10. 大陸横断鉄道
かつての首都だったアルマトイは南に標高約5000メートルのタルガル山がそびえ、その景観には圧倒される。
運行ダイヤなんてあってないような貨物列車で到着した俺たちは、のんびり観光する余裕もなく、アシガバート発、アルマトイ経由、釜山行きの特急「アジア・エクスプレス」に乗り込む。はるか昔に似たような名前の特急が中国東北部を走っていたような気がするが、たぶん気のせいだろう。
座席に着くとイラさんから連絡が入っていることに気が付いた。
「そっちは順調?私は荷物の件が片付いたから、これからインドを経由して日本へ行く予定よ。面倒くさいけど実家に顔を出さないとね。」
飛行ルートの安全性を心配したが、中央アジア諸国とイランの情勢は落ち着いており、普通の飛行機で飛んでも問題はないそうだ。
こっちはいろいろと状況が変わってしまったのだが、どう説明したものか。
とりあえず短く「アルマトイから鉄道に乗りました。詳しい事情とルートは身の安全のため伏せておきます。ひと段落着いたら連絡します。」とだけ返答した。
「あら、アスタナじゃないのね。まあいいわ。アルマトイにも領事館があるものね。じゃあ気を付けて。」
イラさんは勝手に納得してくれたようでホッとする。
黒岩教授たち女性陣はディアナとともに別の車両にいる。
「何かあったらすぐに連絡するから。」とは言われているが、正直、軍人も刑事もいるのに、何かあった時に俺ごときが役に立てる気がしない。
それにしても特急亜細亜号(言ってしまった・・・)の再来といわれるだけあって豪華な列車で、俺たち三人は二段ベッドが二台置かれている二等寝台車だが、寝心地は悪くなさそうだ。立石と丸山ははしゃいで写真を撮りまくっているが、情報漏洩のリスクも考えてSNSへの投稿やイラさんへの送信は控えるように言っておいた。
車内を巡回している軍人は韓国陸軍の軍服を着用しているが、見たところ朝鮮系中央アジア人やアフリカからの移民が多いようだ。
一時、人口減少で国家の存亡危機とまで言われていて、いち早くデザイナーベビーを導入した韓国ではあるが、デザイナーベビーもまだ成長していないので移民頼りの面もある。
乗客は韓国人ビジネス客が多く、廊下から見える別の個室ではスマートゴーグル越しに商談したり、薄型パネルで書類を作成したり、せわしない。
忙しそうにしている韓国人をしり目に「移動中くらい休めばいいのに」とばかりにラウンジ車両でお茶を飲んでいるのはカザフ人やモンゴル人だ。
これから一週間は列車の中である。かつて社畜だった俺は、末端業務のために深夜の薄汚れたオフィスにいるのではなく、清潔な車内でスマートに仕事をする韓国人ビジネスマンがうらやましいとさえ思える。一方でのんびりしているカザフ人やモンゴル人がうらやましくもある。
列車の壁の一部はテレビのようになっていて、ひっきりなしにCMが流れていて、様々なインフルエンサーが入れ代わり立ち代わり現れては韓国商品をアピールしている。
自然発生的なVRアイドル文化の日本に対し、韓国では国策としてインフルエンサーを起用している。周辺国での味方を増やすための影響力工作で、かつての韓流ブームと同じだ。なのでインフルエンサーは韓国人だけでなく、中央アジア系や極東のツングース系もいれば、日本から青田刈りで引き抜いたVRアイドルまで幅広い。
インフルエンサーの中でひときわ目立つのはパルクールで建物の間を飛び回るツングース系の女の子だ。長い手足をアピールするようなスポーティーな服装で、黒く長いツインテールと印象的な鋭い目つき。
だが次の停車駅で中国製品の広告にも彼女が起用されているのを見てしまった。利益相反にならないのだろうか。
ちょうど席に戻ってきた立石が俺の視線に気が付いて外の広告に目をやる。
「ああ、彼女、韓国インフルエンサー界では「裏切者」扱いなんですよ。」
「立石、韓国インフルエンサーにも詳しいのか?」
