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正義の味方はブラック業務  ——転生って異世界がテンプレじゃないの?(涙)——-  作者: 中林 旭G3


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シュガーナッツとビタースティック

第十九話




走っている。


全力で。


だが視界の端にどうしても入る。


あの小僧。


さっきからノアさんの隣を、当然のように並走している。


速い。


やけに速い。


しかも息が乱れていない。


(……誰だあいつ)


確か。


高校生とか言ってなかったか?


だとしたら。


深夜徘徊だぞ、テメー。


いや待て。


まさか。


まさかだが。


ノアさん――年下の彼氏?


いやいやいやいや。


落ち着け、俺。


そんな影は今までなかった。


ノアさんは仕事一筋。


孤高。


クール。


冷静。


俺が一番知っている。


(俺が一番ってなんだ)


いや、だがしかし。


あの距離感。


あの自然な並び。


あの無駄のない会話。


彼氏……?


いや待て。


可能性その二。


弟殿。


そうだ。


きっとそうだ。


弟だ。


血縁。


それなら説明がつく。


ということは。


将来。


俺の。


義弟。


(早い早い早い)


佐藤は頭を振る。


違う。


今はそれじゃない。


今は任務中だ。


だが気になる。


気になるだろ普通。


前方。


ノアさんがわずかに振り返る。


「佐藤、遅れないで」


はい美しい。


いや違う。


今じゃない。


佐藤は意を決して声を張る。


「あのぅ、ノアさん!」


「何」


息は乱れていない。


さすがだ。


「こちらの少年は……?」


ノアは一瞬だけ視線を横に流す。


隣の少年。


少年はちらりとこちらを見る。


目が合う。


なんだこの落ち着き。


高校生の目じゃない。


「協力者よ」


短い。


それだけ。


協力者。


佐藤の脳内で文字が踊る。


協力者。


……協力者?


「え、いや、未成年では」


「問題ない」


即答。


少年が口を挟む。


「深夜徘徊ってやつか?」


にやりと笑う。


くそ。


余裕あるな。


佐藤の額に汗がにじむ。


(なんなんだこんガキャァ)


そのとき。


前方の闇が、わずかに揺れた。


トラが低く唸る。


空気が変わる。


妄想は、ここで強制終了。


ノアの声が低くなる。


「来るわよ」


佐藤は一瞬で切り替える。


義弟候補は後回しだ。


今は――


本物だ。



——————————



……追ってきた。


フェンスを越え、路地を抜け、屋根伝い。


気配は消したはずだ。


なのに。


足音。


三つ。


いや、四つか。


犬もいる。


振り返る。


さっきの若いおまわり。


その隣。


女。


いい女だな。


場違いなくらい。


……で。


もう一人。


ガキ?


高校生くらいか。


なんだあれ。


面倒だ。


まぁいい。


逃げ切るか、潰すか。


それだけだ。


木下はゆっくりと歩みを止める。


街灯の下。


コンクリートの空き地。


振り返る。


「ずいぶん足速ぇな」


軽く首を鳴らす。


若いお巡りが前に出る。


拳銃を抜く。


両手で構える。


震えはない。


いい顔だ。


歳は変わらないくらいか?


