6. バイコヌール珍道中~行きはよいよい
いいニュースと悪いニュースがある。
いいニュースから言おう。
バイコヌール行きの便は貨物便に乗せてもらえることになったので、安く済みそうだ。超音速機はまだ運用機数が少ないため、旅客機だけでなく交渉すれば貨物機に乗せてもらうことも可能だ。この点は交渉してくれたイラさんに感謝だ。
悪いニュースは、その貨物機が調布空港から出発するということである。何しろ超音速機が発着できる飛行場が限られているうえ、羽田空港では普通の飛行機と常に滑走路を取り合っているのだ。調布までは遠いので、空港までのタクシー代が高くついてしまう。
「無人タクシーを使って料金を四人で分けたらそんなに高くないわよ。」
「無人タクシー?水陸両用車じゃないとこの辺からの移動は無理じゃない?」
「心配ないわよ。病院からは決まった時間に道を敷いてくれるから。」
海に囲まれている病院から定期的に、高架道路や陸地につながる桟橋のような道が引かれる。
そんなわけで常に残高を気にする人生を送ってきた俺は、一連の急な出費にひやひやしながらバイコヌールへ向かった。
「そんな気にすることないですよ。退職金やお見舞金も入ったことですし。」
立石は楽観的だが、今の俺たちは無職だ。
「あのなあ、氷河期世代が失職するのはほかの世代とは意味が違うんだぜ。」
「え?俺たち若返ったんだよ。どうにでもなりそうじゃない?」
丸山ものんきそうだ。
すっかり人生二周目に入った気でいるけど、この状況、新しい人生を始めるというより、今までの人生の延長戦と言った方がしっくりくる。
若返ったからと言って油断はできない。俺たちはこれまでの人生の中、一度だってまともな待遇で働けた試しがないのだ。
調布へ向かう車中、イラさんは興味深そうに車窓の外を見ていた。人口が減った日本ではかつてのような広範囲でのインフラの維持は困難になってしまったので、鉄道や道路など交通の要所を中心に町が整備されている。
途中、かつて住んだことがある場所を通り過ぎたが、住んでいた一区画ごと取り壊されて無くなっていた。
郊外へ行けば行くほど緑地や湿地が増え、その間に隠れるように3Dプリンターハウスコミュニティや簡易な建物が並ぶ公営借地が姿を見せる。
前者は中所得者、後者は低所得者の住宅地だ。
俺たちの目線だとしょぼいことこの上ないが、イラさんは違った。
「やっぱり日本はインフラが強いのね。縮小したとはいえ。インドでは結局、都市化にインフラ整備が追い付かなかったから、ドローンやバイオマスのほうが発達しちゃった。」
随分と感心した様子だが、俺たちに言わせたらムンバイやバンガロールといったインドの大都市のほうがよっぽどすごい。
かの国では超高層ビルの上に空中庭園を造り、かつての大気汚染のイメージを完全に払しょくしている。確かに都市の成長にインフラ整備が追い付いていないが、その代わり雨水をろ過して生活用水に利用したり、建物ごとに浄化槽を設けて生ごみやし尿をバイオマス発電に利用したり再生リンを作り出す、といった技術が発達した。
道路が整備されていないのも何のその、わざわざ地面まで降りなくてもドローンやモノレールで都市の内部を移動できてしまう。インドの自動車メーカーは自国メーカーも外資も、今では空飛ぶ車に注力しているくらいである。
まさにエコとハイテクの塊。
翻って無人タクシーが走る東京郊外はスクラップアンドビルドを前提とした再生コンクリートの3Dプリンターハウスコミュニティが駅前に点在し、電動オート三輪が走り回り、コミュニティの周りは公園やビオトープなどいろいろな庭園が取り巻いている。
緑地や湿地が多いのは環境面の配慮もあるが、人口減少による土地余りを有効活用するための苦肉の策だ。子供が安全に遊べたり、老人の憩いの場としての、会員制の庭園や市民農園として運営しているのは、もはや税金だけでは公園や街路樹を維持できなくなったからに他ならない。
俺たちがいた海洋建築の地区だって、インドの空中都市に比べたら随分と小ぢんまりとしたもので、どうしても絵面が地味になってしまう。
だが東京のほうがインドの大都市に比べて住環境はよいといえば、よい。
煌びやかさは控えめでも格差は小さい。格差の大きいインドの空中都市は、下層に行けば行くほど住環境が悪化して、住民も低カーストの人々が多くなる。カースト制度が廃止されて一世紀経つのに、未だにこの種の問題は根強く残っている。
お互い、隣の芝生は何とやら、だ。
庭園に囲まれた3Dプリンターハウスコミュニティはイラさんにとっては珍しくても、俺たちにとっては見慣れた光景である。暇を持て余してニュースをチェックし始めた。
まず目に留まったのは、「氷河期世代若返り政策」の見出し。
記事にざっと目を通したところ、当初、富裕層向けを目論んでいた若返り手術だが、より安価で簡易な方法が見つかった。
俺たちに施された臨床試験がどうもそれだったらしい。
