表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正義の味方はブラック業務  ——転生って異世界がテンプレじゃないの?(涙)——-  作者: 中林 旭G3


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/49

夜に賭ける

第十八話



夜十時。


リビングの明かりはまだついている。


テレビの音は小さめ。

静香はソファで資料をめくっていた。


「もう寝るの?」


視線は資料のまま。


「うん。筋トレでちょい疲れた」


「やりすぎ」


即答。


「成長期なんだから、ちゃんと寝なさい」


完全に母のトーンだ。


「はいはい」


軽く返す。


怪しまれてはいない。


大河は自室へ戻る。


電気を消す。


ベッドに一度横になる。


天井を見つめる。


(十時)


外はもう夜の色だ。


しばらくして。


リビングのテレビが消える音。


キッチンの水音。


廊下を歩く足音。


静香の寝室のドアが閉まる。


静寂。


大河はゆっくり起き上がる。


黒いパーカー。


動きやすいパンツ。


マジックアイテムのグローブ。


装着。


トラが立ち上がる。


「静かにな」


トラは小さく鼻を鳴らした。


玄関。


鍵を回す音は最小限。


そっとドアを閉める。


エレベーターで一階へ。


マンションの外気がひやりと頬に触れる。


夜十時。


街灯の下に、ノアがいた。


私服。


だが、空気は仕事のそれ。


「遅刻ゼロ」


「真面目だからな」


ノアの視線が足元へ。


「トラ、連れてきたわね」


「言われた通りだ」


トラは静かにノアを見る。


ノアはしゃがみ、目線を合わせる。


「今日は鼻、借りるわよ」


トラの耳がぴくりと動く。


「俺は?」


「補助」


「格下扱いだな」


「現場未経験者は黙ってついてくる」


即答。


大河は肩をすくめる。


「で、場所は」


「繁華街の裏通り。徒歩十五分」


ノアは歩き出す。


「今回は“確認”」


「捕まえないのか」


「証拠が先」


夜の道路を並んで歩く。


街の空気が少しだけ重い。


大河は空を見上げる。


星は見えない。


ネオンだけが光っている。


「……委員長、起きてないよな」


ぽつり。


ノアが横目で見る。


「心配?」


「一応な」


ノアは小さく笑う。


「ちゃんと息子してるじゃない」


大河は何も言わない。


そのまま、夜へ踏み込む。



————————-



繁華街は、夜になるとだいたい何かが起きる。


だいたい酔っ払い。


たいていは人間だ。


だが、今日は違うかもしれない。


「……もしもし、ノアさん」


佐藤 夏、26歳。


呼吸を整える。


「はい、交番から応援要請。キャバクラでトラブル発生。男性客がボーイを殴打。目撃証言――」


手元のメモを見る。


「異常です」


間。


「吹き飛んだ、との証言複数。壁に衝突、失神」


少しだけ声が低くなる。


「通常の体格では説明困難」


自分で言って、少しだけぞくっとする。


「……はい。防犯カメラの映像も確保済みです」


電話を切る。


ふう、と息を吐く。


佐藤 夏。


夏生まれだから夏。


親のネーミングセンスは、七月の気温くらい直球だった。


まあいい。


トシオよりはいい。


(トシオだったら砂糖と塩だぞ。嫌だろそれ)


子どものころ、警察官に憧れた。


悪を捕まえる仕事。


ヒーロー。


そして努力の末、警察官になった。


だが配属は生活安全課。


防犯指導、巡回、迷子の対応。


悪くない。


でも。


(もうちょっとこう……)


何かが足りない。


そう思っていたある日。


「佐藤、こっち」


案内されたのは地下の廊下の奥。


古びたプレート。


【資料保管室3】


地味。


どう見ても地味。


(窓際部署かな?)


ドアを開ける。


中はモニターだらけ。


資料の山。


見慣れないデータ。


そして壁のホワイトボードには、一般公開不可の文字。


実体――異形対策室。


(え、なにここ。FBI? CIA?テロ対策ユニット?)


