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正義の味方はブラック業務  ——転生って異世界がテンプレじゃないの?(涙)——-  作者: 中林 旭G3


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金曜日の再会、そして別れ

第二十八話




金曜日の放課後。


教室の窓から差し込む西日が、机の列を長く引き伸ばしていた。

帰り支度をする生徒の声が、あちこちで重なる。


大河はバッグを肩に掛けたところで、後ろから声をかけられた。


「大河」


振り向くと、霧島が立っている。


「今日ヒマ?」


大河は少し眉を上げた。


「まぁ。どうした?」


霧島は、どこか面白そうな顔をしている。


「バイク見に来るか?」


一瞬、大河の頭にこの間の会話がよぎった。


古いバイク雑誌。

そして、あの言葉。


——死んだオヤジの。


「……ああ」


大河は小さくうなずく。


「例のやつか」


霧島はニヤッと笑った。


「どこにあるんだよ」


「納屋だ」


「納屋?」


大河は聞き返す。


「俺ん家農家だから、ジィちゃん」


大河は一瞬だけ考えてから、バッグを持ち直した。


「……まあ、見るだけな」


「十分だ」


霧島は満足そうにうなずく。


二人は教室を出た。


金曜の放課後。

街は、これから少しだけ騒がしくなる時間だった。



霧島の家は、大河の家から自転車で15分程の街外れの農家だった。


母屋の裏には畑が広がり、その横に古い納屋が建っている。

年季の入った木の引き戸を、霧島が横に引いた。


ガラッ。


ひんやりとした空気と、油の匂いが流れ出る。


納屋の奥に、黒いバイクカバーがかけられていた。


霧島は迷わずそれを引き剥がす。


布が落ちる。


現れたのは

白いタンク。


そこに、鮮やかなブルーのライン。


大河の目が、わずかに細くなった。


「……RZ250..いや350なのか?」


低く呟く。


ただのRZではない。


社外チャンバー。

低めのハンドル。

足回りも変わっている。


かなり手が入っていた。

なんか見覚えある様な…..


「渋いな」


霧島はタンクを軽く叩いた。


「オヤジの友達がさ」


「?」


「たまに来て、見てくれてる」


「メンテしてたのか」


「善意で」


大河はバイクの横にしゃがみ込む。


指先で、白いタンクの塗装をなぞった。


古いが、かなり状態はいい。


霧島が首を傾げる。


「お前さ」


「ん?」


「よく考えたら、なんでそんなに詳しいんだ?」


少しだけ目を細める。


「こないだまで赤ちゃんなのに」


大河は肩をすくめた。


「赤ちゃんじゃねぇ、目覚めなかっただけだ」


「同じだろ」


「病院にさ」


大河は立ち上がる。


「車とかバイクの雑誌があったんだよ」


霧島は黙って聞いている。


「目覚めてからは、なるべく多くの情報入れた」


少し間があった。


霧島は、ゆっくりうなずく。


「努力したんだな」


大河は心の中で思った。


(よかった)


(単純なヤツで)


(もう少し盛っとくか…)


「社会適応訓練で、VRゴーグルつけて、15歳までを追体験した」


「…..さすが白川総合病院。恐るべし。」


(大丈夫か?霧島。お前のかぁちゃん、そこの看護師長だろ)



