祝福を受ける者
第二十三話
六月十一日。放課後。
誕生日というのは、祝われる側が主導権を握る日だと思っていた。
違った。
「タイガー、ちゃんと鍵持ってるよね?」
三回目の確認だ。
「持ってる」
「ほんとに? ほんとにほんと?」
「疑うなら来るな」
そもそも、なぜ誕生日に俺の家に集まる流れになったのか。
なぜ場所提供側まで兼任しているのか。
「だってペンタゴンだよ?」
小春が当然みたいに言う。もう面倒くさい。
「景色すごいんでしょ?」
「知らん。毎日見てる」
「その“毎日見てる”ってやつがもう贅沢なの!」
霧島が淡々と補足する。
「合理的だろ。場所代ゼロ。移動も簡単。主役も逃げ場がない」
「最後のやついる?」
俺と霧島はロードバイクに跨る。
小春と澪はバス組。先に近所の喫茶店で待つらしい。
「ねえタイガー」
小春がにやりとする。
「誕生日ってさ、祝われる側が一番覚悟いる日だよ?」
「だから物騒なんだって」
澪が小さく笑う。
「でも、ちょっと楽しみ」
何がだ。
景色か。
部屋か。
それとも、俺が慌てるところか。
六月の空は妙に明るい。
祝われる日なのに、なぜかペントハウス招待イベントになっている。
まあいい。
今はノアからの連絡もない。
————————-
通報を受け、現場到着。
規制線の内側。
ブルーシート。
被害者は若い女性とみられる。
死亡推定時刻、昨夜。
刃物による切創多数。
致命傷は胸部の刺突。
現場壁面。
血文字。
――天誅。
その情報は公表されていない。
警察関係者のみが知る事実。
目撃者には緘口令。
ノアは手袋を外す。
「再開したわね」
雨は止んだ。
それでも空気は重い。
連続通り魔型異形。
――再起動。
———————
学校前のバス停で別れたあと、俺と霧島はロードで帰る。
小春と澪はバス組。
家の近くで降り、近所の喫茶店で待機中のはずだ。
エレベーターを上がる前にスマホを見る。
『ついたら連絡してー!』
『サプライズの作戦会議中』
なぜサプライズされる側に作戦の存在を?
部屋に入り、軽く整える。
数分後、インターホン。
玄関を開けると、小春が元気よく手を振った。
「はじめましてペンタゴン!」
…….修正する気はないらしい。
澪が少しだけ緊張した顔で続く。
「お邪魔します」
リビングに入った瞬間。
「……わ」
澪が足を止める。
夕方の光が全面ガラスを橙色に染めている。
「きれい……」
「でしょ!? ほらほら!」
なぜか小春が誇っている。
すでに霧島はソファに座っている。
「二回目だからな」
「慣れるな」
そのとき。
リビングの奥から、のそのそと現れる縞模様。
小春が固まった。
「……タイガー」
「なんだ」
「この犬風の生き物は何?」
「犬だ」
霧島が即答する。
「シマシマでモヒカンだよ?」
「そういう犬だ」
霧島……お前も…まぁいいか。
小春が俺を見る。
「え、なにこれ、合法?」
「合法だ」
トラは興味なさそうに床に伏せた。
澪が恐る恐る近づく。
「……触っても大丈夫?」
「噛まない」
「たぶん」
「たぶん!?」
部屋の空気が一気にゆるむ。
そして小春が思い出したように振り向く。
「で、タイガーの部屋は?」
「なぜ、そうなる?」
「男子高校生の部屋チェックは基本でしょ」
「見せ物じゃない」
「えー、男子の部屋ってさ、なんかこう……」
にやり。
「宝探しできる感じじゃないの?」
「できねぇわ」
「ほんとに? 本棚の奥とか?」
「ない」
「ベッドの下とか?」
「ない!」
「えー。不健全だよ」
「どういう評価軸だそれ」
澪がくすっと笑う。
「小春ちゃん、勝手に入ったらだめだよ」