木下は鼻で笑う。


「日本のお巡りさんはさ」


一歩、前に出る。


「簡単に撃たねぇんだろ?」


挑発。


距離はまだある。


撃てる。


だが撃てない。


普通なら。


若いお巡りの指が、引き金にかかる。


空気が張る。


そのとき。


女の声。


冷たい。


「佐藤」


一瞬も迷いがない声。


「躊躇するな」


視線は木下から外さない。


「アレは簡単に死なない」


“アレ”。


木下の口角が上がる。


ああ。


なるほど。


分かってる側か。


面白ぇ。


拳を握る。


骨が鳴る。


「俺が死ぬか、お前らが死ぬか…..」


一歩。


「賭けてみるか?」


次の瞬間。


地面が砕ける。


踏み込み。


視界が跳ねる。


銃声が夜を裂く――





火花。


弾丸は逸れない。


木下の左肩に食い込む。


肉を抉る鈍い音。


血が飛ぶ。


一瞬、身体がわずかに揺れる。


「……痛ってぇ」


木下が顔をしかめる。


肩を押さえる。


指の隙間から血が滲む。


お巡りの目が見開く。


当たった。


確実に。


「畜生テメェ、マジで撃ちやがったな」


低い声。


怒り。


だが――


次の瞬間。


傷口から、黒い霧が立ちのぼる。


煙のように。


いや、呼吸するみたいに。


ぐにゃり、と。


肉が動く。


裂けたはずの皮膚が、内側から盛り上がる。


弾丸が、押し出される。


金属がコンクリートに落ちる音。


かちん。


血が止まる。


穴が閉じる。


何事もなかったみたいに。


木下が肩を回す。


「……あー、だりぃ」


そこに、傷はない。


トラが唸る。


お巡りの喉が鳴る。


女は低い声で。


「だから言ったでしょう」


木下が笑う。


今度は、はっきりと。


「俺は運がいいんだゼ」



———————-



ここまで追えたのは、トラのおかげだ。


フェンスを越え、路地を抜け、迷いなく角を曲がる背中。


人間の勘じゃ辿り着けなかった。


「ありがとな」


心の中で呟く。


そして。


横でずっと熱を帯びていた気配。


佐藤。


距離を詰めるたび、呼吸が荒くなっていた。


焦りじゃない。


意地だ。


俺に先を越されたくない。


そんな顔をしていた。


――だから、撃った。



弾丸が地面に転がる。


異形者が肩を回す。


傷は、ない。


完全に、ない。


トラが唸る。


佐藤の呼吸が荒くなる。


異形者が、ゆっくりとこちらを見る。


いや。


違う。


視線は――佐藤に固定されている。


「まずはお巡りさん」


口角が吊り上がる。


「お前からだな」


空気が、重くなる。


佐藤が銃を構え直す。


だが、さっきとは違う。


相手はもう“人間”じゃないと分かっている。


異形者が笑う。


「善良な市民を撃ちやがって」


肩を軽く叩く仕草。


「痛かったゾ」


佐藤の目が細くなる。


「誰が善良な市民だ」


一歩も引かない。


「化け物め」


――来る。


思った瞬間には、もう遅い。


異形者の足元が砕ける。


消えた、と思った。


違う。


速すぎる。


俺は反射で踏み込む。


佐藤の肩を掴んで、横に弾き飛ばす――


つもりだった。


だが。


間に合わない。


異形者の拳が、佐藤の腹にめり込む。


鈍い音。


空気が抜ける音。


佐藤の身体がくの字に折れる。


時間が止まる。


次の瞬間。


佐藤が宙に浮いた。


そのまま数メートル後方へ吹き飛ぶ。


地面を転がる。


動かない。


「佐藤!」


ノアが叫ぶ。


トラが低く唸る。


異形者が、ゆっくりこちらを見る。


「次は」


血の匂い。


夜が、一段深くなる。


シュガーナッツ。仇は取る。


俺は、拳を握った。


———————


お巡りの腹に拳が入った瞬間。


手応え。


骨。


内臓。


空気が潰れる感触。


悪くない。


そのまま、吸う。


運気。


生気。


流れ込んでくるはずの熱。


……薄い。


足りない。


もっと。


もっと吸える。


はず、だった。


だが。


胸の奥が軋む。


黒い何かが暴れ出す。


これ以上は、無理だ。


無理に吸えば。


自我が飛ぶ。


それはまずい。


まだ、遊べる。


木下は舌打ちする。


だが問題はない。


一人落とした。


次だ。


視線を上げる。


「次はお前だ、ガキ」


小僧を見る。


肝が据わってやがる。


面白い。


殺しがいがある。


――その瞬間。


パシュッ。


空気を裂く、小さな破裂音。


乾いた銃声とは違う。


鈍い衝撃。


右太もも。


撃ち抜かれる。


「っ……!!」


崩れる。


さっきより深い。


骨に響く。


熱い。


痛い。


黒い霧が傷口から立ち上る。


塞げ。


閉じろ。


動け。


……遅い。


再生が、遅い。


肉が盛り上がるのに時間がかかる。