—————————



金曜日の夜。

駅前のイタリアンバル「ロッソ」は、仕事帰りの客でほどよく賑わっていた。


店はこぢんまりしている。

カウンターが10席、壁際に小さなテーブルがいくつか。

赤い照明とワインボトルの並んだ棚が、店内を柔らかく染めている。


時計は午後八時を少し回ったところだった。

明日は土曜。客の足取りもどこか軽い。


カウンターの端の席に、伊藤秀人は座っていた。


赤ワインのグラスを手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。


そのとき、厨房の奥から賢人が顔を出した。


明るい声で笑いながら、皿を運んでいる。

動きも軽い。客との距離も近い。


同じ親から生まれた兄弟とは思えないほど、雰囲気が違った。


料理を置き終えた賢人がカウンターの内側に戻る。

秀人に気づくと、にやりと笑った。


「兄貴、また一人かよ」


秀人は眉をひそめる。


「……なんだ」


「いいかげん彼女つくって、母さん達安心させてやれよ」


ワインボトルを棚に戻しながら、賢人は軽い調子で言う。


秀人は小さく息を吐いた。


「お前には言われたくない」


そして静かに続ける。


「大学、ちゃんと行ってるのか?」


賢人は肩をすくめた。


「行ってるって」


グラスを拭きながら、また口を開く。


「兄貴さ」


「……なんだ」


「長い事彼女いないよな」


秀人は黙る。


賢人はニヤニヤした。


「枯れるぞ」


秀人の眉間にしわが寄る。


「余計なお世話だ」


少し間を置いてから、静かに言った。


「毎日学生を相手にしてると、そういう気力も削られる」


賢人が笑う。


「教師って大変なんだな」


「高校生は特に面倒だ」


秀人はワインを一口飲んだ。


「授業中にスマホいじるやつもいれば、数学は人生に必要ないとか言い出すやつもいる」


賢人は肩を揺らして笑う。


「兄貴、キレてるな」


「キレてない」


「いやキレてるって」


賢人はからかうように言った。


「学校じゃ“数学のテロリスト”とか呼ばれてんだろ?」


秀人の手が一瞬止まる。


「……誰から聞いた」


「母さん」


賢人はケラケラ笑った。


「親戚の集まりで笑ってたぞ」


秀人は小さくため息をつく。


賢人はグラスをカウンターに置き、少し声を潜めた。


「発散相手、紹介してやろうか?」


秀人が顔を上げる。


「……?」


賢人はニヤリと笑う。


「欲求不満の人妻」


一瞬、空気が止まった。


秀人の表情が変わる。


「……まさかお前」


低い声だった。


「人の道を踏み外してるんじゃないだろうな」


賢人は吹き出した。


「相変わらず、兄貴はかてぇなぁ」


グラスを拭きながら肩をすくめる。


「ただの冗談だって」


秀人は何も言わない。


ただ静かにワインを口に運んだ。


カウンターの奥の席で、男が一人座っている。


男の視線が、ほんの一瞬だけ兄弟の方へ向いた。


そしてすぐに、またグラスに落ちる。


ロッソの店内には、相変わらず客の笑い声が響いていた。


誰も、その男のことを気にしていない。



—————-



病院を出たとき、夜の空気はすっかり冷えていた。


腕時計を見る。

予定よりだいぶ遅い。


今日はもう少し早く帰れるはずだった。


白川静香は小さく息をつき、駅前の通りへ歩き出す。


そのとき、スマートフォンが震えた。


大河からのLINEだった。


『霧島の家行ってた。今帰る』


続けて、もう一件。


『まだ飯食ってない』


静香は思わず苦笑する。


(あの子……)


やっと目覚めたんだもの。

夕飯くらい、きちんと食べさせてやらないと。


そう思いながら歩いていると——


「委員長」


不意に声がかかった。


静香は足を止める。


振り向いた先、居酒屋の暖簾の下に立っていた男が笑っていた。


「坂本くん」


「今帰り?お疲れさん」


店の看板には、昔から変わらない文字がある。


居酒屋 坂本


彼が父親から継いだ店だ。


静香は、しばらくその暖簾を見ていた。


この店に来なくなって、もう何年にもなる。


「飯は?」


坂本翔太が気軽な調子で言う。


「久しぶりにどう?」


静香は小さく首を振った。


「息子が待ってるから」


「あぁ、噂の」


坂本は少し笑った。


「奇跡の息子さん?」


静香の表情が、ほんのわずかに動く。


「委員長、良かったな」


「……」


静香は何も言わない。


坂本は気にした様子もなく続けた。


「息子さんも晩飯まだなら呼べばいい」


暖簾を軽く持ち上げる。


「サービスしますよ。少しは」


静香は迷った。


ほんの、数秒。


そして思う。


(この人が……)


坂本翔太。


朝倉大河の——親友。


静香は胸の奥に、わずかなざわめきを感じた。


あの頃。


自分が誰を見ていたのか。


誰に憧れていたのか。


この人は、たぶん知っている。


お見合いの前の、あの夜のことも。


ほんの少しの後ろめたさが胸に浮かぶ。


けれど——


隠すようなことではない。


ただ。


憧れていた人の名前を。


息子につけただけだ。


それだけのこと。


それでも。


静香は、ふと考えてしまう。


(もし、この人が——)