「じゃあ公認で探す」
「許可しない」
霧島が静かに言う。
「探すだけ無駄だ……」
霧島くん、サンキュー助け舟
「…..今はデジタルの時代だ」
おい。
「っしゃ、タイガー。スマホ貸して」
「なんでだよ」
「なんか隠してない?」
「ない」
「えー。不健全」
「だからなんだその評価基準」
ちょうどそのとき。
玄関の電子音。
がちゃり。
「ただいま」
空気が一瞬、整う。
小春がぴしっと姿勢を正す。
「お、お邪魔してます!」
澪が深く頭を下げる。
霧島は立ち上がる。
静香は三人を見て、少し驚き、それから笑った。
「誕生日会、ね」
いつも通りの声。
本当に、いつも通りだった。
—————-
雨の夜だった。
路地裏は、街の喧騒から切り離された別世界だった。
血の匂いは、もう消えている。
「久しぶりだね」
振り返らなくても分かる声。
整った靴音。
黒いスーツ。
傘は差していない。
「……あなたでしたか」
喉の奥がわずかに熱を帯びる。
「思いは遂げられそうかい?」
問いは軽い。
だが視線は重い。
「まだです」
本心だ。
胸を貫いたあの感触。
まだ足りない。
黒スーツの男が、楽しげに首を傾ける。
「向上心は大切だ」
雨が強まる。
「私が与えた“祝福”は、そんな程度では終わらない」
祝福。
その言葉に、指先がわずかに震える。
これは業では無い。
選ばれた証だ。
「続けなさい」
命令ではない。
確信だ。
「世界は、不条理や欺瞞で満ちている」
男は一歩、闇へ溶ける。
存在感だけを残して。
ひとり残された路地で、雨音が響く。
胸の奥で、刃が疼いた。
—————-
玄関が静かになる。
さっきまでの笑い声が、嘘みたいだ。
洗い物を終え、リビングに戻る。
テーブルの上には、切り分けられたケーキの名残。
紙皿の甘い匂い。
――『今日、友達くる』
昼間に届いた大河からのLINE。
前に言ってた。
それが誕生日なんて。
少しだけ、嬉しかった。
今日の大河はよく笑っていた。
安心する。
霧島くん。
看護師長の息子さん。
落ち着いていて、礼儀正しい。
いい子そうだ。
てっきり男友達だけかと思ったけれど。
……あの二人のうち、どちらかが彼女?
いや、それはないか。
あの様子では、まだ。
それにしても。
最近の女の子は発育がいい。
思わず視線を逸らしてしまった自分に、苦笑する。
窓の外は、すっかり夜。
大河の部屋から物音がする。
生きている音。
それだけで、十分だ。
「誕生日おめでとう」
そう心の中でつぶやいた。
——————
資料はすべて揃っている。
写真。
報告書。
血文字の解析結果。
最近、動きのなかった連続通り魔殺人鬼。
だが、止まっていただけだ。
止められたわけではない。
ページを閉じる。
あの夜の記録も、そこにある。
朝倉大河。
死亡時刻。
刺創。
同一犯。
偶然ではない。
私は判断を下した。
魂の転生。
異例の措置。
彼はイレギュラー。
理由は明確だった。
正義の味方を必要としたから。
異形を殲滅できる個体を。
感情ではない。
合理だ。
……本当に?
窓の外は夜。
街は静かだ。
彼は、今。
笑っているだろうか。
平穏の中で、普通の少年として。新たな人生を。
それを与えたのも、壊すのも私だ。
端末を手に取る。
発信履歴の一番上。
指が、わずかに止まる。
――伝えるべきか。
だが。
これは私情ではない。
再起動したのなら、知らせる義務がある。
コール音。
一回。
二回。
夜の向こうで、呼び出しが続く。
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