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正義の味方はブラック業務  ——転生って異世界がテンプレじゃないの?(涙)——-  作者: 中林 旭G3


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雨音は過去の調べ

第二十二話




異形対策室。外は雨が降り出したらしい。


ノアは過去の記録を確認する。


通り魔型異形。


本来、死亡予定だったのは女性の確率が高かった。


大河は偶然、介入した。


想定外。


イレギュラー。


結果、死亡したのは大河。


異形は損傷を受け、逃走。


討伐は未完。


――それ以降、活動は確認されていない。


沈黙。


目的は達成されていないはずだ。


標的とした女は生存している。


大河という変数は消えた。


だが事象は終わっていない。


過去被害者を再確認する。


共通点の線は薄い。


衝動型。


または、何かしらの条件で選別。


未完の狩り。


「観測を継続する」


再開するなら、


選ばれるのは――


本来、死ぬはずだった個体。


静寂。


だが停止ではない。


ただ、次を待っているだけだ。



———————



六月。


湿度が高い。


やる気は低い。


廊下の空気は、まるで濡れたタオルを首に巻かれているかのようだ。


梅雨とはそういう季節である。


机に突っ伏す大河の前に、影が落ちた。


「大河、事件だ」


霧島だった。


声が低い。


無駄に低い。


「?」


顔だけ上げる。


「テロリストだ」


「!?」


六月の学校に物騒な単語を持ち込むな。


「聞いてないか。数学のテロリスト伊藤」


一瞬、思考が止まる。


「伊藤先生?」


「抜き打ちテストを多用することから、そう呼ばれている」


真顔。


霧島はいつだって真顔だ。


「そうなん?」


「昨日、C組が壊滅した」


壊滅。


その言い方やめろ。


「平均四十三点」


それは確かに壊滅だ。


小春が椅子を滑らせて参戦してくる。


「なになに!? テロ!?」


「違う。数学だ」


「同じようなもんじゃん!」


暴論である。


澪も廊下から顔を出す。


「気をつけて、今回のはかなりの破壊力だったから」


廊下から会話に入ってくるの、もはや常連だ。


「今日あるらしい」


霧島が静かに言う。


「なにが」


「テロ」


六月の湿度が一段階上がった気がする。


窓の外では、雨が降り始めていた。


タイミングがいいのか悪いのか。


「六月ってさ」


小春が突然言う。


「タイガー誕生日じゃなかった?」


空気が一瞬止まる。


「十一日」


澪が補足する。


何故知ってる?