「いや、日本から韓国に引き抜かれた子たちしか知らないんですけどね。彼女も元は日本で活動していて、そのころの芸名はアザミ。極東沿岸諸国出身の戦災孤児で、ちょっと売れ出したころに韓国に引き抜かれて今では「アーティチョーク」と名乗っているんです。」
もともと日本で活動していたのか。全然知らなかった。
まあ、有名になり始めた段階で活動拠点を外国に移したのなら、知名度はまだそんなになかったのかもしれない。
「それで、「裏切者」っていうのは?中国の広告に起用されたからなのか?」
「まあ、単純に言えばそうなんですけど、背景はなかなか複雑でして。彼女が韓国でインフルエンサーとしての地位を確立したころ、彼女の親族を名乗る人たちが出てきましてね。おかしくなったのはそれからです。」
よくある話しだ。その親族とやらは彼女の後見人になることで彼女を搾取しているのだろう。
そして競合関係にある企業の広告に出るなど、本来なら引き受けたら立場を危うくするような仕事でも金になれば引き受けさせる。
「彼女も気の毒ですよ。日本に帰りたがっていたのに。ほら、韓国にしろ中国にしろ、国策でインフルエンサーの活動が制限されてしまいますから、もうからなくても自由に活動できる日本へ出戻りするVRアイドルも結構多いんですよ。」
金づるを捕まえた自称親族はそんなことを絶対に許さないだろう。
このアーティチョークというインフルエンサーもまた、ディアナとは少し違うが、身の回りの大人の身勝手に振り回されている芸能人という点では同じだ。
「あーあ、俺は子供を利用するような大人にはなりたくねえな。」
言ってしまってから俺は大人どころか70歳近いジジイであることを思い出した。そして子孫はいない。若返ったとはいえ、この先チャンスはあるのだろうか。
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カザフの国境を越えてウイグルに入る。
国境付近はどちらの側も山がちだが、基本的にステップ地帯で乾燥している。
年々砂漠化が進行して農地に適した土地が減少し続けているため、日本や他の先進国からやって来た環境団体が武装した軍人に守られながら緑化活動をしている場面にちらほら出くわした。
緑化以上に頻繁に目にしたのは、線路沿いに無造作に投げ捨てられた荷物だ。馬賊に襲われた貨物列車から投げ出されたものだろう。
広く人の少ないステップ地帯はどうしても警備が手薄になりがちだ。
幸い、この重装備の「アジア・エクスプレス」に近づく命知らずな馬賊はいない。
おかげで俺たちは途中、増えた国境線を超えつつも、停車時間の長い駅では途中下車して楽しむくらいの余裕はあった。
事件は、とある極東沿岸諸国の一つに入国した直後に起こった。
線路沿いに投げ出された荷物に交じって人が倒れていたのだ。
詳しくはないのだがこの時代の法律では、国際運行上の規定により、発見した列車の乗組員は救助する義務がある。死亡していたらそれはそれで報告する義務もある。
面倒なことになった。
倒れていた人物は頭からヒジャブをかぶっている女性のようだ。この辺はツングース系やモンゴル系の住民が多いはずだが、少ないながらイスラム系の民族もいる。
列車を止めて武装した軍人の一人が下りて女性を立ち上がらせているのが見える。しばらく女性と言葉を交わした後、軍人は困惑したように女性を列車の中に招き入れた。
通常、救助した人間は救護室に直行する、元気そうな場合は乗務員室の席に座らせ、横に軍人が付き添って見張る事になっているのだが、軍人と女性は救護室や乗務員室のある車両とは反対方向の車両へ進んでいく。
気になったので通路から様子を伺っていると、軍人は黒岩教授たちの部屋の前で止まった。扉から黒岩教授が顔を出したかと思えば、今度は彼女が頭を抱えている。その横で廊下に出た佐竹が誰かに電話をかけていた。
佐竹の電話はしばらく続き、その間、列車は止まったままだったが、通話を終えた佐竹が軍人に何かを言うと軍人は黙って頷いて保護した女性を連れていき、程なくして列車は動き始めた。




