7. バイコヌールの夜は更け行く
「じゃああなたたち、あの時に私を助けてくれた人たちなの?それで緊急手術で若返って、手続きのためにここにいるってわけね。」
さすが高IQで14歳にしてすでに修士を取得しているデザイナーベビー。理解が早くて助かる。
容姿端麗。頭脳明晰。才色兼備。
実の両親は一体、この子の何が気に入らなくて捨てたのだろうか。まあ、親権を取り返そうとしているくらいだから、手放したことを後悔しているのは確かだ。
「あなたたちが助けてくれた後に実の両親が育ての両親のところにやって来て、誰が私を引き取るかでもめていたの。それで離婚しそうな育ての両親二人と実の両親で三つ巴になって収集が付かなくなって、実の両親は私をこっそり連れ出して睡眠薬を飲ませて、ちょうど貨物で運ばれていた酸素カプセルの中に私を隠し入れて、月から地球へ連れてきたってわけ。」
酸素カプセルなら運んでいる間にスイッチを入れておけば少なくとも死ぬことはない。わざわざ他人の私物を使ったのは、月での荷物の搬入搬出が極端に制限されているせいだ。
地球に到着したらわいろを握らせた係員を使って実質フリーパス状態のVIP向け貨物にしれっと紛れ込ませて、表向きはロストバゲージ扱いにすれば不自然ではない。
「この場合、どこに届け出たらいいのか?大使館?警察?」
「まあ、日本大使館でしょうね。どっちにしてももう遅い時間だから対応してくれるかわからないわ。とりあえずホテルにチェックインしましょう。」
イラさんはお疲れのようだ。
すると立石が言いにくそうに切り出す。
「あの・・・そのことなんですけど、空港のホテルが予約でいっぱいみたいで・・・。」
「うそ!!」
絶望するイラさん。
そうだろうな。俺や「おまいら」コンビなんかはその辺のベンチでも寝ることができるが、女性と子供にはお勧めできない。
イラさんとは対照的にディアナは落ち着き払っていた。
「私に任せて。いい案があるの。とりあえずタクシーに乗りましょ。」
ここはひとつ、この天才児に任せてみるとしよう。
深夜だが、幸いにもまだ一台、タクシー乗り場に残っていた。自動運転の無人タクシーだ。
5人で乗り込むと、タクシーはゆるゆると空港を離れ、サウジアラビアの「ザ・ライン」をモデルにした、バイコヌール新市街の方へ向かって走り出した。
「おいおい、さすがに新市街のホテルは今からチェックインできないだろう。」
そう思っていたが、新市街の手前でタクシーは別の方向へ曲がった。
俺たちが不思議に思っていると、タクシーは新市街の郊外で止まる。
何もない、砂漠のようなところだ。
そう思ったが、タクシーを降りるといくつかのユルト(遊牧民のテント)が並んでいることに気が付いた。地面にはランプが置かれていて、幻想的に足元の道とユルトを照らしている。
「ここはね、会員制ホテルなの。さっき連絡を入れておいて男女別に二部屋、予約しておいたよ。」
噂には聞いたことがある。
富裕層向けの会員制ホテルだ。中央アジアのユルトだけではなくいろんな場所でいろんなタイプのホテルが展開されている。ユルトの外見は高級ホテルにしては地味、と言っては何だが、普通のユルトで華々しさはない。
そう思って客室に通されたら、内装の豪華さに圧倒された。
「うわあ、高そうなじゅうたんが、床にも壁にも!!」
「エキゾチックですねえ!」
丸山と立石が感嘆する。
俺も同感だ。唐草に似た文様や八角形の模様のじゅうたんに囲まれ、まるで遊牧民のテントに招かれたような感覚だ。
天窓からは満天の星空、壁の窓からは遠くに新市街の夜景が見える。
「テンション上がるぅ!」
「おまいら」コンビは大はしゃぎである。
もちろん、別行動中のイラさんの機嫌もすっかり良くなったようで、室内やら、夜間営業のホテルバーやら、ひっきりなしに写真を送ってきている。
彼女立ちの部屋の内部は女性向けにやわらかい内装になっていた。絨毯も小鳥や草花のモチーフで、色合いも優しいものだ。
会員制の高級ホテルなのでバストイレも清潔できれいだ。
せっかく人気VRアイドルである月宮ディアナのご厚意で泊めてもらっているから、思う存分高級ホテルを満喫したいところだが、残念ながらプールも民族楽器を生演奏してくれるレストランも、砂漠をバギーで駆け巡るアクティビティも営業時間外。
イラさんをまねてバーにでも出かけようと思っていたら、丸山が備え付けのモニターの前で目をキラキラ輝かせている。
「横井氏。すげえよ。昔のドラマやアニメが規制なしで見れるの。やっぱ高級ホテルはサービスが違うね。」
せっかく高級ホテルに泊まっているのにレトロアニメの鑑賞かよ!
そうも思ったが案外、部屋にこもるのも悪くない。
俺たちはルームサービスを頼むと懐かしのアニメを見ることにした。
「そうと決まったら何のアニメを見る?テレビ版のエヴァンゲリオンは外せないでしょ。」
「ええ?あれは途中まではよかったですが、最後がねえ。それよりシティハンターがいいですよ。」
「俺は銀魂。」
全く意見がまとまらない。
俺たちがワイワイやっていると、ほろ酔い加減のイラさんがディアナを連れてやってきた。
「来ちゃったぁ。」
「へぇ、私たちの部屋とはちょっと違うのね。」
ディアナはきょろきょろと部屋の中を見回して感心している。
イラさんはモニターを見て俺たちがアニメを見ようとしていたことに気が付いたようだ。
「えー何なに。レトロアニメを見ようとしていたのね。私も見たいのあるー。何だっけあの、日本の中学生みたいな格好の女の子が「月に変わってお仕置きよ」っていう・・・。」
「セーラームーン!」
「懐かしい!」
「何それ?」
「とにかく見てみなよ、面白いから!」
こうして無事、見るものも決まり、俺たちは疲れも忘れて明け方まではしゃいでいたのであった。




