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正義の味方はブラック業務  ——転生って異世界がテンプレじゃないの?(涙)——-  作者: 中林 旭G3


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祝福も夜道で起こる

第十三話




最上階ペントハウス。


 響きだけ聞くとだいぶ金持ちだが、実際だいぶ金持ちである。


 ガラス張りのリビングからは街が一望できる。


 つまりカーテンを閉め忘れると外から丸見えだ。


 怖い。


「起きてたの?」


 キッチンから声。


 白川静香。医師。理事長の娘。俺の母。


 属性が多い。


「ああ」


「偉いわね」


「高校生に対する評価基準が低すぎないか」


「平均値よ」


 さらっと毒を吐く。


 昔からこういう人だった。


 小学生の頃、クラスをまとめていた委員長。


 誰より真面目で、誰より冷静で、たまに辛辣。


 ――そして今は母。


 人生、何がどう転ぶかわからない。


「休み、何もできなくてごめんね」


「…いや別に」


「今日も帰り遅くなると思う。オペもあるし」


「医者って忙しいな」


「理事長の娘だから暇だと思ってる?」


「偏見だ」


「正解よ」


 朝の会話が成立している。


 これがいまだに少し不思議だ。


 かつて遠くから見ていた女子と、

 今は同じテーブルで味噌汁を飲んでいる。


 距離感バグ。


「学校、どう?」


「今日も遅くなると思う。補習あるし」


「その言い方、私の真似?」


「遺伝だろ」


「誰の?」


「……」


 静香が少しだけ笑う。


 強い人だ。


 いろいろあっても、崩れない。


 だから多分、俺も崩れてはならない。


「いってきます」


「いってらっしゃい」


 エレベーターに乗る。


 最上階から下降。


 人生も、もう少しゆるやかならいいのに。


 とりあえず今日は数学の補習がある。


 それが一番の難関だ。



————————-



ゴールデンウィーク明け。


 空はやたら晴れている。


 連休という名の現実逃避期間を終え、社会は再起動した。


 高校生も例外ではない。


 自転車を押して歩いていると、後ろから聞き慣れた声。


「おい」


 振り向く。


 霧島。


 相変わらず無駄に爽やかだ。


「生きてたか」


「お前もな」


 挨拶が物騒。


 これが平和である。


「休み何してた?」


「何も」


「嘘つけ」


「筋トレと検査と社会適合訓練」


「最後なに」


「知らん。病院側の表現」


 霧島が笑う。


「お前、相変わらず変だよな」


「褒め言葉として受け取る」


「受け取るな」


 霧島は自転車を並べる。


「俺はバイトとジム」


「格闘技?」


「そう。汗かくとスッキリすんだよ」


「青春だな」


「お前が言うと皮肉に聞こえる」


「事実だ」


 少しだけ風が吹く。


 田島の件以降は静かだ。


 何も起きていない。


 平和。


 それが一番いい。


 ……たぶん。


「で、お前。社会適合できたのか?」


「判定保留」


「だろうな」


 笑い合う。


 こんな朝が続けばいい。


 続くとは限らないけど。


 校門が見えてきた。


 連休明けの空気は、どこか少しだけ軽い。



————————-



ゴールデンウィークが終わると、街はだいたい一度しおれる。

 連休ボケという名の合法的ダルさが、そこかしこに漂うのだ。


 ――もっとも。


 私の職場に“ボケ”という概念は存在しない。


「以上、軽度個体の発生報告はゼロ件です」


 会議室で報告を終えると、上司が腕を組んだ。


「平和だなあ」


 ……平和。


 私は内心で首をかしげる。


 平和というのは、事件が起きていない状態を指す言葉ではない。

 事件が起きる“理由”が消えている状態を指すべきだと、私は思う。


「嵐の前、という可能性もあります」


 口に出してから、しまったと思った。


 ベタ。


 あまりにもベタ。


 自分で言っておいて、ちょっと恥ずかしい。


 同僚が笑う。


「ノアさん、映画の観すぎじゃないすか」


「観てません」


 本当は観る。だが言わない。

 クールビューティーは余計な情報を開示しないのだ。


 会議が終わると、上司が自然な動きで近づいてきた。


「このあと時間ある? 飯でも」


「業務外の接触は控えています」


「いや別に業務じゃなくて――」


「なおさらです」


 私は微笑んだ。完璧な角度で。


 こういうやり取りは慣れている。

 美人というのは、時に労働環境である。


 面倒くさい。


 私は書類をまとめ、対策室を出た。



 街はいつも通りだ。


 信号待ちの人波。

 スマホを見つめる高校生。

 コンビニ前でたむろする大学生。