大河に会ったら。


自分が時々感じる、あの奇妙な感覚。


言葉にはならない違和感。


目元。


ふとした表情。


朝倉大河を思い出させる、あの瞬間。


静香は、はっとする。


(……違う)


考えてはいけない。


そんなことは、ありえない。


ありえないのだ。


静香は小さく息を吐いた。


夜の駅前には、人の声と笑い声が流れている。


坂本は暖簾の下で、昔と変わらない顔で立っていた。



——————-



霧島の家からの帰り道。スマホが震えた。


委員長からだった。


『居酒屋坂本、わかる?駅前』


「……居酒屋坂本?」


思わずペダルを漕ぐ足が止まる。


わかるも何も。


週三は通っていた店だ。


翔太の店。


そして——


委員長と、何度か一緒に飲んだこともある。


あの夜も……今は母親だ。


考えるのはやめた。


大河はスマホをポケットに戻すと、駅前に続く通りをロードで進む。


見慣れた場所。


変わった店もある。


けれど。


あの暖簾は、遠くからでもすぐわかった。


居酒屋 坂本


胸の奥が、妙にざわつく。


(……翔太)



暖簾をくぐった。


カウンターの奥から、声が飛ぶ。


「いらっしゃい」


その声だけで分かった。


間違いない。


坂本翔太だ。


……やべぇ。


泣きそうだ。


いや、ダメだ。


今の俺は——


委員長の息子だ。


息子を演じねば。高クオリティで。


昔、幼稚園のお遊戯会で全力で演じたウミガメをいじめる、いじめっ子Bの様に。


翔太がカウンターの奥から顔を出す。


「いらっしゃい。奇跡の息子」


大河は軽く頭を下げた。


「……どうも」


翔太は腕を組んで、まじまじと大河を見る。


「こないだまで寝てたって聞いたからよ」


にやっと笑う。


「どんなもやしっ子かと思ったら」


肩をすくめた。


「なんの、なんの」


「普通の兄ちゃんじゃねーか。委員長」


(……翔太)


(やっぱお前も、いまだに委員長なのな)


静香が少し困った顔で言う。


「なんか、筋トレばかりしてるの」


「そっか」


翔太は笑った。


「いいじゃねぇか」


それから、大河の方へ顔を向ける。


「ところで、坊主」


「名前は?」


静香が、一瞬だけ黙る。


「……」


大河は視線を逸らした。


「……いや」


「名乗るほどの者では……」


翔太がすぐツッコむ。


「いや、そこは名乗っとけよ」


大河は少しだけ息を吸った。


「……たいが」


ほんの一瞬。


翔太の表情が止まる。


ほんの一拍。


それから、いつもの調子で笑った。


「なんだ」


「いい名前じゃねぇか」



翔太がカウンターの奥で手際よく皿を並べる。


「とりあえず腹減ってるだろ」


コトン、と置かれた小皿。


ポテトサラダだった。


大河の視線が、そこに落ちる。


(……ポテサラ)


普通のポテトサラダだ。


居酒屋でよくあるやつ。


でも。


(普通だ)


(いたって普通)


(毎回食ってた)


胸の奥が、ぐっと締まる。


翔太の店に来ると、だいたい最初にこれを頼んでいた。


別に名物でもなんでもない。


ただのポテサラ。


でも。


翔太が作ると、なんかうまいのだ。


大河は箸を持つ。


ひと口。


(……うまい)


(あぁ、これだ)


思わず目を伏せる。


(ビールが飲みたい)


(タバコが吸いたい)


(いや、ダメだ)


(俺は今、高校生)


(しかも委員長の息子)


(完璧な高校生の息子さんを演じねば)


静香は隣でビールを飲んでいる。


翔太がそれを見て笑う。


「委員長、あんま飲むなよ」


「ほどほどにな、弱いんだから」


親指で大河を指す。


「息子と一緒だぞ」


(翔太)


(それは昔から知ってる)


(委員長、酒弱いんだよな)


(顔すぐ赤くなるし)


(でも三杯目から急に強気になる)


(そして翌日記憶ない)


(……やめろ、思い出すな)


ポテサラをもう一口食べる。


(翔太)


(昔から勘だけは良かったけど)


(大丈夫か?)


(俺のこと、変に思ってないよな?)