そこで今までガジェット頼みだった障碍者や老人に適用させた方が、膨れ上がった医療福費用を削減する意味でも、労働力不足を補う意味でも、税収を増やす意味でも、効果的だという結論に達したのだ。
「また非正規雇用のループだとか、スキマバイトだとか、安く使い倒すつもりじゃないだろうな。」
そう思ったが、エッセンシャルワーカーや農業、熟練工を育成する方向らしい。
それはそれで心配だ。
俺たち氷河期世代に多いのは文系ホワイトカラー。
人手不足なのはブルーカラーの肉体労働が多い。パワードスーツや機器の遠隔操作により、昔に比べきつくはないし、待遇も非正規ホワイトカラーよりましだと頭で分かってはいても、抵抗感は大きいのではないか。
読み終わって別の記事を読もうとすると、「月宮ディアナ誘拐か」の見出しが躍る。
「おいおい、あの事件はもう何か月も前のことだぜ。」
あきれて記事を開くと、つい最近、二度目の誘拐事件が起きたというではないか。
「まじかよ、月面ドームシティのセキュリティはどうなっているんだ?」
記事によると、前回の誘拐劇は、アメリカ基地からの逃亡者が起こした計画性のないものだったという。
今回はかなり計画的に行われており、憶測でしかないが、おそらく、かなりの有力者であるという、ディアナの実の両親が裏で糸を引いているようだ。
なるほど、政財界に影響力の大きい力を持つものであれば、強引にどうにかできてしまうという事もある。
そして彼女は行方不明になって一週間。まだ見つかっておらず、手がかりすらない。
一度、彼女を助けた身としては無事でいてほしい。
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調布空港からバイコヌールは四時間ほどのフライトだった。位置的にはカザフスタン国内だが二年後の2050年までロシアの租借地となっている。中央アジアは砂漠や草原の多い厳しい気候ではあるが、今でも比較的出生率が高く人口が増え続けている地域でもある。成長を続ける都市の新しくできた区画はサウジアラビアの「ザ・ライン」のような、町全体が巨大な構造物になっている。ある意味、シェルターですっぽり覆われた月面ドームシティに似ている。
日本に緊急搬送された俺たちは丸一日かけて山ほど面倒くさい手続きを終わらせなければいけなかった。インド国籍で第三国である日本に搬送され、かつ月面から荷物を引き取ることになったイラさんはさらに面倒くさい手続きが待っていた。
手続きの間、食事も水分補給もあらかじめ自分で持ってきたもの以外は口にできず、トイレも監視付きだ。
到着は早朝だったのに、全員の手続きが終わるまでには深夜になっていた。今からチェックインできる宿は空港ホテルくらいだ。(また出費がかさむ・・・。)
到着ロビーはがらんとしていて、つい先ほど、月からの最終便が到着したようだ。遅い時間の到着ということもあって旅客もまばらで、ターンテーブルの荷物も少ない。
ロビーの横をすり抜けて外に出ようとすると、自動走行の荷物カートが俺たちの横をすり抜けた。大きな美容器兼用の酸素カプセルを積んでいる。イラさんが持っていたものと同じ型だ。
「危ないなあ。」
センサーで人や障害物を察知してよけられるとはいえ、間違いがないとは言い切れない。ましてそこそこの大きさと重さがある酸素カプセルが人にぶつかったら大ごとだ。
だがカプセルを見たイラさんの顔色がさっと変わった。
「待って!あれ、私の酸素カプセルだわ!」
「え?!」
「まさか!」
同じ型とはいえさすがにイラさんのものではないだろう。
「あれ、特注品だから、同じものはないはずなの。」
いうが早いが、イラさんは荷物カートを追いかけだした。
カートが向かう先はVIP搭乗口。おそらく明朝に出発するプライベートジェットにでも載せるのだろうが、搭乗口を超えてしまうと取り戻すことは困難だ。
これは面倒なことになった、と思いつつ、俺たちも追いかける。
若返っただけあって、さすがに体が軽い。
あっという間にカートに追いつくと、何とか四人がかりで止めることができた。
「・・・っつ。意外に重いな。」
通常、カプセルはそれなりの重量があるとはいえ、中に人がいなければ大人が二人もいれば持ち上げることができる。
「見て!誰か中に人がいる!」
ガラス越しでよく見えないが、よく見ると確かに人がいる。目は閉じているようだ。イラさんは手慣れた様子で操作してカプセルの扉を開く。
中から出てきたのは、あの時のあどけなさの残る顔。赤い髪、小麦色の肌。
「月宮ディアナ!」
抱きかかえて外に出すと、まぶしそうな顔をして、そしてゆっくりと目を開く。
自分を囲む四人の大人たちに気づくとややおびえた顔をしていたが、やがて不思議そうな表情に変わる。
「あなたたち、どこかで会わなかったっけ?助けてくれるの?」
俺たちは大きくうなずいた。
カザフスタンというと、ソ連時代やソ連崩壊後にできた無機質な街並みの印象がどうしても強くて、うちの国の建築家がすみません、という感想しかないです。




