯りはついていない。


どう見ても営業している店には見えない。


(……やってるわけないよな、これ)


それでも、人は出入りする。


さっきも一人。


今もまた一人。


スーツ姿だったり、ラフな格好だったり。


一見すれば普通。


だが、どこか“関わりたくない側”の匂いだけは共通している。


佐藤は小さく息を吐いた。


スマホで時刻を確認する。


(そろそろ来てもいい時間なんだけどな……)


自然と背筋が伸びる。


理由は単純。


ノアが来るからだ。


(今日はどうだろうな……)


ふと、余計なことを考える。


(いや、落ち着け俺)


首を振る。


(仕事だぞ、仕事)


分かっている。


分かっているが――


(でもなぁ……ワンチャン、「ありがとう」くらい言われてもいい働きはしてるよな)


できれば少し微笑んで。


いや、そこまで贅沢は言わない。


真顔でもいい。


(いや、真顔はちょっとキツいか……)


一人で勝手にハードルを調整する。


視線は外さないまま。


「……いや何考えてんだ俺」


小さく呟いて、自分でツッコむ。


その時。


また一人、ビルの中へ入っていく男。


特別目立つわけでもない。


だが、さっきから同じような連中ばかりだ。


(やっぱ黒だな)


確信に近いものを感じる。


無線に軽く手を伸ばしかけて、止める。


(まだだ)


ノアの指示待ち。


勝手な判断はしない。


そういうところは、ちゃんとしている。


視線をビルに戻す。


静かな夜。


動きはあるのに、どこか落ち着かない。


(……早く来てくれよ、ノアさん)


仕事のためか。


それとも――


自分でも、よく分かっていなかった。



———————



暗い部屋。


明かりはつけていない。


ロックグラスの中で、氷が小さく鳴る。


近藤は、一人。


背もたれに身体を預け、ゆっくりとグラスを傾けた。


(成り上がる)


それだけは、ずっと変わらない。


(ヤツらに、取って代わる)


売人。


ヤクザ。


半グレ。


闇金。


頭の中に浮かぶ顔を、順に潰していく。


(どうせクズどもだ)


吐き捨てるように思う。


自分も同じ場所にいたことなど、もうどうでもいい。


グラスを置く。


静寂。


(サツは、俺を捜している)


それも分かっている。


だが――


それもどうでもいい。


口元が、わずかに歪む。


(この力があれば)


ゆっくりと、拳を握る。


(全部、奪える)


(支配できる)


暗闇の中で。


その確信だけが、はっきりと形を持っていた。



———————-



夜の街を滑るように走る車内。


一定のリズムで流れる街灯を横目に、ノアがふと思い出したように口を開く。


「そういえば、装備持ってないでしょ?」


「イヤ、リュックの中にグローブと警棒は入ってる」


シートに深く腰を沈めたまま、大河は軽く叩く。


「制服着替える時、あの上下セットアップもって思ったけど、暑いじゃん今」


窓の外に目をやる。


まだ夜気はぬるい。


「このタイミングで呼び出しあるとも思ってねーし」


ノアは一瞬だけ視線を向けて――すぐに前へ戻す。


「あのウェアは暑さ感じない」


さらっと言い切る。


「……まぁいいわ。武器だけでも上出来よ」


それだけ言って、再び沈黙。


エンジン音が静かに響く。


準備は万全とは言えない。


だが――


それでも行く。


そんな空気が、車内にはあった。



————————-



路地裏のパーキングに車を滑り込ませる。


ノアからの指示だ。


佐藤はすぐにドアを開け、外へ出る。


「ノアさん――」


声をかけかけて、止まる。


その隣。


見覚えのある顔。


(このガキ、この間の……)


しかも。


当然のように、助手席から降りてくる。


(まさか、ノアさんの車で一緒に?)


一瞬、思考が止まる。


(異形に対抗出来る少年とは聞いてたけど……)


視線が細くなる。


(なんか気に入らねー)


ノアはそんな空気など気にせず、歩き出す。


「佐藤。中、何人いる?」


仕事の声。


佐藤はすぐに切り替える。


「入って行ったのは三人です。ただ、中の正確な人数までは……」


言い終える前に。


横から声が入る。


「んだよー佐藤。使えねーな」


わざとらしい口調。


佐藤のこめかみが、ぴくっと動く。


(このガキ……ぶっ飛ばしてやろうか)


もちろん、顔には出さない。


ノアが短く言う。


「いいわ。店のサイズ考えても、多くてもしれてる」


それだけで判断は済んだ。


「大河、行くよ」


自然に呼ばれた名前。


「おっ、待てノア。装備、装備」


佐藤の思考が一瞬フリーズする。


(ファーストネームで呼び合う!?)


