11. 緊迫の国境越え
女性を保護した後の列車は何事もなかったかのように、進みだした。
とはいってもここは極東沿岸諸国、油断は禁物だ。
独立したばかりの国が多く、ロシアや中国と緊迫した状況にあり、また体制も不安定。
分裂した国からさらに独立を目指す武装勢力も存在する。
特に危険視されている武装勢力が「アムールの紅い虎」。
「ふんっ。アムールの虎だか豹だか知らねえけどよ、そんなの俺にかかれば敵じゃねえ。何しろ俺は徴兵時代、韓国陸軍でも一番きついと言われていた部隊にいたんだからな。」
ラウンジ車両で隣のテーブルの韓国人サラリーマンが自分の後輩らしい男二人を相手に、過去の自慢話しをべらべらとしゃべっていた。後輩は愛想笑いをしながら適当に相槌を打っている。
(・・・おい!変なフラグ立ててるんじゃねえ!!)
先日も国境付近で武装勢力同士の争いがあったばかりだ。シャレになっていない。
それに俺も韓国に知り合いがいるから、この韓国人が所属していたという部隊は知っている。
ここ十年間ほどは大小さまざまな戦火に見舞われた朝鮮半島だが、そのサラリーマンの年齢は五十前後なので、兵役はおそらく三十年ほど前。戦争の時期に招集されていたかどうかも怪しい。
おしゃべりなサラリーマンの舌の根も乾かぬうちに、列車内でけたたましく警報が鳴った。
(ほら見ろ!お前が変なことをいうからだ!!)
・・・いや、これはさすがに八つ当たりが過ぎるか。
ともかく列車内の空気は一気に緊張感に包まれる。後方の車両が襲われたらしく、武装した軍人たちは足早にラウンジ車両を通り過ぎていく。
「ディアナ達、大丈夫かな?確か後ろの車両にいたはずだ。」
俺が黒岩教授たちにテキストメッセージを送るより早く、ディアナから音声通信が来た。
「かなりやばいかも。通報はされているからあとは一刻も早い政府軍の到着を祈って待つだけ。じゃあね。」
声を押し殺していて、それだけ言うとすぐに通話を切ってしまった。逐一連絡している余裕もないようだ。
これはまずい。
何かできるとは思えないけど、彼女たちがいる車両の近くへ移動することにした。
「先輩・・・どうしましょう。」
韓国人サラリーマンの後輩二人はガタガタと震えている。
「・・・お、おう。俺に任せろ!」
立ち上がって俺に続く先輩サラリーマン。さっきまでの威勢のよさもどこへやら、彼の顔は引きつっている。
いわんこっちゃない。
だがこの際、一人でも一緒に来てくれる人がいるのは心強い。
武装勢力が攻め込んだ車両の手前に到着すると軍人たちが立ち往生していた。彼らの先を見るとその理由は一目でわかった。
車両の奥にいるのは腕や手に特徴的な虎のタトゥーを入れた屈強な男たち。
この辺りで勢力を広げている武装集団、「アムールの紅い虎」だ。
その「アムールの紅い虎」の真ん中にいる一人が、あの途中で救助されたヒジャブをかぶった女性を取り押さえて銃を突き付けている。
「こいつがどうなってもいいのか!!」
手前にいる軍人たちは戸惑ったように相談を始める。
「なあ、あの女って何者なんだっけ?彼女を保護した上司からは結局何も知らされていないよなあ。」
「そもそも怪しくないか?タイミングよく倒れて救助されて。この女がテロリストどもとグルって可能性はないのか?」
するとそれを聞いていたサラリーマンは「だったらさっさとあの女もろともテロリストどもを撃ち殺せよ!」と怒鳴る。
(おい、まだ人質がテロリストとグルだと決まったわけじゃないだろ!!)
軍人たちが戸惑っていると「銃を寄こせ!お前らがやらないなら俺がやる!!」と言って無理やり銃を奪おうとする。
サラリーマンと軍人がもみ合っている間に、テロリストは人質の女性のヒジャブをはぎ取る。
あらわになった彼女の素顔を見て、その場にいた全員が驚いて動きを止めた。
「アーティチョーク!!」
かつて「アザミ」という名で日本のVRアイドルとして活躍し、韓国の芸能界に引き抜かれたアーティチョーク。
テロリストの男もびっくりしていたが、次の瞬間、ニヤリと笑う。それもそのはずだ。親族がらみのごたごたの最中とはいえ、彼女はかなり稼いでいる。期せずして身代金の金づるを捕まえたことになる。
「なんだ、裏切り者かよ。こんなやつ、死んだって誰も文句は言わねえよ。」
サラリーマンはなかなかにひどいことを言う。
テロリストの男は「え?!」と一瞬慌て、アザミはそのスキをついて彼女を拘束している手を振りほどき、こちらの車両に逃げ込んできた。さすがパルクールで売っているだけあって、身のこなしが軽やかである。
「ひょっとして彼女を助けるためにわざとひどいことを?」
俺がサラリーマンに尋ねると、「そ、そうに決まっているだろ!」と引きつりながら答えた。
うそだな。こいつ、やっぱりろくでもねえ。
テロリストたちは慌てて彼女を追いかけ、とっさに反応できなかった軍人とサラリーマンを「邪魔だ!」と吹っ飛ばした。アザミはラウンジ車両へ逃げ込む。
「待て!」
閉まる扉を乱暴に開けるテロリストたち。
だが彼らが扉を開けきる前に、すごい勢いで扉が開き、反動でテロリストたちは投げ出されて衝撃で吹き飛ばされた。軍人たちは茫然とした後、慌ててテロリストたちを拘束する。
「なんだなんだなんだ?!せっかく人がティータイムを楽しんでいたのに邪魔しやがって!」
開いた扉の向こうには大柄なモンゴル人の男が立っていた。
「気をつけてください!まだ後ろの車両にテロリストたちが三人います!」
軍人が慌てたように叫ぶが、モンゴル人ニキは落ち着き払って「そうか、ありがとうよ。」と言ったかと思うと、すごい勢いで後方車両へ向かっていった。
途中、起き上がりかけていたサラリーマンは再び吹っ飛ばされてしまった。
モンゴル人ニキが後方車両に姿を消し、しばらく怒鳴り声や破壊音が続いたのちに静かになった。
「ほらよ、全員捕まえたぜ。礼はいらねえ。」
戻って来たモンゴル人ニキはテロリスト三人をぐるぐるに縛り上げ、軍人たちに突き出した。
何者なんだ、この人。
後方車両には遠巻きにこちらを見ているディアナたちが見える。
よかった。全員無事のようだ。
ラウンジ車両からは恐る恐る、アザミが戻ってきた。
「もう・・・大丈夫かな?」
程なくして政府軍が到着した。
「申し訳ない!別の列車も襲われていて到着が遅れた!」
どうやら近くでもっと大規模な別の列車襲撃があったようだ。相当数の人員をそちらに割いてしまったので、こちらの対応ができるかも怪しかったのだが、幸いにも早急に鎮圧できたらしい。
もっともこちらもモンゴル人ニキのおかげで事なきを得たのだが。
政府軍は列車に同乗していた韓国の軍人たちとモンゴル人ニキから事情徴収を終えると、列車を襲った五人のテロリストを連行していった。




