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正義の味方はブラック業務  ——転生って異世界がテンプレじゃないの?(涙)——-  作者: 中林 旭G3


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時間だ

第三十五話




異形対策室。


まだ人の少ない時間帯。

街は動き出す直前の、わずかな静けさを保っている。


コーヒーの湯気が、ゆっくりと立ち上る。


ノアはそれを一口だけ飲んで、カップを置いた。


味はどうでもいい。

ただの習慣だ。


(……やっぱり妙ね)


昨夜の光景が、頭の中で繰り返される。


黒い霧。


剥がれ、霧散し、そして——


逃げた?


「……異形じゃない」


小さく呟く。


あれは、完全な異形ではない。


核もない。

構造が違う。


だが、力は確かに“同質”だった。


(媒体……?)


一度、思考を置く。


しっくりこない。


違う。


もっと単純で、もっと厄介な形。


「……貸してる」


言葉が、自然に出た。


祝福。


本来、個に紐づくもの。


だが今回は違う。


(分けてる……いや)


ノアは、ほんのわずかに目を細める。


(“使わせてる”)


思考が、一本に繋がる。


シドが与えているのは一人。


だが、それを“拡張”している存在がいる。


近藤裕也。


(面倒ね)


カップに残ったコーヒーを見る。


わずかに揺れる液面。


(単体じゃない)


(構造が広がってる)


それが意味するものは、一つ。


「……近いわね」


静かに呟く。


昨夜の個体。


あの濃度。


あの反応。


本体から、そう離れていない。


ノアは立ち上がる。


迷いはない。


「早めに潰す」


誰に言うでもなく、そう呟く。



———————



教室はいつものざわめきに包まれていたが、

その一角だけ、妙にまとまっていた。


「というわけで!」


小春が、パンッと手を叩く。


「澪ちゃんによる!期末テスト対策・勉強会を開催しまーす!」


周囲の空気が一瞬止まる。


「……は?」


大河が顔を上げる。


嫌な予感しかしない。


「場所は――白川家ペントハウス!」


「なんでだよ」


即答だった。


小春は満面の笑みで言い切る。


「だってタイガーの為だよ」


「余計なお世話だわ」


大河、即座に切り捨てる。


「俺ん家使う理由になってねぇだろ」


「広いし、綺麗だし、集中できるし!」


「それ俺のメリットじゃねぇよな?」


小春、ぐっと親指を立てる。


「あと冷房めっちゃ効くし!」


「そこかよ」


横から霧島が口を挟む。


「大河、諦めろ。こいつはもう止まらん」


「お前も受講対象者だろ」


「……」


霧島、視線を逸らす。


「いやまぁ、その……」


「逃げんな」


小春がさらに畳みかける。


「澪ちゃんが教えてくれるんだよ!?超贅沢だよ!?」


その“澪”は、少し困ったように微笑んでいた。


「一応……みんなが良ければ、だけど」


控えめな声。


だが、その成績は控えめじゃないらしい。


大河、腕を組む。


「……で、いつだよ」


「今から!」


「即日かよ」


「善は急げ!」


「勉強は悪だろ」


霧島がぼそっと呟く。


「ジハード、始まるな……」


「お前その言い方やめろ」


小春は気にしない。


「じゃあ決定ね!」


「決めてねぇよ」


「決定ね!」


押し切られた。


完全に。


大河は天井を仰ぐ。


(……なんでこうなる)


