9. ユーラシア大陸横断
翌朝、眠い目をこすりながら早朝にチェックアウトした俺たちは二手に分かれた。
イラさんは空港へ荷物の酸素カプセルの件でクレームの手続きへ、ディアナとおまいらコンビと俺は日本大使館のあるアスタナへ。
わざわざ荷物のクレームを入れるのはイラさんの気が収まらないというのもあるが、偵察の意味もある。実際、空港に到着したイラさんから「警察でも軍人でもない怪しい人たちがうろうろして何かを探しているみたい。」と連絡が入った。
ついでに良い身なりをした夫婦が空港係員に詰め寄っている場面にも出くわした。こっそり撮影して送ってくれたのでディアナに確認したところ、やはり彼女の両親だった。
俺たち四人は駅へ向かう。
ディアナの実の両親であるスクリニク夫妻が追っ手を差し向ける可能性を考え、朝一番の電車で出発する予定だったのだが・・・。
「えー?次の列車がいつ来るかわからない?」
やれやれ。
21世紀も後半に差し掛かろうとしているのに、いまだに列車の大幅な遅延や欠便が日常茶飯事らしい。
もっとも今では超音速機などより発達した交通手段もあるので、お金がある層はそちらを利用している。安価で利用できる旧式の移動手段はいつまでたっても不便なままだ。
かといってスクリニク夫妻が係員を買収したような空港を利用するのはリスクが高すぎる。
ほかに利用できる移動手段は高速バスか無人タクシーだ。
早速バスターミナルへ行ってみると窓ぐちが閉まっている。
「バスは車両故障で便数が減っているんだって。そうなると無人タクシーか。アスタナまではかなり距離があるけど充電は足りるの?」
「大丈夫。途中で乗り継ぎながら行くから。」
うまく乗り継ぎできるか不安だが、追っ手を撒くには乗り継ぎの方がむしろ好都合だ。
無人タクシーの中で安心した俺たちは寝不足も相まって爆睡し、目が覚めた時には最初にタクシーを乗り換えることになっているクズロルダという街に着いていた。
寝ぼけ眼をさすりながら、町中にあるレストランに入り、休憩することにした。
店内はスタイリッシュで、ロシア語のロック調の音楽がかかっている。
聞いたことがある曲だと思ったらソ連末期のロックバンド、キノだった。朝鮮系の血を引くメインボーカルがこの町の出身だったな。
今風のお店なのに、最近の中央アジア諸国や韓国の音楽ではなくソ連時代のキノが流れているのはレトロブームでもあるのか。
メニューを運んできたウェイターに「キノか?」と聞くと、不愛想だった顔をめちゃくちゃに崩して喜んでいた。
開店と同時に入ったこともあり、俺たちが一番乗りだったが、しばらくすると一人の若い女性が入ってきた。おそらくロシア系だろう。淡いグレーのライダースーツに身を包み、小柄で少女のような見た目だ。
朝ごはんのメニューはカザフ式か韓国式の二択で、カザフ式は揚げパンに羊肉スープとミルクティ、韓国式は鶏肉のおかゆだ。
店内の音楽もそうだが、ソ連時代に朝鮮系ロシア人が中央アジアに強制移住させられた名残を感じる。
ソ連崩壊後は韓国系企業が進出し、韓国が深刻な少子化時代を迎えてからは朝鮮系を中心に中央アジアからの移民を積極的に受け入れ、最近でも統一を果たした韓国が安全保障上の理由から中央アジア諸国と関係を深めている。
1990年代から中央アジア諸国とはかかわりの深い韓国だが、最近は特に存在感が大きい。
朝鮮半島の南北統一もそうだが、いくつかの大きな国同士の小競り合いや敵対国の内戦に乗じた国境線の変化、混乱に乗じて国境付近の国々が独立して緩衝地帯と化すなど、ユーラシア大陸の状況は目まぐるしく変わっている。
そのため、大陸での影響力を大きくすることで韓国の立場を守り、周辺国からの侵略をけん制しようという思惑があるのだろう。
統一韓国のこの動きは、俺たちの帰路にも大きな影響を与えている。
「アスタナに到着した後はどうしよう。ディアナは大使館に保護してもらっていずれ日本に帰国するとしても、問題は俺たちだ。」
現在、別行動をとっているイラさんも含めて俺たちは日本へ戻るつもりでいる。
鉄道、飛行機、長距離バス、いずれの交通手段をとったとしても絶対に安全なルートというのがない。国境付近では様々な勢力の武装集団が跋扈して散発的に紛争が勃発して通行止めや飛行禁止区域が発生するためだ。
唯一、確実に安全なのは大気圏を抜けて目的地まで到着する超高額な超音速機くらいだろう。
だが空港を使うのは避けたい。数が少なく、スクリニク夫妻の影響が及びやすいからだ。
ディアナは紙のように薄いパネルを広げ、地図を映し出す。
「比較的安全なのが陸路でウイグルやモンゴルを抜けて韓国へ行く方法よね。問題は朝鮮半島の手前にある極東沿岸諸国よ。」
ロシア、統一韓国、中国と国境を接するこの地域は常に緊張状態にある。
