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正義の味方はブラック業務  ——転生って異世界がテンプレじゃないの?(涙)——-  作者: 中林 旭G3


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遠雷

第二十四話



拳が頬を捉える。


 鈍い音。


 男の身体がよろめく。


 次の瞬間、背中から黒い霧が滲み出た。


 揺れる。


 蠢く。


 大河は間合いを詰める。


 二撃目。


 霧が濃くなる。


 三撃目。


 男の口から、黒が漏れる。


 霧が剥がれるように浮かび上がる。


 中心で、何かが脈打った。


 見えた。


 ….バチッ..


 拳に火花が走る。


「――破壊」


 一撃。


 衝撃が霧の核を貫く。


 ひび。


 粉砕。


 黒が弾ける。


 霧が散る。


 男の身体が崩れ落ちた。


 ただの人間に戻って。


 静寂。


 拳の熱だけが残る。



———————



 霧島たちが帰ったあとの部屋は、いつも以上に広く感じた。


 さっきまでの笑い声が、壁に薄く残っている気がする。


 机の上には、開けかけのプレゼント。


 スマホが震えた。


 表示された名前を見て、小さく息を吐く。


「……なんか用か?」


「動いた」


 短い声。


 一拍の沈黙。


「例の通り魔」


 空気が、わずかに冷える。


「あなたを殺した」


 心臓が跳ねる。


 次の瞬間、拳を握っていた。


「この身体、今日誕生日なんだぞ」


 冗談のつもりだった。


「一応知らせとこうと思って」


 感情のない声。


 それでも、ほんのわずかに間があった。


 喉が鳴る。


 視線が、窓の外へ流れる。


「なんかわかれば連絡する」


 通話は切れた。



———————



 黒い霧が散る。


 倒れた男は、ただの人間に戻っている。


 大河は拳を振って熱を逃がした。


「……ナニコレ」


 背後でヒールの音。


 振り向くと、私服姿のノアが立っている。


「異形者」


「それは見りゃ分かる」


 大河は眉を寄せた。


「通り魔殺人鬼を追う流れじゃなかったか?」


 ノアは視線を外さない。


「動いたのは事実」


「昨日の電話の感じは?」


「そのまま」


 涼しい顔。


「じゃあこれは?」


「周辺で発生率が上がってる」


「繋がってる?」


「可能性」


 一拍置いて、ノアが続ける。


「呪いを倒すのがあなたの仕事。考えるのは私の仕事」


 即断。


 大河は小さく息を吐いた。


「……肉体労働担当ッスか」


「適材適所」


 ノアは肩をすくめる。


「あなたが選んだ」


 遠くでサイレンが鳴り始める



———————



朝の光は、まだ白い。


 白川総合病院の正面玄関を、白川静香は一定の速度で歩いていた。

 ヒールの音は乾いている。迷いのない音だった。


 理事長の娘。外科部長。

 四十四歳。


 だが院内では、肩書きは意味を持たない。

 必要なのは判断と責任だけだ。


 ナースステーション前で足を止める。


「夜間、変わりありませんか」


「はい。救急一件、虫垂炎疑いで入院対応済みです」


 短いやり取り。無駄はない。


 医局の扉を開けると、空気がわずかに改まった。


「おはようございます、部長」


「おはようございます」


 静香は軽く頷き、自席へ向かう。


 机の上には今日の予定表。


 午前外来。

 午後手術。

 そして――


 明成医科大学附属病院より応援医師着任。


 視線は一瞬だけその文字に止まる。


 すぐに、次のページへめくった。


 感情は、診療の妨げになる。


 そうやって生きてきた。


 窓の外では、空が完全に明るくなりきっていない。

 光はまだ冷たい。


 静香は白衣の袖を整え、立ち上がった。


「カンファレンス、始めましょう」


 声はいつも通りだった。



—————————



返却された答案が、机の上に滑る。


 大河は無言でそれを裏返した。


「お前、医者の息子だよな」


 隣の席から霧島が覗き込む。


「そのはずだ」


「医者の息子のお前は無惨にも爆死した。テロリストの手によって」


「……ああ、その様だ」


 霧島が答案をひったくる。


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間。


「ぶはっ――!」


 教室に遠慮のない笑い声が響いた。