ふと、頭の中に別の顔が浮かぶ。


(……そういえば)


(ノアに正体バレた時のこと)


(聞いてなかったな)


大河はポテサラをつつきながら、静かに考えた。


カウンターの向こうでは、翔太が焼き物の準備をしている。


いつもと同じ背中。


変わらない店。


変わらない夜。


(……帰ってきたみたいだ)


そんなことを思った自分に、


大河は小さく苦笑した。



———————



カーテンの隙間から、街のネオンがうっすら差し込んでいた。


ホテルの部屋は、どこにでもあるような落ち着いた内装だ。


ベッドの上で、聡美は枕に頭を預けたまま天井を見ていた。


満足そうに、小さく息を吐く。


「……やっぱり」


くすっと笑う。


「直也が一番いい」


直也はベッドの端に腰掛け、スマホをいじっている。


聡美は横目でそれを見た。


「この前さ」


髪をかき上げながら言う。


「直也がダメだったじゃん」


直也の指が、ほんの一瞬止まる。


「だからさ」


聡美は肩をすくめる。


「前からたまに遊んでる大学生の子と寝たの」


軽い口調だった。


「でもさ」


少し笑う。


「なんか不完全燃焼で」


天井を見たまま続ける。


「だから、連絡しちゃった」


沈黙。


直也はスマホをテーブルに置いた。


そして、ぽつりと言う。


「……今日で最後にしよう」


聡美の眉が動く。


「は?」


直也は淡々としていた。


「結婚すると思う」


空気が少し変わる。


聡美はゆっくり体を起こした。


「……」


直也は続ける。


「大地主の娘だぜ」


「色々整理しないとな」


聡美はしばらく黙っていた。


それから、短く息を吐く。


「……わかった」


ベッドから降りる。


床に散らばった服を拾いながら言う。


「しばらく会うのは避けましょう」


直也は首を横に振った。


「いや」


「もう会うことはない」


聡美の動きが止まる。


「……は?」


直也は笑った。


軽い、乾いた笑いだった。


「俺はセレブの仲間入りだ」


「お前に使う時間はねぇよ」


肩をすくめる。


「悪いな」


聡美の表情が変わる。


「……ふざけんな」


直也は鼻で笑った。


「おいおい」


「そもそも俺を捨てて、金持ちの社長と結婚したのはお前だぜ」


聡美の唇がわずかに震える。


「……それでも……」


直也は立ち上がった。


床のシャツを拾う。


ゆっくり腕を通しながら言う。


「終わりっつったら終わりだ」


ボタンを留める。


ベッド脇のテーブルから車のキーを取った。


「まぁ、お互いバレたらヤバいし」


「キレイに別れよう」


聡美は何も言わない。


直也は靴を履きながら、少し笑う。


「つっても」


「付き合ってたわけじゃねーけど」


聡美はベッドに座ったまま、睨むように直也を見ていた。


直也はスマホをポケットに入れる。


「じゃあな」


軽く手を上げた。


「ねぇ」


直也が靴を履く。


聡美はベッドの上から言った。


「大地主の娘だっけ」


少し笑う。


「よかったじゃん」


沈黙。


そして小さく続ける。


「でもさ


あんたの人生に、私がいなかったことにはならないよ」


「もう連絡しないでくれ」


ドアが閉まる。


部屋に、静かな空気が残った。


聡美はしばらく動かなかった。


やがてベッドに倒れ込む。


天井を見る。


「……クズ」


小さく呟いた、その時。


スマホが震えた。


画面が光る。


LINE。


送信者の名前を見て、聡美の眉がわずかに動く。


伊藤賢人


メッセージ。


『今夜ヒマ?』


その下に、もう一通。


『会える?』


聡美は数秒、画面を見つめた。


それから、ゆっくり指を動かす。


返信画面を開いた。



————————-



深夜。


店の裏口から、伊藤賢人が出てきた。


バイト終わりだろう。


スマホを見ながら、軽い足取りで歩いていく。


少し離れた場所から、その様子を見ている影があった。


声はない。


ただ、観察している。


伊藤賢人。


大学生。


女関係は派手。


倫理観は薄い。


――だが。


それだけで、裁く理由になるのか。


影は、しばらく賢人の背中を見ていた。


スマホが光る。


賢人が笑う。


誰かからのメッセージらしい。


影は、小さく息を吐いた。


「……もう少し、監視してみるか」


夜の街に、足音だけが静かに消えていった。

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