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正義の味方はブラック業務  ——転生って異世界がテンプレじゃないの?(涙)——-  作者: 中林 旭G3


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出勤、正義の味方

第十話




 朝の教室は、だいたい騒がしい。


 黒カレーの敗北から一夜明け、霧島はまだ未練がましく「絶対あれ裏でなんかやってる」とか言っているし、小春は「もういいって」と笑っている。


 いつもの風景だ。


 ――そのはずだった。


 ピロン、と電子音が重なった。


 何人かが同時にスマホを見下ろす。


「うわ……マジかよ」


「え、昨日の話?」


 ざわめきが波のように広がる。


 大河も画面を開いた。


 《市内大手企業統括部長 女性殺人未遂で逮捕》


 市内マンションで事件発生。

 隣室の住人の通報で発覚した。

 被害者は意識不明の重体。

 同企業統括部長の男が現行犯逮捕された。


 一瞬、教室の音が遠のいた気がした。


 記事は短い。

 動機は不明。

 警察は容疑者の精神状態も含めて調査中だという。


「最近物騒すぎない?」


 小春の声がかすかに震えている。


 霧島は「愛憎のもつれってヤツか?」と軽く言うが、その軽さがやけに浮いて聞こえた。


 大河は、無意識に奥歯を噛みしめていた。


 違和感がある。


 怒りでも、悲しみでもない。


 もっと別の――


 説明できない感覚。


 ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。


 画面に映る容疑者の顔写真を見つめながら、大河は小さく息を吐いた。



—————————



結婚相談所ロイヤル•マリッジ、本社ビル最上階。


 社長室の灯りだけが、まだ消えていない。


 床に倒れた男は、もう動かなかった。


 分厚い絨毯に沈んだ身体。

 高級なデスクの上では、倒れたグラスから赤い液体がゆっくりと広がっている。


 田島は、それを静かに見下ろしていた。


 鼓動は乱れていない。


 むしろ、澄んでいる。


 机の上に置かれたパンフレットが目に入る。


 《理想の出会いを、あなたに》


 艶のある紙面。

 整いすぎた笑顔。


 思い出す。


 最初に紹介された女。


 柔らかな声。

 少しだけ距離の近い視線。


 会うたびに支払いは増えていった。

 食事代も、贈り物も、すべて自分。


 それでも、距離は縮まらない。


 未来を匂わせる言葉だけが残り、

 決定的な一線は、決して越えさせない。


 やがて届く連絡。


 ご縁がなかったという通知。

 そして、次の提案。


 延びる契約。

 積み重なる金額。


 分かっていた。


 薄々は。


 だが認めなかった。


 自分が“客”でしかないことを。


 視線を足元へ落とす。


 この男が仕組んだ。


 焦りを煽り、

 希望を餌にして、

 金を吸い上げる。


 奪うのは簡単だった。


 視線を合わせる。

 ほんの少し揺らす。


 自信は崩れ、

 誇りは溶け、

 成功者の仮面は剥がれ落ちた。


 空になった器は、軽い。


 田島はゆっくりと息を吐く。


 満ちている。


 騙される側ではない。

 奪われる側でもない。


 選ぶのは、自分だ。


 ――あの女も。


 殺意は、まだ消えていない。


 だが今夜は、この男で十分だった。


 社長室の灯りを背に、田島は静かに歩き出す。


 窓の外では、街のネオンが瞬いていた。


——————————-


 モニターに並ぶ三つの名前。


 杉本。

 統括部長。岩本。

 結婚相談所経営会社社長。山寺。


 ノアは最初のファイルを開いた。


 杉本。


 部長と同じ会社の社員。

 一週間と少し前、本社ビル屋上から転落。


 遺書なし。

 金銭問題なし。

 直近の会社での評価も上々。


 同僚の証言は揃っている。


 「普通だった」

 「むしろやる気満々だった」

 「悩んでいる様子はなかった」


 ――不自然。


 ノアは監視カメラの静止画を拡大する。


 屋上へ向かう杉本の背中。


 足取りは迷いがない。


 追い詰められた人間の歩き方ではない。


 男が声をかけている?止めようとしてるの?


「空白がある」


 感情の痕跡が、抜け落ちている。


 その三日後。


 統括部長の岩本が愛人を殺しかける。


 さらに数日後。


 結婚相談所運営会社社長、山寺が死亡。


 ノアは時系列を並べる。


 自壊。

 暴走。

 直接の殺害。


「段階がある」


 誰かが、慣れている。


 視線を横に滑らせる。


 共通項。


 杉本と部長は同じ部署。


 部長と社長を結ぶ線は薄い。


 だが三人に接触している人物が、一人。


 ――田島。杉本の最後に声をかけていた男


 杉本の同僚。

 部長の部下。

 結婚相談所の会員。


 目立たない男。


 地元有数の大学卒。

 地場大手企業勤務。


 だが社内評価は低い。


 昇進歴なし。

 存在感も薄い。


 ノアは別の報告書を開く。


 最近の証言。


 「雰囲気が変わった」

 「妙に自信がある」

 「目を合わせると、言葉が詰まる」


 ノアは静かに息を吐く。


 奪われたのは、金でも地位でもない。


 ――自信。


 最初は一人。

 次は上司。

 そして、獲物を選び始めた。


「成長している」


 断定はしない。


 だが、もう偶然ではない。


 ノアは端末を閉じる。


「接触する」


 その声に、迷いはなかった。



——————————




 放課後の校門を抜けると、空はもう夕暮れ色だった。


 大河は駐輪場からロードバイクを引き出す。


 軽くタイヤを弾き、ペダルに足をかけた瞬間。


「遅かったわね。待ってた」


 街路樹の影から、ノアが現れる。


 大河は顔をしかめた。


「補習だったから……ってか、お前さぁ。なんで毎回、待ち伏せなんだよ」


「効率的」


「いや怖いわ」


 ノアは感情のない声で続ける。


「事件が三件、繋がった」


 大河は自転車を押しながら歩き出す。


「部長の未遂と、結婚相談所の社長だろ?」


「それだけじゃない。一週間前、同じ会社の社員が飛び降りている。杉本。遺書なし」


 大河の足が止まる。


「……自殺扱い、か」


「表向きは」


 ノアの視線が鋭くなる。


「三人に接触している人物がいる」


 間。


「田島」


 大河は小さく息を吐いた。


「異形者か」


「高確率で。精神干渉系統。段階的にエスカレートしている」


「最初は自殺、次は未遂、最後は殺し、ってか」


「そう」


 夕方の風が吹く。


 大河はサドルにまたがった。


「で?」


「放置すれば次が出る。阻止が必要」


「……俺がやるのな」


「契約上」


 即答だった。


 大河は天を仰ぐ。


「マジでブラック企業」


「残業はデフォルト」


「なんだ、それ」


 小さく舌打ちしながら、ヘルメットを被る。


「場所は?」


「田島の自宅。いないと思うけど。」


 大河はペダルを踏み込む。


「了解。強制労働、開始ってわけか」


「正義の味方」


「言うな。それ」


 ロードバイクが加速する。


 ノアはその背を静かに見送った。


「任務開始」


 その声は、ただの事務連絡のようだった。


「てか、住所知らねーし」


「…………。」


ノアは車のシフトをドライブに入れた。

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