俺たちが考えあぐねていると、店内に後から入ってきた女の子がつかつかと俺たちのテーブルによって来た。
「旅行の方ですか?」
流ちょうな日本語だ。
プラチナブロンドに吸い込まれるような青い眼、透き通るような白い肌。
小柄であることを除けば、やけに整い過ぎた美しすぎる造形だ。
かと言って整形のような作り物感はない。
「あなたの方こそ、何者?私と同じデザイナーベビーでしょ。」
ディアナが言い放つ。
「私のこと、知っていて近づいてきたでしょ?」
すると女の子はフフッと笑っていった。
「話しが早くていいわ。私はホワイトフォックス。あなたの両親に雇われたバウンティハンターよ。単刀直入に言う。あなた、私に捕まってスクリニク夫妻のところまで一緒に来て頂戴。」
一同にさっと緊張が走る。
俺はディアナを庇う様に前に出て、丸山は店内にこの女の子の仲間が潜んでいないかきょろきょろと見回し、立石は周囲を見回りに店の外へ出た。
さすがにこんな小さな女の子が単独で行動を起こすとは考えづらい。
「あーら、警戒しなくていいのに。私のほかには誰もいないわよ。」
「そんなこと言って油断させるつもりだろ?だまされるか!」
ディアナを背中に庇いながら俺はホワイトフォックスを睨みつける。
だがちょうど店内に戻って来た立石が拍子抜けしたように言った。
「どうやら本当にその子、一人だけみたいですよ。」
ホワイトフォックスは不敵な笑みを浮かべる。
「だって一人だけで十分なんだもの。」
そう言うが早いが、俺に正面から突進してきた。
俺はとっさに守りの姿勢に入るが、次の瞬間、がら空きのわきに回って一撃を喰らわされ、あっという間にディアナをさらわれてしまった。
動きがキレッキレだ。
「甘いわね。」
ディアナを確保したホワイトフォックスはいつの間にか取り出していた拳銃を構えている。
俺は深く息を吸って吐いた。ここは落ち着いて交渉するべきだ。
「あんたもデザイナーベビーだろ?なんでバウンティハンターなんて危ない真似をしているんだ。ほかにいくらでもいい仕事につけるだろうに。」
「スリルジャンキーなの。」
「親御さんが心配しているぞ。」
「そんなわけないでしょ。あの人たち、私なんかに関心ないもの。」
ホワイトフォックスはフンっと笑うとダイアナを連れて扉の方へゆっくりと後ずさる。
俺は対話の糸口を探る。
「ディアナと同じだな。その子の親も似たようなもんだ。子供に関心がない。」
「だから?」
「あんたと似たような境遇だ。その子を自由にしてやろうとは思わないのか?」
「思うわよ。でもね、このまま彼女を自由にしてどうするの?彼女はまだ子供。保護者が必要でしょ?」
ゆっくりとドアノブに手をかけながらホワイトフォックスは続ける。
「私は自分に納得のいかない依頼は受けない主義よ。この子が両親のもとに戻るのはベストではないけど、少なくとも保護者不在のまま、危険にさらされるよりはずっといいでしょ?」
ドアを用心深く開きながら、じりじりと外へ出る。
俺たちは距離を取ったまま、近づく機会をうかがうことしかできない。
「その子は俺たちで守る!」
そう言い切れたらどんなに良かっただろう。
現実はホワイトフォックスの言うとおりだ。
常識的に考えて、ディアナとは何のつながりもない独身の男性が、保護者になることを名乗り出たところで、役所に受理される可能性は限りなく低い。
「せめてイラさんがいたら・・・ダメだ。彼女は日本国籍も永住権も持っていない。」
店の外に出たホワイトフォックスは、二人乗りの空飛ぶバイクにディアナを乗せ、拳銃を片手に持ったまま自分も飛び乗る。
バイクが今まさに飛び立とうとするその時、「待った!」という声が聞こえ、上空から一台の空飛ぶ車が下りてきた。
「何よ!」
憤然として見上げたホワイトフォックスだが、車体のナンバープレートが外交官ナンバーであることに気づくと、おとなしくバイクを止めて降りた。
空飛ぶ警察車両が着地すると、中から見覚えのあるおかっぱ頭の眼鏡ともう一人、黒服の女性が下りてきた。
おかっぱ頭はもちろん、黒岩教授だ。
「おや皆さん、お久しぶり。」
俺たちをちらっと一瞥してそういうと、ホワイトフォックスの方に向き直る。
「あなたも久しぶりだね。残念だけど今は思い出に浸っている時間はない。」
ホワイトフォックスは悔しそうな顔だ。
「あんたが来たってことは、日本政府が動いているのね。」
「ご名答。」
落ち着き払って教授は答えた。
黒岩教授との会話が終わるや否や、ホワイトフォックスはどこかへ連絡を入れた。
「契約締結時から条件が変わったわ。契約は解除する。」
それだけ言うと、さっさと一人でバイクに乗り込んだ。
「あーあ、せっかくのもうけ話しがパーだわ。」
