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正義の味方はブラック業務  ——転生って異世界がテンプレじゃないの?(涙)——-  作者: 中林 旭G3


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静かな決意

第三十二話



七月。


朝から強い日差しが、リビングの大きな窓から差し込んでいた。


白川家のペントハウス。


遠くの街路樹から、かすかに蝉の声が届く。


室内ではエアコンが静かに風を送っていた。


静香はコーヒーを一口飲む。


その向かいで、大河が少し言いにくそうに口を開いた。


「母さん」


「うん?」


「俺さ、バイトしたいんだけど」


静香の手が止まる。


「バイト?」


「うん」


静香は首をかしげた。


「どうして?」


「欲しいものでもあるの?」


大河は少し視線を逸らす。


「……バイクの免許」


静香の表情がわずかに固まった。


「バイク?」


一瞬、言葉を失う。


頭をよぎるのは、あの日の記憶。


交通事故。


夫の死。


そして――


意識の戻らない大河。


胸の奥が少しだけ痛む。


(危ないよ)


そう言いかけて、静香は言葉を飲み込んだ。


目の前の大河を見る。


(この子が)


(自分から何かやりたいって言ったの)


初めてかもしれない。


やりたいことは、やらせてあげたい。


ふと、記憶がよぎる。


……朝倉くん。


彼もバイクに乗っていた。


高校生の頃、コンビニの駐車場で見かけたことがある。


エンジン音を響かせて、楽しそうに笑っていた。


それから――あの日も


坂本くんの居酒屋で。


二人で嬉しそうにバイクの話をしていた。


専門用語ばかりで、私はよく分からなかったけれど。


二人とも、とても楽しそうだった。


静香はゆっくり大河を見る。


「……危ない乗り方は、ダメだからね」


大河の表情が少し明るくなる。




———————-



昼休み。


私立桜城学園高等学校。


名前だけ聞けば、いかにも上品なお嬢様学校か名門進学校のようだ。


だが、この学校の生徒が本当に上品かと言われると――

まあ、そうでもない。


なぜか。


理由は簡単だ。


学食のセキトリである。


相撲取りではない。

席取りだ。


※念のため言うが、どちらもそれなりに激しい。


昼休み開始と同時に、生徒たちは学食へ雪崩れ込む。

そして始まるのは、優雅なランチタイムなどではなく――


席の奪い合いである。


結果。


今日もまた、敗者は外へ追いやられる。


校舎横の、いかにもオシャレそうな名前の場所へ。


オープンテラス。


……と言えば聞こえはいいが、要するに外だ。


屋根?申し訳程度。

冷房?あるわけがない。


生徒達はこう言う。


夏は地獄。

冬は修行。


ちなみに今は――


夏である。


そして大河たちは、見事に敗北した側だった。


テーブルにパンを置きながら、大河が言う。


「……暑いな」


霧島が即座に言う。


「大河、言うな」


「言えばもっと暑くなる」


「そんなオカルトあるか」


その横で、小春が手を挙げた。


「はい!」


「小春、もう溶けそうです!」


「タイガー責任取ってください!」


「なんで俺だよ」


小春は真顔で言った。


「だってさっき“暑い”って言ったじゃん」


「暑さのトリガー引いたのタイガーだよ」


霧島がうなずく。


「確かに」


澪が苦笑する。


「確かになんだ……」



大河はパンをかじりながら、ふと思い出したように言った。


「俺も免許取りに行く」


霧島の眉がピクリと動く。


「ほぅ」


わざとらしく腕を組む。


「私の影響かね」


大河はしばらく黙った。


「……」


霧島がニヤリと笑う。


「先輩と呼びたまえよ」


「いや、霧島兄さんでも構わんよ」


大河が即座に言う。


「お前もまだだろうが」


霧島は首を横に振った。


「白川くん」


「君は何を言ってるんだい?」


大河が眉をひそめる。


「?」


霧島は得意げに言った。


「今週、卒検ですよ」


一瞬の沈黙。


大河はパンをもう一口かじり、真顔で言った。


「落ちればいいのに」


霧島がテーブルを叩く。


「大河テメー!」


「悪い事は言うな!」


そして真顔で続けた。


「ばぁちゃんが言ってた」


「悪い事はだいたい当たるって」


小春が笑う。


「じゃあ落ちるじゃん」


「うるせぇ!」


霧島は不機嫌そうに割箸を乱暴に割った。


もっとも、怒っているというより、

からかわれているのが悔しいだけらしい。


小春は楽しそうに笑い、澪も困ったように肩をすくめる。


夏の熱気に包まれたオープンテラスで、

昼休みのどうでもいい会話は、まだしばらく続きそうだった。



———————



白川総合病院。


外来フロアのざわめきが、昼の時間になってようやく少し落ち着き始めていた。


静香はカルテを閉じ、椅子の背にもたれた。


次の診察まで、ほんの数分の空き時間。


その短い静けさの中で、ふと今朝の会話を思い出す。


——バイクか….