ジャックを探すと同時に、心の中で勝手にテーマ曲が流れた。


バウアー捜査官はいなかったが、出会った。


先輩。


ノアさん。


美しすぎるぜ。


初対面で思った。


警察手帳より先に顔面が正義。


しかも仕事ができる。


無駄がない。


冷静。


時々、雑、辛辣。


だが、そこがいい。


今日こそは。


仕事を華麗に片付けて。


報告を完璧にまとめて。


ノアさんに言われたい。


「ありがとう。あなたのおかげ」


(できれば少し微笑んで)


できればそのあと、


「飲みに行く?」


とか。


いや落ち着け。


まずは仕事だ。


佐藤はモニターに向き直る。


キャバクラの映像。


再生。


スロー。


一時停止。


男が、ボーイを払う。


“払う”。


それだけで、身体が吹き飛ぶ。


佐藤の目が細くなる。


「……これは」


人間の動きじゃない。


胸の奥が、少しだけ熱くなる。


これだ。


これだよ。


これが欲しかった。


日常の裏側。


普通じゃない何か。


異形対策室。


佐藤 夏、26歳は今日も働く。


ノアさんのために。


そして、ちょっとだけ。


自分のために。



———————-



キャバクラの店内はまだざわついていた。


救急隊。


警察官。


泣きそうなキャバ嬢。


佐藤は一通り確認を終え、店を出る。


夜の空気が少し冷たい。


そのとき。


視界の端。


黒服。


二人、三人――いや、四人。


全員スーツ。


走っている。


「……?」


こんな時間に、あんな顔で。


嫌な予感はだいたい当たる。


佐藤は小走りで追う。


「ちょ、待っ――」


呼び止めない。


今は観察。


繁華街のネオンを抜ける。


居酒屋の前。


客を避ける。


黒服たちは振り返らない。


一直線。


商店街のアーケードへ。


シャッターが半分降りた店。


薄暗い蛍光灯。


足音が反響する。


佐藤は距離を詰める。


(何か知ってる顔だな)


怒り。


焦り。


“報復”。


そんな空気。


アーケードを抜けた瞬間、空気が変わる。


一気に人気がない。


街灯がまばら。


月極駐車場。


コンクリートの匂い。


黒服たちが止まる。


その先。


男が一人、立っている。


背中しか見えない。


黒服四人が囲む。


怒号。


「てめぇ、ふざけんなよ!」


「店、潰す気か!」


「調子乗ってんじゃねぇぞ!」


佐藤は物陰に身を滑らせる。


手はスマホに触れている。


だが、まだだ。


状況確認。


体格のいい黒服が一歩前へ出る。


肩幅が広い。


腕も太い。


明らかに武闘派。


「あんなマネされると、こっちは商売上がったりなんだよ」


キャバクラの関係者じゃないのか?


男は動かない。


微動だにしない。


妙に静かだ。


「聞いてんのか!」


大男が拳を振り上げる。


振り下ろす。


鈍い音。


……のはずだった。


だが。


殴られた男。


動かない。


頭が揺れない。


膝も折れない。


佐藤の背筋に冷たいものが走る。


(おい……)


次の瞬間。


男の腕が動く。


速い。


見えない。


本当に、見えない。


気づいたときには、


大男の身体が――


崩れていた。


地面に。


コンクリートに、重い音。


黒服たちが一瞬固まる。


佐藤も、息を止める。


月極駐車場の奥。


街灯の下。


男が、ゆっくりと振り返る。


その目。


暗い。


佐藤の心臓が一拍、遅れる。


(……これ、人間か?)


スマホを握る手に、汗。


異形対策室。


初の“本物”。


佐藤の喉が、ひりついた。



———————-



地面に崩れ落ちた大男。


残る黒服三人が後ずさる。


男――街灯の下のそいつは、ゆっくりと首を鳴らした。


そのとき。


佐藤は物陰から飛び出す。


「警察だ! 何してる!」


声を張り、銃を構える。


異形に対しての発泡許可は下りている。


声が夜の駐車場に反響する。


黒服たちが一斉に振り向く。


男も、こちらを見る。


目が合う。


一瞬。


ほんの一瞬。


笑った気がした。


「……チッ」


舌打ち。


小さく、しかしはっきり。


「楽しんでたのに、邪魔入ったな」


低い声。


余裕。


追い詰められた人間の目じゃない。


次の瞬間。


男は駐車場のフェンスへ走る。


速い。


跳ぶ。


金網に手をかけ――


軽い。


身体が、軽すぎる。


ひらりと向こう側へ消える。


佐藤が駆け出す。


フェンスに手をかける。


だが。


追えない。


一般警察官の装備と靴では、あの跳躍は無理だ。


舌打ちしたいのはこっちだ。


振り返る。


黒服たちは腰を抜かしている。


「動くな! そのまま!」


佐藤は一人ずつ確認する。


「怪我は!」


「だ、大丈夫です……」


震えている。


佐藤は倒れている大男の横へ膝をつく。


呼吸。


浅いがある。


脈。


取れる。


顎のラインが不自然に歪んでいる。


(骨折……いや、それ以上か)