 表面は、完全に日常。


 私は立ち止まり、わずかに意識を拡張する。


 ――いる。


 発症していない。

 だが、“種”がある。


 負の感情の澱に、祝福の残滓が絡んでいる。


 まだ芽吹いていない。

 でも確実に、撒かれている。


 ……始めたのね、シド。


 怒りはない。

 あるのは、確信だけ。


 あの人はいつも静かに始める。

 宣戦布告などしない。

 気づいたときには盤面が変わっている。


 ほんと、性格が悪い。


 私はため息をついた。


 さて。


 事件がないなら、やることは一つだ。


 ヒマつぶし。


 ちょうどいい対象がいる。



 夕方。


 校門の前で私は腕を組む。


 制服の波の中から、目当ての少年が出てきた。


 十六歳。高校二年生。


 ――中身はアラフォー。


「大河」


「……また、待ち伏せか、ストーカーめ」


 第一声がそれである。


「偶然よ」


「嘘つけ」


 鋭い。


 無駄に人生経験があると勘が良くなるらしい。


「高校生活、満喫してる?」


「2度目の青春真っ只中だ」


「良かったね十六歳」


「中身は課長代理だ」


 私は一拍置いてから言った。


「来月で十七歳ね」


「やっと酒が飲めるな」


「飲めません」


「タバコは?」


「ダメ」


「ちぇっ」


 十六歳が“ちぇっ”って言うな。

 妙に板についてるのが腹立つ。


「ゴールデンウィークは何してたの」


「筋トレと検査と社会適合訓練」


「高校生の回答ではないわね」


「お前のせいだろ」


 それは否定できない。


 私は肩をすくめた。


「平和で退屈でしょう?」


「退屈なくらいでちょうどいい」


 その言い方が、どうにもアラフォーだ。


 私はじっと彼を見る。


 魂の輪郭は安定している。

 だが、わずかに揺らぎがある。


 誤差。


 本来、死ぬ予定ではなかった男。


 盤面を乱す存在。


「なに見てんだ」


「別に」


 私は視線を外す。


「せいぜい平和を楽しみなさい。嵐の前かもしれないし」


「またベタなこと言ってんな」


「うるさい」


 ……ベタなのは自覚している。


 でも。


 本当に嵐が来たら。


 あなたはまた、巻き込まれる。


 イレギュラーな正義の味方。


 私は踵を返した。


「じゃあね、十六歳」


「ホントに冷やかしかよっ」


 背中越しに聞こえる文句を、私は無視した。


 平和。


 それはたいてい、

 音もなく壊れる。


 私は空を見上げる。


 雲はまだ、薄い。



———————————



夜の路地裏は、やけに静かだ。


 さっきまで響いていた怒鳴り声も、今はもうない。

 代わりに残っているのは、遠ざかる車のエンジン音と、湿ったアスファルトの匂いだけ。


「……三日だぞ」


 そう言い捨てて去っていった男の声が、頭の中で反響する。


 壁にもたれかかりながら、青年は笑った。


 唇の端が切れている。

 頬も腫れている。

 でも、それより痛いのは別の場所だ。


「は……運がねぇ」


 借金。

 ギャンブル。

 消費者金融。

 気づけば、タチの悪い連中に首根っこを掴まれていた。


 でも。


「俺が全部悪いのかよ」


 誰にともなく、吐き捨てる。


 信号はいつも目の前で赤になる。

 パチンコは隣だけが大当たり。

 面接は“今回はご縁がありませんでした”。


「……俺が悪いわけじゃねぇだろ」


 拳を握る。


 そのときだった。


「――お前は悪くない」


 声がした。


 低く、穏やかで、やけに優しい声。


 青年は顔を上げる。


 路地の入り口。

 街灯の逆光の中に、黒いスーツの男が立っている。


 若い。三十前後に見える。

 整った顔立ち。

 だが、表情は読み取れない。


「……誰だよ」


 男は答えない。


 一歩、近づく。


「力が必要か?」


 その問いは、脅しでも命令でもなかった。

 ただ、確認するような声音。


 青年の喉が鳴る。


 欲しいに決まっている。


 金も、勝ちも、立場も。

 何より、“運”が。


「……欲しい」


 ほとんど反射だった。


 男はわずかに微笑む。


「ならば、祝福を与えよう」


 その瞬間。


 胸の奥が、熱を帯びた。


 心臓の裏側から、何かが滲み出る。


 黒い、霧。


 青年の足元に、淡い靄が広がる。


「な、んだ……これ……」


 霧はゆっくりと、しかし確実に濃くなる。


 男は静かに告げる。


「本当のお前になれた」


 青年の瞳が、わずかに濁った。


 黒い霧が、体内から溢れ出す。


 路地裏の闇が、ひときわ深くなる。


 夜は、何事もなかったかのように更けていく。


 ――祝福は、与えられた。


 それが呪いであることを、青年は知らない。

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