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不遇の氷河期世代がディストピアな未来で若返ったから人生リベンジしてみた  作者: きぬた やじお


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8. バイコヌールの夜は更けゆく2

 バイコヌール新市街、通称「ザ・ライン・バイコヌール」。

 街角に新設された高級ホテルの一室で、一組の夫婦が夜景を眺めていた。


 街中を走りぬけるモノレールは五分間隔で一日中、音もたてずに走り続けている。街の外壁はペブロスカイト太陽光発電パネルで覆われ、街の外では巨大な風力発電機がプロペラを回している。


「首尾よくダイアナを回収できたわね。」

「ああ、明日の今頃は我々と一緒にナイロビで他の兄弟たちと合流していることだろう。」


 二人はグラスで乾杯を交わす。


 夫婦ともに小麦色の肌を持ち、細くて締まった体をしている。バカンスやジムに行く余裕のある富裕層と一目でわかる。加えて妻の方はアンチエイジングで無駄に若々しい。


「あのゲイカップルにダイアナは任せておけないからね。せっかく月へ移住できたというのに、離婚して日本に戻るんですって!信じられない!あの国は富裕層でさえデザイナーベビーより自然に生まれた子供の方が多いのよ!」


 彼らは富裕層の中でもデザイナーベビーこそが次世代の人類で他は認めない、という過激派だ。少子化問題を解決し、宇宙時代へ向けて優秀な遺伝子を持った者だけが生き残るべきだと考えているのだ。


「ああ、全くだ。私たちのダイアナがそんな子供たちと一緒になったらと思うとぞっとする。しかもあの国では出生率がわずかとはいえ増えているらしいな。」

「なんですって?優秀なデザイナーベビーならともかく、平凡な子供で二酸化炭素が増えるなんて無駄もいいところだわ!ただでさえ邪魔な老人や重度障碍者を安楽死させずに働かせているのに。」


 妻は軽蔑したように言い放つ。


 今は多くの国で安楽死が合法化されている。「手遅れ」になった老人や病人だけではなく、そのはるか手前、例えば認知症の初期段階や慢性的な疾患で生活に支障はないけど治療費が負担になる、などの理由でも、本人の希望があれば適用されてしまう。

 安楽死を推進することで生産人口のバランスを保ち、納税者の負担を減らそうという考えだ。

 日本でも一応、合法化はされているのだが、とにかく適用の基準が厳しい。

 こうした日本の方針は国内外での評価も分かれ、どんな人にも生きる権利を与え人道的だと肯定的にとらえる意見と、本来であれば何もできないはずの人々を働かせ搾取して非人道的だという否定的な意見に二分されている。


 夜景の見える窓は一部がスクリーンになっていてニュースが流れており、アルプス山脈で水源地を保全する活動や、ヨーロッパの平地で土壌を痩せさせないための取り組みを映し出している。

 夫婦はそれさえも軽蔑している様子だ。


「無駄ねえ。人類が地球を離れて居住に適した他の惑星を見つけて移り住めば、いいだけの話しじゃない。地球から人類が移住して何百年、何千年も経てば嫌でも地球環境は回復するでしょうに。」


 一度、人間が自然を変えてしまった場所は元の自然には戻らない。せいぜい二次的自然として人の手を加え続けなければいけないが、世界の人口が減り経済も縮小しつつある今、人間にできることは限られている。

 一層のこと、人類が地上からいなくなった方が早い。


「それにしても私たち、いつになったらビバリーヒルズに戻ることができるの?内戦はもう終わったんでしょ?」

「まだ復興の途上だからな。それに太平洋やアフリカに分散して疎開させている事業をアメリカに戻すのも時間がかかる。まあ、そう慌てることはない。」


 ロシア、ブラジル、中国、インド、アメリカ。大国と呼ばれる国は近年はどこも内戦や隣国との小競り合いが続いている。

 内戦を避ける意味でこれらの国からカナダ、オーストラリアやニュージーランドなどに本社を移す企業が後を絶たない。よい場所はいつでも取り合いだ。やや地政学リスクに劣るものの、都市機能の充実した東京や大阪も人気だ。

 太平洋地域以外では成長著しいアフリカ諸国への投資が盛んだ。地球の資源が枯渇しつつある今、鉱山開発や化石燃料、化学肥料の使用制限が比較的緩く、若年人口も多いアフリカは人気が高い。


 突如、ニュースを映していたモニターが通信に切り替わり、日本の首相官邸からメッセージを受信したことを知らせた。妻はフンっと鼻を鳴らす。


「一月前からしつこく連絡が来ているのよ。うるさいわねえ。どうせ大した用事ではないでしょう。」


 夫婦にとって、どの国のトップであろうと、消えゆく古い体制の時代遅れの権威でしかなく、手駒として使えるうちは使っておこうという程度の存在である。だが今の日本の首相は思い通りにならない忌々しい存在である。

 英国から帰化した貴族だか何だか知らないが、いい気になっているのも今のうちだ。


 バイコヌールの夜は白々と更けゆく。

 空港から積み込む予定だった「貨物」が紛失したという連絡が入り、夫婦が血相を変えて買収した係員を問い詰めるのはそれから数時間後のことである。

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