だが。


「ま、いいか」


小さく息を吐く。


逃げても無駄だ。


なら、付き合うしかない。


その代わり——


「ちゃんと教えろよ」


ちらりと澪を見る。


澪は、くすっと笑った。


「うん、任せて」


その一言で。


なぜか少しだけ、安心した。



テスト前の週は、午前で終わる。


解放感があるはずなのに、教室の空気は妙に重い。


「……ジハード前の静けさだな」


霧島の一言に、大河はため息をひとつ。


「やめろって」


それ以上は続かず、そのまま流れるように帰り支度。



バス停の前で、小春がぶんぶん手を振っていた。


「タイガー!こっちこっち!」


隣には澪。


相変わらず、涼しい顔をしている。


大河と霧島はロードバイクを止めて合流した。


合流するなり、小春はくるっと背を向ける。


「とりあえずメシ!」


澪おすすめの駅前のパン屋。焼きたての匂いに足が止まる。


「カレーパンは正義」


「分かる」


「二個いく」


「やめろ」


各々トレーを持って、適当に選ぶ。


澪は例のBLTサンドイッチ。

小春は甘いのとしょっぱいのをバランスよく。

霧島はなぜか多い。


「お前食い過ぎだろ」


「勉強には糖分が必要だ」


「理屈は合ってるのがムカつくな」



専用エレベーターを上がりきったところで、小春がもう一度言った。


「やっぱ広いよねここ!」


「毎回言うな」


鍵を開ける。


中に入ると、さっきのパンをテーブルに並べた。


「いただきます」


軽く済ませるつもりが、なんだかんだで手が伸びる。


他愛もない時間。


こういうの、悪くないな――と、大河はぼんやり思う。



片付けが終わる頃には、澪がもうノートを開いていた。


「ここ、出やすいから」


説明は短くて、分かりやすい。


霧島も大河も、自然と聞いていた。


「……ねぇ」


その流れを、小春がぶった切る。


机に突っ伏したまま。


「飽きた」


「早ぇよ」


即ツッコミ。


霧島はもう立っている。


「少し休憩」


そのまま大河の部屋へ消える。


「あーあ」


止める気も起きない。


すぐに向こうから声がする。


「おぉ……バイク雑誌」


「勝手に触んなよ」


「減らんだろ」


「減るんだよ気分が」


小春の声も混ざる。


「小春もなんか見るー!」


澪はその様子を見て、小さく息をついた。


「……そうなるよね」


困っているようで、どこか楽しそうでもある。



ふと。


小春がリビングに戻ってくる。


何気なくカウンターの上に置いてあった写真に、目が止まった。


「あ」


手にしているのは、古い写真。


「タイガーママ、若い」


まじまじと見つめる。


「若い時もキレイ」


「…….」


大河は視線を向けない。


「この人、お父さん?」


写真には三人。


若い委員長。


翔太。


そして――


(……あの日のか)