「なんだよこれ! 赤点回避ギリギリって、芸術か?」


「生還はした。問題ない」


「問題しかねぇよ!」


 霧島は机を叩きながら笑い続ける。


「医者の息子ブランド崩壊! 美魔女医師が泣くぞ!」


「泣かせるのは主に生活態度だ」


「自覚あんのかよ!」


 大河は答案を奪い返し、淡々と折りたたむ。


「お前も変わんねぇだろが」


 霧島の答案がひらりと落ちる。


 点数はほぼ同じ。


 数点の誤差。


 一瞬、沈黙。


「……偶然だ」


「テロは連鎖するらしい」


「うるせぇ!」


 また笑い声。


 窓の外では、昼の光が平和に差し込んでいる。


 異形も、呪いも、殺人鬼も。


 この教室にはない。


 今はただ、赤点予備軍が二人。



———————



「お久しぶりです」


 その声に、静香はゆっくりと顔を上げた。


 白衣の男が、穏やかに立っている。


 高瀬和宏


 変わらない。あの人の隣にいた頃と。

 少しだけ年を重ねた、それだけだ。


「……お久しぶりです」


 静かな返答。


 だが、その一言で。


 時間が、薄くめくれた。


————


 父が決めた見合いだった。


 白川家の一人娘。


 病院を継ぐ者。


 条件に合う相手。


 三上壮一。


 大学時代から顔見知り…程度。


 病院ではよく顔を合わせていた。


 穏やかで、誠実で、非の打ち所がない人だった。


 初めてちゃんと向かい合った日、

 静香は正しく頷いた。


 ――これでいい。


 そう思った。


 思おうとした。


『入り婿になります』


 迷いのない声。


 救われたような、

 どこか責任を肩代わりしてもらったような、

 そんな安堵。


 安堵の裏側に、

 名前のない感情が、薄く沈んだ。


 結婚式の白いドレスは、よく似合うと褒められた。


 鏡の中の自分は、

 きちんと笑っていた。


 きちんと。



すぐに子どもを授かった。


 順調です、と医師は言った。

 何の問題もありません、と。


 何度もエコー写真を見た。

 小さな鼓動。


 壮一は心から喜んでいた。


『男の子かな』


 柔らかい声で、未来を語る。


 静香は頷く。


 未来は、正しく続いている。


 そう信じるしかなかった。



 出産の日。


 泣き声が、部屋に満ちた。


 助産師が言う。


「元気な男の子です」


 腕に抱いた瞬間、

 胸が締めつけられた。


 愛しさと、

 安堵と、

 そして、ほんのわずかな恐れ。


 その恐れの理由に、

 触れてはいけない。


『名前は?』


 壮一が尋ねる。


 静香は、迷わなかった。


「……大河」


『いい名前だ』


 壮一は笑う。


 どうしてその名前なのか、とは聞かなかった。


 聞かれなくて、よかったと思った。


 本当の理由は、

 自分だけが知っていればいい。


 そう決めた。


————


「白川先生?」


 高瀬の声で、現在に戻る。


「……失礼しました」


 静香は姿勢を正す。


「本日からお世話になります」


「こちらこそ」


 仕事の顔。


 部長の声。


 それだけでいい。


 医局の時計が、正確に時を刻んでいる。



———————-



 窓際の席。


 曇った空の光が、白く机に落ちている。


 開け放った窓から、湿った風が入り込む。


 遠くで、雷の気配。



 霧島が何か騒いでいるが、半分しか聞いていない。


 大河は頬杖をついたまま、ぼんやりと天井を見ていた。


 ――医者になれ、とは言われていない。


 一度も。


 成績の話も、進路の話も、ほとんどされない。


『元気ならそれでいい』


 ついこの間、そう言われた。


 本当に、ついこの間だ。


 目が覚めてから、まだ日が浅い。


 自分の身体も、生活も、借り物だ。


 そして委員長は、


 何も求めない。


 白川総合病院の一人息子。


 跡取り。


 そういう言葉は、どこにもない。


 ただ、


『ちゃんと食べなさい』


 それだけだ。


 大河は、ふっと小さく笑った。


 医者の息子が医者になる。


 分かりやすい物語だ。


 だがどうやら、

 自分の第二の物語は、もう少しだけ面倒らしい。


「大河、テロの件まだ落ち込んでんのか?」


 霧島の声で現実に戻る。


「いや。元気ならいいらしい」


「は?」


 窓の外で、遠雷が鳴った。


お読みいただきありがとうございます。


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