3. 誘拐
翌日、宇宙船の発着所へ立ち寄ったところで宇宙放射線に関する警告が出て、足止めを食らってしまった。この日は発着所にある障害物を取り除くため現場作業員の丸山と立石も一緒で、三人で一時的に宇宙船の発着所へ避難した。
建物は丸いドーム状で真ん中に広いスペースがあり、その周りを廊下がぐるっと囲んでいる。宇宙船の発着ロビーだけでなくバスの待合も兼ねているため、小さな空港位の広さはあるが、さすがにスペースが足りなくて人でごった返していた。
地球よりは重力の小さい月なので疲れないと思われがちだが、長期間にわたって生活をしている老人は体が慣れてしまっているので、座らないとつらい。空いている場所を探して大きめのテーブルで三人分の席を確保する。
同じテーブルには日本人女性の先客がいた。おかっぱ頭で老成した雰囲気を醸す少女のような年齢不詳の女性だ。
俺たちは軽く挨拶を交わすと席に座った。
女性はおかっぱ頭を軽く下げると、挨拶した。
「私、黒岩まどかと申します。」
「黒岩・・・ってあの古文書研究で有名な黒岩教授?!」
予想の斜め上を行く自己紹介に俺はびっくりする。
彼女は単なる古文書研究の大家というだけではなく、近代以前の古文書から得た知識をもとに、近年、政財界で大きな影響力を及ぼしている人物だ。
しかし俺が驚いたのはそこではない。
彼女は確か俺たちと同年代のはずだ。ニュースなどで目にした黒岩教授は年相応の見た目をしていた。
「ああ、私、最近になってとある難病で手術を受けたのですが、その副作用でこの見た目になりました。」
そういうと彼女は自身のリストバンドからテーブルの上にニュース記事を映し出した。
「黒岩教授、若返る。手術の副作用か。」
そんな見出しで始まる記事は、難病治療の新しい手術の実験台になった教授が、全身の組織細胞を部分的に培養した細胞と入れ替えたところ、若返ってしまったらしい。今後、この技術はアンチエイジングなどの分野での応用が期待されるとのことだ。
「ところで黒岩教授って、有名な人なの?」
怪訝そうに丸山が聞いてくる。
「有名も何も・・・大戦後の世界の流れを決めたキーパーソンの一人だよ。」
「ああ、そういえば十年位前から、世界の偉い人たちが昔にはなかったことをいろいろと始めてたな。一番いらないのは知的財産権の厳格化だったけど。あと大きな顔をしているパテント企業も。」
「黒岩教授の功績はむしろそのパテント企業からも見落とされがちな知的財産権を保護してきたところにあるんだけどな。世界中の学者と連携してこれからの時代に合った技術の開発を提唱して有名になったんだ。」
もともと、彼女の専門は古文書の研究だ。
世界大戦のあと、世界人口が予想より早く減り始めてしまい、環境問題も深刻化したので、人類はこれまで成長し続けることが前提だった経済活動を大幅に見直すこととなった。
人口が減った分、余った土地を人の手が入る前の状態にできるだけ近づける試みもなされたが、一度、人手が入った自然は人が管理し続けなければ継続しない。そのため、昔の人がどのように里山を管理していたか、またどんな植物を植えて商業活用していくのがよいか、などの計画を立てるために古文書研究が役に立つ、というわけだ。
それに加え、人口減少スピード以上の速さで、農業に適した土壌と安全な水、そして化学肥料の原料であるリン鉱石は失われていき、問題は深刻化する一方だ。
昔の治水工事や造林、開墾などに関する古文書から得た知識と、最新の技術を組み合わせ、国内で新しい治水や水処理の技術を開発して森林や海洋資源を回復させたのは、黒岩教授たちの功績だ。そればかりか海外にも技術提供をすることで利益を得ている。
「ふうん。よくわからないけど知財とはあんまり関係なさそうだね。」
丸山がこだわっている知的財産権は、近年、大きな利権と化している。