一歩遅れて、声を出す。


「自分も行きます」


だが、ノアは振り返らない。


「佐藤は周りを警戒。なんかあったら連絡する」


即答。


余地はない。


「……了解」


わずかに間を置いて返す。


その横を通り過ぎながら。


大河が肩をすくめる。


「まっ、そういう事で」


軽い一言。


それが、妙に引っかかる。


佐藤はその背中を睨みつけた。


(……覚えとけよ、こんガキャぁ)


ノアの車のロックが掛かる電子音が夜の駐車場に響く。



———————-



扉は、蹴り開けた。


鈍い音と同時に、室内の空気が一気に流れ出る。


埃と、酒と、安い香水の混ざった匂い。


薄暗い店内。


カウンターの奥、テーブル席。


三人。


こちらを見た瞬間――動いた。


「早いな」


大河が一歩踏み込む。


人間のそれじゃない加速。


黒い霧が、身体にまとわりつく。


(……やっぱりか)


考える暇はない。


一人目が一直線に突っ込んでくる。


手にはナイフ。


振り下ろし。


――カンッ!


大河は警棒で受ける。


衝撃を流す。


そのまま半歩ずらし、懐へ。


肘。


喉元へ。


――ドッ!


一瞬、動きが止まる。


間髪入れず、膝。


腹にめり込ませる。


空気が抜ける音。


だが、倒れない。


(タフだな)


横から気配。


二人目。


大河は身体を捻る。


大振りの拳を、ギリギリで外す。


頬をかすめる風。


(いい速度してやがる)


警棒を逆手に持ち替える。


床を蹴る。


一歩で距離を詰める。


左ジャブ。


右ストレート。


連撃。


グローブ越しに、確かな手応え。


黒い霧が、わずかに剥がれる。


(効いてる)



その横。


ノアはすでに二本の警棒を展開していた。


しなやかに、低く構える。


「でた」


大河が横目で見る。


「ブラックウィドウスタイル」


「集中しなさい」


即答。


一人がノアに飛び込む。


踏み込み。


速い。


だが――


ノアは一歩も下がらない。


右の警棒で受け流し、左で打つ。


手首。


肘。


関節を正確に潰す。


――バキッ。


鈍い音。


それでも止まらない相手に、間を与えない。


回転。


二刀が交差する。


脇腹。


顎。


連続で叩き込む。


無駄がない。


完全な制圧。



三人目が、後ろから大河に襲いかかる。


気配。


遅い。


振り向きざまに、ロー。


膝を刈る。


体勢が崩れたところに、追撃。


拳。


肘。


最後に、警棒で肩口を打ち抜く。


――ドンッ!


床に叩きつけられる。


だが、すぐに起き上がろうとする。


「しつこいな……!」


舌打ち。


もう一度、踏み込む。


連撃。


打つたびに、黒い霧が削れていく。


霧が、散る。


薄くなる。


(本体じゃねぇな)


確信。


一撃、二撃、三撃。


最後に、全体重を乗せたストレート。


――バンッ!


霧が、弾けた。


男の身体が崩れ落ちる。


同時に。


ノア側も決着がついていた。


二人、床に転がっている。


わずかに息はある。


黒い霧が、入り口の隙間に消えていく。


静寂。


大河は肩で息をする。


「……なんだこれ」


警棒を軽く振る。


感触を確かめるように。


「核、やっぱり出てこねぇぞ」


ノアは倒れた男を見下ろしながら、短く言う。


「本体じゃない」


その一言で、全部繋がる。


「力だけ、分け与えられてる……ってことか」


「えぇ」


ノアが視線を上げる。


「厄介ね」


大河は小さく笑う。


「数増やしてくるタイプかよ」


大河は警棒を握り直した。


「……で、本命はどこだよ」


「追うわよ。霧が逃げた方」


「よくある展開だな」

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