バイクはすうーっと垂直に上がると、そのままものすごい勢いでどこかへ飛んで行った。
「それでは我々も。」
外交官ナンバーの空飛ぶ車も、黒岩教授と黒服の女性を残すと、飛び立っていった。
あまりの急展開についていけず、呆気に取られている俺たちに、黒岩教授は「立ちばなしもなんだからお店の中に入りましょう。」と、俺たちを店内へ促す。
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話しはホワイトフォックス襲撃の数時間前にさかのぼる。
場所は東京の首相官邸。
一人の長身の白人男性が透明な壁のスクリーンに映し出されたメッセージを確認している。
ハンサムな老紳士然とした紅小路長久、帰化前の英国名ライオネル・ブレイクニーは、スクリニク夫妻からの返信メッセージを一瞥して鼻を鳴らした。
「おやおや、こちらがわざわざ親切に、それも私から直々に、一か月も前に事前通告したというのに、今頃になって返答か。残念、もう時間切れだ。」
ディアナが誘拐されてからというものの、日本で養子となったデザイナーベビーや戦災孤児の間で不安が広がっていて、政府としても無視できない状況になっていた。
日本政府の対応は迅速だった。
孤児や養子たちがこれまで以上に安心して暮らせるよう、一度親権を捨てた親族や実の両親が正当な理由なしに親権の再請求ができないように法律の抜け道をふさいだのだ。
「とはいえ、あの夫婦がこのままおとなしく引き下がるとは思えん。こちらでも対策を打っておかねばな。」
首相はそう言ってスマートグラスを身に着け、通話を始めた。
「教授、私だ。ああ、もう現地に向かったのか。話しが早くて助かる。では頼むよ。」
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「ということで、我々が月宮ディアナさんを保護することになりました。」
レストランに戻って残った朝食を平らげながら、俺たちは黒岩教授の説明を聞いていた。
教授は黒服の女性と一緒に注文したお茶を飲んでいる。
女性にはどこか見覚えがあるが、思い出せない。
すると、女性の方から口を開いた。
「お久しぶり、横井さん。」
「えーっと・・・。」
「三年前の「相模原農園闘争事件」以来かしら。」
あまり思い出したくない出来事だ。
この女性は刑事で名前は確か・・・。
「佐竹よ。」
以前に取調室で会った時には俺と同年代で年相応の見た目をしていたが、彼女もまた若返っている。
「あれ?佐竹さん、知り合いだったの?」
不思議そうに聞く教授に対し佐竹は「ちょっとね。」とはぐらかす。
「それはそうと、月宮ディアナを保護するってことはこれから大使館に連れて行くの?それとも政府専用機か何かで直接日本へ向かうの。」
どちらにしろ、安全は確保されそうだ。そう思ったのも束の間だった。
「いいえ、これから陸路と海路で日本へ向かいます。」
「なんでわざわざ?」
「大陸はどこも内戦中。ここから日本へ飛行機で安全に飛ぼうとしたら大気圏を一度出て再突入できる超音速機くらいしかない。でもそれが発着できる飛行場は限られている。」
「しかもその数少ない飛行場はトゥインクル社の管轄で政府も手出しできない。」
なるほど。そういうことか。
「また無人タクシー乗り継ぎの旅か・・・。」
丸山がため息をつくと、佐竹はあきれたように言った。
「あんた達ねえ、無人タクシーを乗り継いでアスタナへ行くつもりかもしれないけど、甘いわよ。無人運転車両が途中の道で故障したらどうするつもりよ。」
言われてみればごもっともである。
一応、無人タクシーは現地の気候に合った車両が使われてはいるが、それでもオフロード仕様の内燃機関の車に比べたら故障は多い。
故障する確率の数値だけ見たら「用心するに越したことはない」「気にし過ぎ」と意見が分かれそうではあるが、実際にステップのど真ん中で故障したら命にかかわる。
そして広大な国土を抱えるこの国では人のいない場所での非常事態に対処できない場合がある。
「それで、どうやって日本まで行くんだ?」
「鉄道を使う。」
鉄道で首都のアスタナか昔の首都アルマトイまで行けば大陸を横断する特急に乗ることができる。
「でもバイコヌールでは列車が遅延していつ到着するかもわからない状態だったぞ。」
俺の疑問に返答したのは佐竹だった。
「心配ないわ。鉄道会社と交渉して、ちょうどこの辺を通り予定の貨物列車に乗せてもらえることになったの。」
この人は刑事で公安関係の仕事をしているはずだ。そんな交渉までするのか。
「アルマトイまで行けば韓国の鉄道会社が所有する特急が使える。武装した軍人も乗り込んでいるから、極東沿岸諸国の国境越えも安心だ。」
「あー、あの南ま・・・。」
おっと丸山、それ以上は禁句だ。