「バイトって、どこで?」


「まだ、何も」


「……夏休みになるわね」


「あぁ」


静香は少しだけ考えてから言った。


「貸してあげる」


大河が顔を上げる。


「何を?」


「免許代」


「!?」


一瞬、本気で驚いた顔をした。


「貸すだけよ。ちゃんと返しなさいよ」


「いいよ。焦ってる訳でもないし」


「夏休み期間中に取れるかしら」


「自動車学校行けば、三週間くらいかな」


「じゃあ夏休みに取りなさい」


静香はコーヒーカップを手に取りながら続けた。


「二年生だから、少しは勉強も頑張ってもらわないと」


「……」


「夜、勝手に出歩くのも控えてよ」


「……!」


大河の反応が、ほんの少しだけ大きかった。


静香はいつも気付かないふりをしてた。


「別に医者になれなんて言わない」


「……」


「でも、出来たら大学は行ってほしいかな」


食卓の向こうで、大河はしばらく黙っていた。



「見た?高瀬先生」


廊下の向こうで看護師たちが小声で話している。


「やっぱりカッコいいよね」


「四十代後半には見えないよね」


「しかも独身らしいよ」


静香はカルテから顔を上げた。


廊下の奥を、白衣の男が歩いていく。


背筋の伸びた姿勢。

無駄のない足取り。


——高瀬和宏。


大学の頃から知っている名前だった。


同じ明成医大。


壮一の後輩で、

腕のいい外科医として有名だった男。


「白川先生も大学一緒なんですよね?」


看護師の一人がふと聞く。


「ええ」


静香はあっさり答える。


「昔から優秀な先生よ」


それ以上は何も言わなかった。


高瀬は看護師たちの視線など気にする様子もなく、

そのまま手術室の方へ歩いていく。


静香は一瞬だけその背中を見て――


すぐにカルテへ視線を戻した。


「次の患者さん、どうぞ」



———————-



放課後。


夏の夕方は、まだ昼の熱を残している。

アスファルトの上に立ち止まるだけで、靴底からじわりと熱が伝わってくる。


駅前のコンビニの前で、大河と霧島はロードバイクを止めた。


霧島がボトルの水を一口飲んで言う。


「今日はバイト」


「またな」


大河が短く返す。


霧島はサドルにまたがりながら、いつもの調子で手を上げた。


「おう。また明日」


ロードバイクの軽いギア音を残して、霧島は駅と反対方向へ消えていく。


大河は少しだけその背中を見送り、それからペダルを踏み出した。


(そういえば……)


ふと思う。


(アイツ、なんのバイトしてんだろ)


聞いたことがない。


霧島のことだ。

聞けば得意げに語る気もするが、どうでもいいことのような気もした。


今日は委員長——いや、母は帰りが遅いと言っていた。


夕飯は自分でどうにかしてくれ、ということらしい。


(駅前の弁当屋でいいか)


大河の家は駅のすぐ近くだ。

駅前の商店街に寄れば、大抵のものは揃う。


自転車を流しながら駅前に入ると、翔太の店の明かりが目に入る。


「居酒屋 坂本」


店の前を通り過ぎようとして、大河は足を止めた。


入口の横。

ガラスに一枚の紙が貼ってある。


アルバイト募集


何気なく視線を落とした、そのとき。


店の引き戸が開いた。


「おっ、坊主」


顔を出したのは坂本翔太だった。


大河は軽く頭を下げる。


「どうも」


口に出してみると、やっぱりどこか妙な感じがする。


目の前にいるこの男は、

前世では——


親友だった。


けれど今は、ただの知り合いの大人だ。


その距離感が、まだしっくりこない。


翔太が腕を組んで聞く。


「何してんだ?」


「弁当屋に晩飯買いに行こうと思って」


「委員長、あっ……母ちゃん、今日遅いのか?」


「はい」


翔太が少しだけ考えてから言った。


「なら、ウチで食ってけよ」


「え?」


予想外の言葉だった。


翔太は親指で店の中を指す。


「奢るぜ」


「悪いですし….」


「遠慮すんなって、俺がそうしたいんだ」


「いや、でも母さんに……」


「俺が連絡してやるよ」


翔太は笑う。


「高校生は酒飲まねぇから、しれてるからよ」


大河は一瞬だけ迷ってから、軽く頭を下げた。


「すみません。ご馳走になります」


翔太は手をひらひらさせた。


「いいって事よ」


それから大河の顔を、少しだけじっと見て言う。


「お前、最近目覚めたのに、ちゃんとしてんな」



——————



夜。静かな部屋。


男は椅子に座り、ノートを前に置いた。


線を引かれた名前はなく、次のターゲットが浮かび上がる。


あの直也とかいう男


慎重に情報を整理する。

それなりに調べはつけた。

だが、関連性を見抜かれる可能性が高まる。


この街には、まだ裁かれるべき人間がいる。

正義は、誰かが執行しなければならない——。


男は深く息をつき、ペンを置いた。

静かな部屋には、ただ微かな呼吸だけが残った。

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