この体の誕生日、俺も記憶薄いのに。


「へぇー、じゃあ誕生日プレゼントはテストだね!」


いらない。


霧島が冷静に言う。


「テロは平等だ」


「誕生日くらい免除しろよ」


そう言いながらも、内心は少しだけ落ち着いていた。


異形でもテロリストでもない。


今日の敵は数学。


それだけだ。


教室の扉が開く。


コツ、コツ、と規則正しい足音。


「――おはようございます」


伊藤先生が入ってくる。


優しい笑顔。


その手には、紙束。


霧島が小さく呟く。


「来たな」


六月の空気が、さらに重くなる。


雨音が、やけに静かに聞こえた。


世界は平和だ。


ただし、数学を除いて。


俺、昔は九九も7の段からあやしかったんだよな…..。



———————-



午後から休みを取った。


珍しいことだと、自分でも思う。


買い物袋を片手に、商店街を歩く。


今日は少しだけ、早く帰ろうと思った。


たまには大河と、ちゃんと晩御飯でも。


六月の空は曇っている。


湿った風。


その向こうから、声がした。


「……委員長?」


足が止まる。


振り向く。


「坂本くん?」


十数年ぶり。


なのに顔はすぐ分かった。


居酒屋の大将らしい格好。


腕まくり。


変わっていないようで、ちゃんと年を重ねている。


「久しぶりだな」


「ええ……」


同じ街に住んでいる。


それなのに会わなかった。


――会わなかったのではなく。


会わないようにしていたのは、どちらだろう。


他愛ない世間話。


店のこと。

病院のこと。

昔の同級生のこと。


そして。


静香は、何気ない調子で尋ねた。


「タ…朝倉くんも元気?」


一瞬。


ほんの一瞬だけ。


翔太の表情が止まった。


「……知らなかったのか?」


空気が変わる。


雨の匂いが強くなる。


「大河、死んだよ」


音が遠くなる。


「……えっ」


言葉にならない。


記憶の端に、白い案内板がよぎる。


――朝倉。


あの斎場。


胸の奥が、遅れて軋む。


「通り魔だ。去年」


翔太の声が、やけに静かだ。


「助けに入って……刺されて」


「連続通り魔殺人のニュース、見てない?」


静香は立ったまま、動けない。


脈が速い。


医師としての冷静さが、反応しない。


知らなかった。


同じ頃、自分の生活にも大きな変化があった。


ニュースを気にする余裕もなかった。


気づかなかった。


すぐ近くで。


同じ街で。


「……そう..なんだ」


それだけを、どうにか絞り出す。


買い物袋の重みが急に増した気がした。


六月の空が、少し暗くなり雨が落ちだす。


大河。


その名前を付けた本当の理由を思い出す。



——————



玄関のドアを開けた瞬間、違和感があった。


明かりがついている。


「ただいま」


「おかえり」


リビングから静香の声。


早い。


今日は確か、午後も外来だったはずだ。


「今日、早いね」


リビングに入ると、エプロン姿の静香が振り向いた。


「たまには一緒に晩御飯でも、と思って」


穏やかな声。


いつも通りの顔。


……ほんの少しだけ、目の奥が疲れている気がした。


気のせいかもしれない。


「珍しい」


「たまにはね」


キッチンに立つ背中は、いつもと同じだ。


味噌の匂い。


フライパンの音。


日常。


制服のまま椅子に座る。


「今日さ、数学のテロリストが」


「テロリスト?」


ちゃんと反応は返ってくる。


「抜き打ちテスト魔、伊藤先生」


「ああ……抜き打ちテスト」


少し遅れて、笑う。


ワンテンポ遅い。


「大変ね」


「壊滅したらしい、C組、俺も多分爆死」


「それは……お気の毒に」


言葉は普通。


でもどこか、上の空。


テレビはついていない。


静かなリビング。雨音が聞こえる。


「誕生日、もうすぐね」


不意に言われる。


「六月十一日」


そりゃ、母親は覚えてるよな。


「何か欲しいものある?」


振り向かないままの声。


「別に」


答えながら、ふと思う。


どこかぎこちない親子。


「……そう」


フライパンの音が止まる。


一瞬の沈黙。


すぐに、いつもの調子に戻る。


「手、洗ってきなさい」


「あいよ」


洗面所へ向かいながら、


ほんの少しだけ、違和感が残った。


でも。


深く考えるほどのことじゃない。


たぶん。



——————



夜の街。


ネオンが無駄にキラキラしている。


その下を歩く、アラサー女ひとり。


現世ノア。表向きは生活安全課、実態は異形対策室所属の警察官。


自称クールビューティー。


他人評価、かなり美人。


本人評価、まあ悪くない。


今日も上司の誘いを華麗にスルーした。


「ノアさん、軽くどう?」


軽く、とは。


三時間コースを指す言葉ではない。


美しさは罪深い。


いや、正確には“整っていると面倒が増える”。


ヒールの音が、夜に響く。


すれ違う男が、わずかに振り向く。


自覚はある。


だがそれを表に出すのはダサい。


クールビューティーは、背中で語る。


なお、もう一人よく誘ってくる佐藤は現在入院中。


戦闘で吹き飛ばされた。


シュガーナッツにしてはよく頑張った。


結果、静か。


平和。


そして――暇。


「……ヒマ」


缶コーヒーを買う。


六月なのにホット。


クールビューティーは身体を冷やさない。意識高い系女子なのである…..コーヒーは飲みたい。


夜空を見上げる。


何も起きない。


誰も暴れない。


任務は監視。


だが監視対象は動かない。


「優秀すぎるのも考えものね」


自分で言って、少しだけ満足する。


ガラスに映る自分を見る。


うん、今日もクール。


たぶん。


ヒールを鳴らし、歩き出す。


夜は静かだ。


雨が降っている。


それでも。


悪くはない。



——————-



大河の部屋のドアが閉まる音を確認してから、静香はゆっくり息を吐いた。


静かだ。


食器を洗う水音だけが響く。


「……死んだよ」


坂本くんの声が、思ったよりも鮮明に残っている。


知らなかった。


同じ街にいて。


斎場の前を歩いていながら。


名字だけを見て、目を逸らした。


あれが、そうだったのだろう。


手を止めない。


水を流し続ける。


止めたら、何かが溢れそうだった。


二十六。


お見合いの前。


偶然の再会。


「委員長」


そう呼ぶ声は、昔と変わらなかった。


正義の味方になりたいと、本気で言っていた少年。


あの夜のことは、もう過去だ。


その後すぐに結婚した。


二十七に出産。


計算は、合っている。


合っているはずだ。


それでも。


今日、死を知ってしまった。


生きていると思っていた人が、突然、過去になる。


こんなにも、重いものだったのか。


大河の横顔が、ふと脳裏に浮かぶ。


似ている。


目元が。


気のせいだ。


そういうことにする。


蛇口を閉める。


水音が止まり、部屋が静まり返る。


「……おやすみなさい」


誰に向けた言葉か、自分でも分からない。


六月の夜は、長い。


それでも。


明日は普通に起きて、普通に働く。


それが、大人だ。

お読みいただきありがとうございます。


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物語これから動きます。

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