痛みが抜けない。


顔を上げる。


女。


銃口を下げない。


静かだ。


「私の弾丸には特別な力を込めてる」


淡々と。


「私はあなたを殺せる」


本気だ。


嘘じゃない。


木下の背筋を冷たいものが走る。


だが。


女は続ける。


「でも、それじゃ意味ない」


銃口は微動だにしない。


「あなたを異形にしたヤツの情報がいる」


……なるほど。


そういうことか。


小僧が横で呟く。


「ノアさん、怖っ」


空気が歪む。


怒りが湧く。


「殺してやる」


太ももがまだ痛む。


だが関係ない。


「ガキを殺った後――」


視線を女に向ける。


「楽しんだ後に殺す」


女は瞬きもしない。


ゆっくりと拳銃を下ろす。


ホルスターへ収める。


代わりに。


脇に装備していた特殊警棒を、二本。


引き抜く。


金属音。


夜気を裂く。


構え。


隙がない。


小僧がぼそりと。


「……? 二本?」


一瞬の間。


「スカーレット・ヨハンソンみてーだな、おい」


意味は分からないが。


余裕ぶってるのは分かる。


木下は歯を剥く。


痛みはまだ消えない。


だが。


面白くなってきた。


夜は、まだ終わらない。



右太ももが、まだ熱い。


黒い霧が傷を縫い合わせる。


だが遅い。


あの女の弾は、普通じゃない。


痛みが抜けない。


忌々しい。


目の前。


女が二本の警棒を構える。


無駄がない。


軍人か?


いや、もっと冷たい。


その横。


ガキ。


余裕ぶった顔。


面白い。


木下はゆっくりと立ち上がる。


足に力を込める。


……動く。


問題ない。


「まとめて来いよ」


地面を蹴る。


速い。


一直線に女へ。


警棒が交差する。


金属音。


重い。


細腕のくせに、衝撃が深い。


二本目が脇腹を狙う。


回避。


だが。


ガキが横から入る。


速い。


さっきより、明らかに速い。


蹴り。


肋骨に入る。


鈍い音。


吹き飛ばされはしない。


だが重い。


(なんだこいつら)


普通の人間じゃない。


女は距離を詰めてくる。


間合い管理が正確すぎる。


警棒が閃く。


太もも。


同じ箇所。


「っ……!」


霧が暴れる。


再生を妨げる。


女の声。


冷たい。


「抑えて」


ガキが即座に応じる。


無駄な会話がない。


連携。


まずい。


木下は一気に後退する。


呼吸が荒れる。


運気を吸う。


吸える。


だが浅い。


(長引かせるのは悪手か)


だが。


逃げる?


違う。


面白い。


口角が上がる。


「いいぜ」


黒い霧が全身から滲む。


「どっちが化け物か、試そうじゃねぇか」


女が踏み込む。


ガキが同時に消える。


夜が、爆ぜる。



———————



ノアが間合いを外さない。


二本の警棒が、夜気を裂く。


異形者の太ももに叩き込むたび、黒い霧が弾ける。


「拳銃じゃないなら大丈夫とでも思った?」


「残念、この特殊警棒も特別製。甘くみないでね」


淡々とした声。


打撃。


火花。


「死にはしないけど、痛いでしょ?」


異形者が歯を剥く。


再生が、明らかに遅い。


傷口を塞ぎきれない。


ノアの目は冷たい。


「呪いが滲み出てるわよ」


その言葉が引き金になった。


異形者の顔が歪む。


怒り。


理性が焼け落ちる音がした気がした。


「……っざけんな」


霧が一気に噴き出す。


身体の輪郭が崩れる。


肩が盛り上がり、背が伸びる。


皮膚の下で何かが蠢く。


人の形が、歪む。


黒い霧に包まれ、


もはや“人”ではない。


「……マジかよ。前のヤツよりゴツくね?」


「かなり呪いが深く進行してるわ、気をつけて」


腕――いや、腕だったものが伸びる。


不自然に。


鞭みたいにしなる。


一直線にノアへ。


速い。


俺が踏み込むより、早い。


ノアは交差で受ける。


警棒が十字に弾く。


だが。


重い。


衝撃が抜けきらない。


ノアの身体が数歩、後ろへ滑る。


靴底が火花を散らす。


肩がわずかに沈む。


「……っ」


ダメージはある。


俺の喉が勝手に鳴る。


「おい、大丈夫か」


ノアは目を逸らさない。


「問題ない。やれる」


嘘だ。


ダメージ大だ。


異形者が吠える。


黒い霧が暴れる。


その瞬間。


ノアが片手の警棒を、こちらへ放った。


一直線。


回転。


反射で掴む。


重い。


手に馴染む。


「特別製。使えるでしょ?」


目が合う。


冷静。


信頼。


俺は口角を上げる。


一本の警棒を構える。


「一本」


一歩、前へ。


「トオルだな」


霧が揺れる。


異形者がこちらを向く。


夜が、裂ける寸前だ。

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