人口が減少すれば今までのように大量生産を続けても今までのようには売れない。加えて、農業用の土地や安全な水を確保しようとすれば、当然、鉱山開発などは以前に比べて厳しく規制される。世界中で続く紛争で大量輸送も困難になっている。
限りある資源を有効活用するために、従来の大量生産大量消費から、3Dプリンターによる都度生産が主流になった。
必要な機種の3Dプリンターと設計図、それに作りたいものの原料さえあれば出来てしまうので、企業だけでなく、個人や、町中の小さな3Dプリンター工場でも作ることができる。
だが、設計図を一回使用するごとに、3Dプリンターの利用料金に加えて知的財産権に対する支払いが生じるようになった。
今やあらゆる知的財産権は富を生み出す資産である。
そうして世界中で知的財産権の奪い合いが生じた結果、いくつかのパテント企業が独占するに至る。
そのせいかどうかわからないが「最近アニメやゲームの質が落ちたのはパテント企業のせいだ!」と、事あるごとに丸山が騒いでいる。
「しかし本当に若返ったんですねえ。」
立石は若返る前と後の教授の写真を見比べ、しきりに感心している。ああ、こいつはロリババアが好きだったな。
黒岩教授の話がひとしきり済んだところで、丸山と立石は聞かれもしないのに仕事のことを色々話し始めた。
「求人ではいいことばっかり言っていますけど、はっきり言って本気にしてここに来た人なんて一人もいませんよ。」
「そうそう、体に負担がかからないから高齢者でも働きやすいと言って、低重力下での体力低下や放射線被ばくはどうなんだって話し。」
「福利厚生完備って言ったってどうせ治験や臨床試験の実験台でしょ?って思ったら案の定で。しかも死んだあとも献体に回されるんですよ!ははは・・・。」
調子よく話すべらべらと話すこと、話すこと。
俺にしてみればいつも聞かされている話しなので話題を変えたい。
「教授はご旅行ですか?」
すると黒岩教授は抑揚のない声で「ええ、月面ドームシティから帰ってきたところなんですよ。」と答えた。
「観光と、ちょっとした調査を兼ねてね。夫が生きていたら一緒に行きたかったのですけどね。」
そういって見せてくれた写真の中で、夫らしき老人と若返る前の黒岩教授が肩を並べて初代ファミコンをプレイしている。後ろには孫なのか、女の子が顔を出している。
「夫婦でレトロゲームですか・・・。」
「なんか親近感わくな・・・。」
うらやましそうな立石と丸山。
甘いな、おまいら。
この黒岩夫婦は氷河期世代の真の勝者と言える。はっきり言ってそこら辺の薄っぺらな富裕層たちよりよっぽど勝ち組だ。
名声もあれば、頭脳もある。夫婦や子供、孫などの家族仲は良く、孫の代まで残る資産がある。派手さはないが、おれがもうちょっと人生を誤らなかったら同じ道を歩んでいたと思わせるくらいの幸せを、すべて持っている。
建物内の壁にはひっきりなしに宇宙天気図と警報が流れている。
合間合間に、短く流れるニュース。
ブラジルで収まりつつある地域紛争、アメリカからの要請で太平洋に駐留させている軍を縮小撤退させる日本と英連邦、シルクロード利権をめぐって三すくみ状態の統一韓国・モンゴル連合とトルコとイラン。
日本の新しい首相がまた失言をやらかしたというニュースも入って来た。
太平洋諸国に駐留していた日本軍を撤退させるよう圧力をかけるアメリカに対し、うっかり「盗人猛々しい。」と口走ってしまったのだ。
アメリカが内戦中だった時に時の米国政府からの要請で米軍の代わりに日本から軍を派遣させていたにも関わらず、今度は上から目線で撤退を要求。分からなくもないがこれはまずいだろう。
この人、帰化一世が国会議員になることを禁止する法律ができる直前に滑り込みで議員になった元イギリス人だ。しかも上流階級出身なので、何の得があってわざわざ日本に帰化したのか、不思議がられ怪しまれているような人だ。
もっとも彼の奥さんも日本の旧家か旧華族で、奥さんの実家に婿入りする形をとっているが。