翔太にメシを食わせてもらった日。


帰り際に店先で、翔太に呼び止められた。


『あ、そうだ。昔撮った写真』


差し出されたそれを、静香が受け取る。


『委員長に渡すタイミングなかったから』


少しだけ間があって。


『いつか渡そうと思って』


静香は、ほんのわずかに目を伏せてから。


『……ありがとう』


あの時の写真。


「どっちがお父さん?」


小春の声で、今に戻る。


「こっちでしょ」


指されたのは――自分。


「違う」


短く否定する。


「昔の友達らしい」


小春は首を傾げる。


「えー。なんか似てると思ったんだけど」


霧島が覗き込む。


「……まぁ、言われたら」


「適当だろ」


軽く返す。


澪は何も言わない。


ただ、写真を静かに見ていた。


それから。


ほんの一瞬だけ、大河に視線を向ける。


測るような、確かめるような。


「……」


だがすぐに、いつもの柔らかい表情に戻る。


「続き、やろっか」


静かにそう言った。


さっきまでと同じ言葉。


なのに、どこか違って聞こえた。



どれくらい時間が経ったのか。


問題集もノートも、最初の勢いはどこへやら。

空気はすっかり緩んでいた。


ふと、霧島がスマホを見る。


「やべっ、バイトの時間だ」


「は?」


反射でツッコむ。


「……2:50かっ」


「え、4時だよ」


澪がきょとんとする。


一瞬、間。


大河は小さく息を吐いた。


「……ジェネレーションギャップ」


ほとんど聞こえない声。


「何?」


「いや、なんでもない」


霧島はもう立ち上がっている。


「行くわ」


「あぁ」


短いやり取りだけ残して、荷物をまとめる。


すぐに小春も立ち上がった。


「塾の時間だ」


「……小春、お前もエガシ…」


やめた。


じとっとした視線。


澪が少し驚く。


「え、小春ちゃん、塾行ってたっけ?」


「行ってねーだろ」


すかさず霧島がツッコむ。


もう靴を履きながら。


小春はにこっと笑う。


「まぁまぁ、後は若い人達だけで……」


くるっと背を向ける。


その一言に、大河の眉がぴくっと動く。


「お見合い斡旋趣味のババァか」


「誰がよ!」


最後に一発ツッコんで、小春も出ていく。


ドアが閉まる音。


静けさが、少しだけ残る。


リビングに、二人。


大河と、澪。


さっきまでの空気とは、少し違う。


ほんのわずかに、間ができる。


そのまま流れかけたところで――


ドアが、もう一度だけ開いた。


「タイガー!」


顔だけひょこっと出す小春。


「澪ちゃんに変なことしたらダメだからね」


「!?しねぇよっ」


「….それから…澪ちゃん、送ってあげてね」


小春、めずらしく少し真顔。


「は?」


間髪入れず。


「澪ちゃん、美少女だから」


言い切って、満足げに消える。


バタン。


完全に閉まった。


沈黙。


大河は、ゆっくりと天井を見上げた。


「……あぁ?」


ぼそっと漏れる。


その横で。


澪が、くすっと笑った。



霧島と小春が帰ったあと。


さっきまでの賑やかさが嘘みたいに、部屋は静かだった。


その静けさの中で。


澪が、ふと口を開く。


「……さっきの写真、もう一回見せてもらえる?」


「ん?」


少し意外そうにしながらも、大河は立ち上がる。


「あぁ、いいけど。なんで」


カウンターから写真を取って、そのまま手渡す。


「人の親の若い頃の写真に興味あるって、変わってんな」


軽く言う。


澪は答えず、写真に視線を落としたまま――


「……やっぱり、似てる」


その一言に。


胸の奥を、指で弾かれたみたいに感覚が揺れた。


一瞬だけ、呼吸がズレる。


「だから、父親じゃないって」


少しだけ早口になる。


澪は首を振る。


「いや、違うの」


「?」


顔を上げる。


澪は少しだけ迷ってから、言葉を選ぶように続けた。


「……さっき、小春ちゃん、送ってやれって言ってたでしょ」


「……」


「あのね」


一拍。


「昔、中学生の時……怖い目にあった事あるんだ」


空気が、少しだけ変わる。


「塾の帰り道で……」


「……まさか、その写真の男に……」


思わず出た言葉。


(いや、待て)


(写真の男って俺と翔太だぞ。しかもかなり昔のだ)


(時間が合わない)


(それに俺は断じてそんな事はしてない)


(翔太……いや、あいつに限って)


思考が一瞬で駆け巡る。


澪はすぐに首を横に振った。


「違う、違う。逆だよ」


「?」


「助けてもらったの」


その言葉に、思考が止まる。


「……多分、その人の若い時じゃないかなって」


写真を見つめたまま、澪は続ける。


「面影があるんだ。その人の」


「……そっか」


短く返す。


(……数年前に、そんな事もあった気がするな)


ぼんやりとした記憶の欠片が、どこかで引っかかる。


澪は少しだけ笑った。


「……拓実くん以外の男子、苦手だったんだよ」


「そうなん?」


「うん」


小さく頷く。


それから。


少しだけ、間を置いて。


「……白川くんの事前から知ってた気がする理由、白川くんだけなんか平気な理由、分かった気がする」


「は?」


素っ頓狂な声が出る。


澪は、もう一度だけ写真に目を落として――


それから、まっすぐ大河を見る。


「やっぱり似てるよ」


静かに。


「白川くん、この人に」



————————



夕方の名残が、まだわずかに空に残っている。


気づけば、もう七時前。


住宅街の一角。


門の向こうに広がるのは、手入れの行き届いた庭と、照明に柔らかく照らされた大きな家。


(……でかいな)


大河は、内心だけで呟いた。


澪は、その門の前で足を止める。


「ここで大丈夫」


「中までは行かねーよ」


軽く肩をすくめる。


ここまで来れば十分だ。まぁバスに乗ってただけだが。


……それより帰りは?


バスか?


歩けなくはない。


だが、三十分以上はゆっくりかかる。


「ありがと」


澪が、小さく頭を下げる。


「また明日」


「あぁ」


短いやり取り。


門の向こうに入っていく背中を、少しだけ見送る。


扉が閉まる音。


それを確認してから、大河は踵を返した。


ポケットからスマホを取り出す。


委員長――静香には、もうLINEは送ってある。

「勉強してた」

それだけで、あの人は少し安心する。


(……一応、テスト前だしな)


帰ったら、少しは机に向かうか。


形だけでも。


そう考えながら歩き出す。


夜に入りきる前の空気は、まだどこかぬるい。


住宅街の静けさの中で、足音だけがやけに響く。


その時。


ポケットの中で、いつもの振動。


取り出す。


表示された名前を見て――


小さく息を吐く。


「……でた」


通話ボタンを押す。


「なんだよ」


耳に当てる。


さっきまでの穏やかな時間が、少しだけ遠のいた。


どうやら――


勉強どころじゃ、なさそうだ。



少し間があって、ノアの声。


「あんた、今家?」


唐突。


いつものことだ。


大河は歩きながら答える。


「イヤ、隣町だな」


足は止めない。


夜に入りきる前の住宅街。

人通りはまばらで、やけに静かだ。


「1人?」


「トラの散歩ってわけじゃなさそうね?」


「ああ」


短く返す。


ポケットに片手を突っ込んだまま、何気なく周囲に目をやる。


特に変わった様子はない。


ただの帰り道。


そのはずだった。


「隣町なら多分近いからピックアップしてあげる」


「おっ、助かる」


軽く返す。


それだけの会話。


だが――


通話の向こうで、ノアが何かを見ているのは分かる。


理由は言わない。


けど、迎えに来る。


それで十分だった。


大河は小さく息を吐く。


「どこ行きゃいい」


正義の味方の時間だ。

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