5. 若返った氷河期世代+α
次に目が覚めた時、俺たちは病院のベッドの上にいた。丸山と立石は相変わらず寝ているようで、後頭部しか見えない。妙に黒々としてふさふさに見えるのは気のせいだろうか。
「あらショウ、目が覚めたのね。」
聞き覚えのある声。
イラさんだ。
心なしか、声のトーンが明るいようだ。
もう体を動かしてもよいようなので、ベッドから起き上がる。
「イラさん、なんか話すの久しぶりな気がする。」
「そうよ、一か月も寝ていたんだから。あ、私は一足早く二週間前に起きたんだけどね。」
「ふうん、やっぱり俺たちよりは若いから回復が早いんだな。」
そういってベッドに腰掛けながらイラさんの顔を見上げた俺は絶句した。
「え?!イラ・・・さん?」
目の前にいるのは確かにイラさんだ。
だが明らかに若い。若すぎる。女学生といっても通用するくらいには若い。
ついでにいうとララァとは違うタイプのかわいらしさがある。
「何びっくりしてんのよ。あなたも鏡を見たらどうなの?」
あきれたように言われて渡された手鏡で、自分の顔を見る。
十回くらい見返してしまった。
「俺も若返ってるじゃねえか!!」
どう見ても二十歳前後、下手したらそれより若いかもしれない。
「どうなっているんだ?!」
「新しい手術よ。何か月か前に日本の有名な学者が難病の手術で偶然若返って、その手術を応用したんだって。私たちはその手術の実験台ってところかしら。」
放射線嵐の日、宇宙船の発着所で出会ったおかっぱ頭の黒岩教授を思い出した。
偶然の産物である若返り治療を実用化して世界中の富裕層向けに展開する計画があることはその時に知ったが、まさか自分が若返るとは思わなかった。月面勤務の福利厚生には名ばかりの医療補助制度があり、実際には新薬の治験や新しい手術の体のいい実験台なのだが、今回はあたりを引いたようだ。
「若返りも万能ではないみたいよ。特に脳と生殖機能。」
脳の機能は回復できても、認知症などで失われた記憶は戻らない。男性も女性もまるっきり若いころのような生殖機能は戻らない。とはいっても女性の場合、閉経前に若返れば子供を持つこともできる。
そのためか、イラさんの両親は以前にもまして娘に結婚をせかすようになったそうだ。親御さんの気持ちを考えたらわからなくもない。
今のイラさんだったら引く手あまただと思うんだけどなあ。それを言ったらセクハラになるか。
「横井氏、やっと起きたの?」
「いつまでも目覚めないから心配しましたよ。」
ぞろぞろとやってくる丸山と立石。
当然、二人も若返っていた。若返ってもやっぱり「おまいら」だ。
「若返ったよ、俺たち。」
「これから何をしましょうか?やりたいことはたくさんあります。」
素直にワクワクしている二人がうらやましい。俺は正直、まだ戸惑いのほうが大きい。
「はいはい、おしゃべりはそこまで。手放しで喜んでもいられないのよ。」
イラさんはぱんぱんと手をたたく。
「私たち、緊急手術ということで、宇宙からの帰還手続きが保留になっているのよ。どういう意味か分かる?」
「ひょっとして到着地まで戻って手続きしまきゃいけないのか?!」
かなり面倒なことになった。到着地の宇宙基地が現在地の国内か近隣国だったらよいのだけど。
「ところで俺たちが今いるのは?」
「東京よ。最寄りの空港は羽田ね。」
「到着地は?」
「カザフスタンのバイコヌールよ。」
遠い。中央アジアじゃねえか。
アメリカよりましだが、それでも羽田からバイコヌールは遠い。
「なるべく安いルートを取りたいなあ。」
「何のんきなことを言っているの。こういう場合は到着地に直行するのが規則だから、車をチャーターして最寄りの空港まで行ってから超音速機を利用することになるのよ。」
超音速機か。
大気圏を抜けるので地球上のどこへでも数時間ほどあれば到着してしまう。
しかし、高い。
痛い出費だ。
「それとベティのやつ、私の私物もバイコヌールに送り付けたから回収しなくちゃいけないのよ。手続きも必要だし。もう、面倒くさいったらありゃしない。」
送ってくれるだけありがたいじゃないか。
次のバイコヌール行きの便は今からちょうど一週間後になる。それまではこの病院を出ることもできない。
せめて外の景色を見てみようと窓のほうへ行ってみる。
ここは病院の八階。窓の外を見下ろすと、地面にさざ波が立っているのが見える。東京の下町の川沿い、特に荒川など大きな川のそばは昔から浸水被害があったり、埋め立て地だと場所によっては震災時に液状化の被害がある。軟弱地盤の場所も多い。
人口が減りインフラ維持も困難になりつつある今、そういった場所は積極的に緑地や親水公園、はたまた干潟に変えられていった。場所によってはこの病院のように海洋建築物も建てられているのだ。
居住用の海洋建築には新興富裕層が好んで住んでいる。月面ドームシティもそうだが、この時代には、人が住みづらいような場所にあえて作られたような街に住むことが一種のステータスとなっているのだ。俺には理解できないが。
内陸部に目を向けると、震災や戦災より以前の東京都はすっかり様変わりしているのが見て取れる。木造住宅が密集していたような場所はあらかた再生コンクリートを利用した3Dプリンターハウスに置き換わってしまっている。意外にしぶとく残っているのが団地だ。
シンプルで頑丈な作りでメンテナンスも容易なので長く使う物件としては優秀なのだろう。
それにしても東京はいつだって変わり続けている。江戸だったころから大火や大地震による復興や寺社などの移動と埋め立てによる町の拡張を繰り返し、明治に入って首都になってからも関東大震災や大空襲でランドマークや街並みがなくなっては新しく作られ、高度経済成長期に交通網やビル群ができ、21世紀初頭には再開発が目白押しだった。もうこれは、宿命なのかもしれない。
若返った俺はこの変わり続ける東京に順応していくのだろうか。それとも単に時間の流れに逆行しているだけの存在となり果てるのだろうか。
感慨にふける俺をよそに、イラさんは日本語の勉強を始めたようだ。
「結構うまくなったでしょ?」
若いと吸収が早い。
数か月の病院滞在ですっかり日本が気に入ったらしい。彼女だったらこの変わり続ける街にも適応できるだろう。