これまでも何度か、日本の社会背景を理解していない発言で足をすくわれてきたにもかかわらず、政治家生命が途切れなかった不思議な人だ。アメリカに代わってイギリスが日本の重要なパートナーになったことも関係しているのだろう。
ちなみに現在のイギリス首相は日系人で、こちらはうって変わって英国民からの支持は高い。
ネット空間の90年代UKロック交流サイトで知り合ったイギリス人に「お前んところの首相をおれんところの首相と交換してくれ。」と言ったところ、「F**K!!」とだけ返って来た。余程嫌なようだ。
そんなニュースに混じって突如、「VRアイドルの月宮ディアナが行方不明に」というニュースが流れる。
「まじか?!」
みんな一斉に、ニュースに食いついた。
ニュースを要約すると、彼女の失踪の背景には複雑な家庭環境が絡んでいた。デザイナーベビーで養子で、育ての親は男性カップル。その二人が今、離婚の危機で親権を取り合って、横から一度彼女を捨てたはずの実の親がしゃしゃり出てきて親権を主張している。
ニュースの中では幸せそうな家族だったが、実態はそうでもないようだ。
放射線の警告はまだ消えない。
話しのネタも尽きてしまい、暇になってしまった。
立石と丸山は黒岩教授を相手にまた性懲りもなく「武勇伝」を披露している。
ドン引きするかと思ったが意外にも黒岩教授は小刻みに震えながら笑いをこらえていた。
宇宙船の発着所も放射線警報が出ている間は入り口が閉じてしまっている。もっとも作業員用出入り口は例外だが、さすがに俺もそこまでして外に出ようとは思わない。外側の廊下をぐるっと歩くだけにしておいた。
窓もほとんど閉じているが、入り口近くにある小さい窓だけ、外が見える。
何気なしにそちらの方を見ると、視界の隅に三人の宇宙服を着た人物が見えた。体格から推測するに二人は大人の男性、一人は少女で、少女を大人二人が無理やり引きずるような状態で建物や人気のない方へ引っ張っている。
どう見ても普通ではない。
すぐに近くの非常ボタンを押す。
「はい、どうされましたか?」
自分が身につけているスマートウォッチを通して通報先から事情を聞かれる。
無機質なAIの音声だ。
「南極宇宙船発着所の作業員用通用口付近で不審な人物を発見しました。成人男性とみられる二人組が少女を無理やり連れさろうとしているようです。」
「了解しました。すぐに警備ロボットを向かわせます。」
それだけ言うとAI音声は切れてしまった。しばらく待っているがロボットは到着しない。そうこうしているうちに二人組はいう事を聞かない少女に暴行を加え始める。
見ていられなくなった俺はヘルメットをかぶると作業員用の通用口から飛び出した。
低重力で、大気がないから音も聞こえない。宇宙服をきているからおそらく相手はヘルメットで視界は狭くなっている。
少女を殴るために足を止めている男たちに、俺は難なく追いついた。何も考えていなかった俺は、不意打ちのように二人の手を少女から振り払うまではよかったが、直後、相手の一人がハンマーを出してきたことに気づく。だがそれと同時に奴らの背後に立石と丸山が見えた。異変を察知して助太刀に来てくれたのだろう。
「グッジョブ!」
そう思ったのもつかの間、ハンマーを取り出した男とは別の男が立石たちに気づいて、空中回し蹴りコンボをお見舞いし、立石と丸山は黒い空へ吹っ飛ばされてしまった。
「役に立たねえ!!」
絶望するのと同時に俺の肩に鈍い痛みが走り、痛みで倒れこむ。
俺はバカだ。あのまま建物の中で助けを待てばよかったのだ。
その時、視界の遠く片隅に、警備ロボットがこちらへ向かってくるのが見えた。
「助かった!!」
誘拐犯の男たちは逃げていき、警備ロボットたちが後を追う。
俺は立ち上がり、少女のほうに駆け寄って手を差し伸べた。
顔を上げた少女の、ヘルメット越しのその顔を見て俺はハッとした。
月宮ディアナだった。