「救急車、呼ぶ。絶対動かすな」


無線を入れる。


救急要請。


場所。


負傷者一名、重傷の可能性。


指示を飛ばしながら、頭は別のことを考えている。


“払っただけ”で吹き飛ばされたボーイ。


今の一撃。


そして、あの跳躍。


人間離れ。


間違いない。


佐藤はスマホのコールボタンを押す。


短く息を吸う。


発信。


すぐ繋がる。


「ノアさん」


声が少しだけ上ずる。


だが報告は正確に。


「対象と接触。繁華街裏の月極駐車場」


視線はフェンスの向こうの闇へ。


「黒服四名。うち一名重傷。対象は逃走」


一拍。


「……人間の動きじゃない」


静かな夜。


遠くでサイレンの音が小さく鳴り始める。


佐藤 夏、26歳。


胸が高鳴っている。


恐怖か。


興奮か。


その両方だ。


「初動、間違ってませんよね」


無意識に、そう漏れた。


返答を待つ。


夜は、もう完全に動き出していた。



——————



夜の路地。


アーケードの手前。


ノアのスマホが震えた。


大河が横目で見る。


表示名。


――シュガーナッツ。


「……さっきから思ってたが」


「シュガーナッツってなんだよ」


ノアは画面を見たまま答える。


「後輩」


「コードネーム?」


「違う」


「ジーパンみたいな?」


「違う」


「仏の山さんは?」


ノア、スルー。


大河は表示名をもう一度見る。


「あぁ、もしかして佐藤だからシュガー?」


一拍。


「ナッツは?」


ノアは小さくため息。


「面倒だから後にして」


そのまま通話ボタンを押す。


表情が切り替わる。


「佐藤」


声が低く、仕事のトーンになる。


大河は口を閉じる。


『対象と接触。繁華街裏、月極駐車場』


ノアの歩幅が広がる。


『黒服四名。重傷一名。対象逃走』


「跳躍は?」


『フェンス越え』


「了解。救急優先。位置送って」


短い沈黙。


「無理はしないで」


通話終了。


ノアは顔を上げる。


「アーケードの先の駐車場」


大河が頷く。


「シュガーだけでよかったんじゃないか?」


「急ぐわよ」


速度が上がる。


トラが低く唸る。


夜が、一段深くなる。



———————-



アーケードを駆け抜ける。


月極駐車場。


救急車の赤色灯が回る。


佐藤と情報共有。


「対象はあちらへ。フェンス越えです」


トラが地面を嗅ぐ。


低く、短く鳴く。


「匂い、濃いのか?」


大河が呟く。


フェンスは歪んでいる。


人間の力じゃない。


ノアが闇を見る。


「まだ遠くへは行ってない」


佐藤が息を整える。


「追いますか」


警察としては、慎重に動くべき状況。


相手は正体不明。


能力不明。


危険度不明。


大河がフェンスに手をかける。


跳べる。


追える。


ただし保証はない。


ノアが横目で見る。


「危険よ」


大河は笑う。


「だろうな」


闇の向こうを見据える。


「相手は今、逃げ切れる方に賭けてる」


正体も知らない。


顔も知らない。


ただ、“勝てる”と思っている何か。


大河は軽く肩を鳴らす。


「じゃあ――」


振り返る。


「俺は俺にベットだ」


一瞬の沈黙。


佐藤が息を呑む。


ノアは数秒考え、


小さく言う。


「……外したら奢りよ」


大河が笑う。


「高校生に言うセリフかよっ」


ノアはフェンスに手をかける。


「行くわよ」


三人と一匹が、夜の向こうへ消える。


今夜、賭けるのは。


運じゃない。


覚悟だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