4. 襲撃された基地
ディアナとは言葉を交わす間もなく、月面都市からやって来た役人に連れられて行ってしまった。彼女にけがはないのか、両親とはどうなったのか、少し心配ではあるが、とりあえずは保護されたので一安心だ。
「お手柄だったわね、あなたたち!」
放射線警報が収束して基地に戻ると、イラさんは俺たち三人を前にして上機嫌だった。
危険を冒して月宮ディアナを救出したことで俺たちは表彰されていた。
体はズタボロ、当然、業務にも支障が出る。本来であれば表彰どころか減給されてもおかしくない。
しかし相手が巨万の富を築いて多数のスポンサーを抱えるVRアイドルであれば話しは別だ。この基地に対しても、俺たち三人にも、多額の見舞金が支払われることになった。
普段からイラさんに会っている俺と違い、同じ基地内にいるにもかかわらず初対面の丸山と立石の二人は緊張している。
「襲撃の犯人は遠くの基地から脱走した囚人だそうよ。もう捕まったから安心して。けがが治るまでゆっくり治療を受けるといいわ!よその基地から応援も呼んだから。」
随分と気前がいい。
「横井さん、いつもあんな美人とお話しできるんですか?うらやましいなあ。この基地の責任者だからてっきりトリウッド映画に出てくるようなごつい男だとばかり思っていましたよ。」
指令室を出た立石がぽろっともらす。この基地では女性はイラさん一人、40代とはいえ美人でスタイルも良い。だが数年にわたってあたりのきつい彼女と月面作業員の板挟みになっていると自分が役得だとは思えない。
「えー俺はガンダムに出てくるララァみたいなのが好みだけど。」
なかなか失礼な意見を述べる丸山。残念ながらニュータイプはこの基地にはいない。
「あーあ、当分は医療用カプセルの中か。治療中にVRゲームとかしちゃダメかな?」
「ダメだろ。」
そんなのんきな会話ができたのも低重力の中をふわふわと歩きながらエレベーターに向かっている時までだった。
「動くな!」
エレベータの扉が開いたとたん、いきなり覆面をした男に電子銃を突き付けられた。その背後には胸の辺りが黒焦げになって倒れているクマールの姿があった。生きているようには見えない。
次の瞬間、けたたましい警報音が鳴ったかと思うと、エレベーターの扉が閉じた。
「早くこっちへ!!」
指令室からイラさんが怒鳴り、俺たちは慌てて部屋の中に駆け込む。
壁のモニターは基地中の監視カメラからの映像を映し出していた。上の階では覆面をした数人の男たちが武器を手に歩き回っている。月面作業員たちはその多くが両手を上げて床に座っていた。何人かは床に倒れこんで動かない。おそらく逃げ出そうとして殺されたのだろう。月面作業員のうち凶悪犯たちは足輪を外されて自由に歩き回っている。
「どうなっているんですか?あいつらは何なんですか?」
立石は興奮して早口になっている。
「あいつら、アメリカの基地から逃げて月面に潜伏していた囚人たちよ!おそらく手持ちの空気や水が尽きたから、比較的警備の手薄なこの基地に攻め込んできた。」
アメリカが管理している月面基地から凶悪犯が脱走する話しは以前からよく聞いた。大抵の場合、月面で生き抜くための知識に乏しく、食料や酸素がなくなったり、気温が上がった時に避難できずに死んでしまう。だが中には知能犯もいて、空港や月面都市に運び込まれる空気や水や食料を奪取しながら何か月も生き延び、宇宙船に潜り込んで地球への帰還を果たすものまでいる。
「この基地にいる凶悪犯の中にもアメリカから送り込まれてきた奴が何人かいる。おそらく裏でつながって潜伏中の逃亡者が攻め込む手引きをしていた。」
説明しながらイラさんはずっと非常時用のアナログ装置を操作している。保安ロボの作動、他の基地への緊急救助要請、各区画の確認。上下階を行き来するエレベーターは手動でドアを閉じ、電源を落としたが、上の階にいた他の侵入者たちは非常階段につながる扉を壊して下へ降りてくるのが監視カメラで確認できた。
「ボディガードのアンドロイドは?」
「運が悪いことに修理中よ!」
「仕方ない!部屋中の家具を扉の前に集めろ!」
俺は怒鳴りながら酸素カプセルを持ち上げる。
「ちょっと!それ高かったのよ!」
「そんなこと言っている場合ですか!」
冷静に考えると75kgの酸素カプセルを軽々と持ち上げられる低重力下でバリケードを築いてもあまり意味はない。俺はよほどテンパっていたのだろう。
だがイラさんの酸素カプセルがおめおめと犠牲になる前に、扉は突破されてしまった。
「うわっ!!」
電子銃を食らって後ろに吹っ飛ぶ俺たち。だが侵入者たちの背後にはようやくやって来た保安ロボットの群れが見えた。
こいつらはいつも少し遅れてやってくる。ヒーローでも気取っているのだろうか。
「助かった・・・のか?」
そこでフッと意識が途切れた。
*********
次に目が覚めたのは医療用カプセルの中だった。外はよく見えないが空港へ向けて搬送されているらしいことは分かった。俺の前後にも運ばれているカプセルが見える。
カプセル上部には窓があり、液晶モニターも兼ねているのだが、俺が状況に気が付いてしばらくすると、「人事報告・負傷者の解雇」という通知が点滅した。
基地への襲撃により負傷したイラさん、丸山、立石、そして俺が、業務続行不可能とみなされ、解雇するとのことだ。尚、経緯が経緯なだけに退職金は上乗せしてくれるらしい。
ほかの作業員たちの多くは大した負傷もなく無事だったらしいが、残念ながらクマールとほか数名は脱走を図って亡くなったようだ。
それはそうと・・・。
「クソっ!労災は適用されねえのかよ!」
カプセルの中で悪態をついていると、突如、モニターはビデオ通話に切り替わり、スーパーサイズの黒人女性とつながった。アメリカが管理している隣の基地の責任者、ベティだ。
「ハァイ!目は覚めたみたいね。とは言ってもあんたたちはケガと放射線でボロボロ。地球に帰ったら日本で治療を受けることになるわ。しっかり治しなさいよね。イラの後任が来るまではあたしが兼任で二つの基地を管理することになるから安心しな!」
ビデオ通話は俺以外のイラさん、丸山、立石にもつながっているようだ。
「よりによってなんであんたが私の後任に!」
イラさんが舌打ちをする。彼女は一方的にベティをライバル視しているのだ。
「なんでって言われても、あたしゃ昔、LA市警にいたんだから。治安維持には適任でしょ?」
砕けた口調とは裏腹に、ベティは責任感が強く、そして見た目通り豪快でパワフルだ。警官を辞めた後、一念発起して月で仕事を見つけ、たたき上げで今の地位まで上り詰めた。
なるほど、彼女なら基地の二つどころか月全体を任せられそうだ。
「あたし、あんたの上司にいってやったの。やっぱり治安維持の問題もあるから、後任は私みたいな警察上がりか、軍の関係者にしておけって。」
ベティのいう事はごもっともだし、悪意は全くないのだろうが、イラさんのプライドをいたく傷つけたようで、「ちょっと!私が役立たずだって言いたいわけ?!」と切れ気味だ。
「落ち着いて、誰もそんなことは言っていない。いくらイラさんの仕事ぶりが優秀でも、治安維持という面では、今までの体制だと確かに無理があったんだから。」
「ショウまで私のことを否定するの!!」
「違うって!イラさんだって常々言ってたでしょ?こんな職場は私にふさわしくないって。」
フォローのつもりだったが、言った後に「しまった!」と思った。
案の定、ベティの方を見ると「へえ、こんな仕事、ねえ。」なんて真顔になって問い詰めモードになっている。
ああ、もう。ただでさえ電子銃にやられて体中が痛くて、放射線被ばくでボロボロだっていうのに!!
だがイラさんの怒りの矛先は再びベティへ向かう。
「大体、あんたの基地が囚人をちゃんと管理していないからこんなことになるんでしょ!!」
ベティもむっとして言い返す。
「失礼ね!囚人が逃げ出したのは別の基地よ!同じアメリカの基地だからって一緒にしないでほしいわ!」
そうこうしているうちに、いつの間にか俺たちは宇宙船まで「搬入」され終わっていたようだ。丸山と立石は暢気なことにこの騒ぎにも気づかずにずっと気を失ったままだ。うらやましい。
「それじゃああんたたち、元気でね。もう二度と会う事もないと思うけど。よい旅を!!幸運を祈るわ。バァイ!」
ベティはそれだけ言うとさっさと通信を切り、程なくして俺たちが「搬入」された宇宙船は月面を離れていった。
緊張感が解けると一気に睡魔が襲ってきて、俺は深い眠りについた。




