15. ソウルそして友人との再会
旧韓国領内に入ると、雰囲気がガラッと変わった。
この時代の先進国の多くに見られる光景で、整然とした緑地の中に整然とした市街地が点在している。
その多くは中間層の住む3Dプリンターハウスの街で、少ないながら富裕層の住むゲーテッドコミュニティも見える。
日本の首都圏郊外にも似た雰囲気だが、やはり建物や植栽がどことなく韓国らしい。
都市部に近づくと、たまに貧困層が集まり住むごちゃごちゃした街並みが現れるが、これもまた先進国でよくみられる光景だ。
一見、同じように見える同質コミュニティも、内訳はそれぞれ違い、分断されているといってもよい。
ゲーテッドコミュニティであれば、両班家系か、財閥一族か、新興富裕層か。
低所得エリアであれば、出身地ごとにまとまって住む外国人か、事業に失敗した落伍者や失業者か、はたまた見捨てられた世代の老人か。
中間層の住む3Dプリンターハウスのコミュニティに至っては一番同じに見えて一番分断が進んでいる。
出身地、人種、宗教、職種、思想、などなど。
この時代、分断による争いを避けるために必要な知恵ともいえる。
一方でコミュニティ内で犯罪などが起きても発覚しづらいという問題もある。
また少しでも考え方が合わないとコミュニティを飛び出し、転々としてしまう人もいる。
首都圏に近づけば近づくほど、3Dプリンターハウスの小規模なコミュニティはどんどん増え、密度が高くなっていく。
ソウルに到着してみると、災害で変化が激しかった東京に比べ、2020年代からの変化は緩やかに見えた。
だがソウル駅を出てすぐに、激しい銃撃戦の弾痕が生々しいコンクリート壁が残され、この国が統一されるまでの過酷な過程を物語っていた。
「久しぶりです。」
事前に連絡を取っていた、昔の知り合い、日本の大学で同じゼミにいた留学生の朴さんと繁華街の明洞で待ち合わせ、久しぶりの再会を果たした。
一応、俺より年上なので敬語を使っている。
数十年ぶりの再会だが、すぐに相手が誰か分かり、すぐにお互い笑顔になった。
そしてすぐにお互い「あれ?」という顔になった。
「朴さんひょっとして若返ってません!?」
「横井君こそ・・・!」
聞けば韓国でも日本に少し遅れて若返り政策を始めたというではないか。
「おかげで今は90年代、00年代リバイバルブームだよ。」
言われてみると行き交う人たちは、俺が若いころに韓国を旅行したころのような服装で、繁華街に流れている音楽も韓流ブーム最初期か、それ以前のバラードや歌謡曲みたいな歌だ。
若返りによるレトロブームの反面、都心部のビルは新しい素材を使用して植栽をふんだんに取り入れた、最新の建築様式に置き換わっている。
そして道行く人の半分は外国人だ。
何ともちぐはぐでアンバランスな印象を受ける。
「えーっと、韓国って確か、いち早くデザイナーベビーを認可したはずですよね。人口は増えていないんですか?」
すると朴さんはちょっと困ったような顔をして言った。
「認可は早かったんだけど、問題が起きるのも早かった。そして規制するのも早かったよ。」
つまり、多くの国が現在進行形で抱えている、デザイナーベビーの育児放棄問題などをいち早く経験し、いち早く規制に取り組んだということか。
「そしてデザイナーベビーたちはまだ成人していない。労働力不足は内戦から逃げてきた韓国系アメリカ人と若返りした僕たち、あとは中央アジアやアフリカの出稼ぎで何とかしているよ。」
かつては急激な出生率の低下で国家の存続が危ぶまれた韓国だが、何とか踏みとどまっている。踏みとどまっているどころか中央アジアへの影響力を年々増している。
最もほかの国も軒並み人口が減少していて、逆に人が減ったくらいでは簡単に国が無くならないことが証明されてしまったようなものだ。
韓国の現状はさておき、俺が朴さんと会ったのは、もう一つ理由がある。
彼の親戚に公安関係の仕事をしている人がいて、日本国内に潜んでいる極東沿岸諸国の過激派の情報を知りたがっていた。
統一韓国内にも同じ過激派が活動していて、何かを企んでいるようなのだ。
「過激派の拠点は主に旧北朝鮮領内に集中しているけど、一部は旧韓国領内にも潜伏している。この前もスラムで勃発した、別々の地域から来たアフリカ系同士の抗争を焚きつけていたのが発覚したばかりなんだ。」
幸い、旧韓国領内のスラムに潜伏していたグループは壊滅したが、油断はできない。
「本当に危険なのは過激派に協力している旧北朝鮮の元工作員です。彼らはあらゆる場所に潜伏している。」
あらかじめ打ち合わせた通り、俺と朴さんは朴さんの親戚と残りのメンバーと合流した。
黒岩教授と佐竹さんから朴さんの親戚へ、今どき珍しい紙の報告書が渡されたが、これも事前に打ち合わされた通りだ。
内容について詳細は伏せられていたので、俺には知る由もない。
そしてそれと引き換えかどうかは分からないが、アドバイスをもらった。
「空港係員には注意をしてください。最近は外部委託職員が増えているので、工作員が紛れているかもしれません。」
仁川空港までは公安の車で送ってもらった。
本当に朴さんとその親戚には頭が上がらない。
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空港では皆、念には念を入れ、一層、変装に力を入れた。
ディアナとアザミはそれぞれ髪と肌の色を塗料で変え、カラーコンタクトで目の色も変える念の入れようだ。
ホワイトフォックスは白いロリータ、黒岩教授はゴスロリで、佐竹はサーファー系。
俺たちも「アメリカから逆流してきた韓国系移民」のファッションに着替える。
基本的に90年代から00年代に西海岸で流行ったスタイルのリバイバルだ。俺はDJ風、立石はグランジ、丸山はストリート系。
追われている身でなければ、このままガラにもなく夜の梨泰院あたりに繰り出したいところだが、そこはぐっと抑える。
「なんかテンション上がりますねえ。」
「浮かれてばかりはいられないぞ。ディアナとアザミは手荷物検査までには元の姿に戻らないと。」
空港に潜入している可能性のある、工作員はどこにいるかわからないが、かといって変装したままの状態で、パスポートコントロールで怪しまれても厄介なので、着替えのタイミングは頭を悩ませるところだ。
俺たちの心配をよそに、ディアナとアザミ、そしてホワイトフォックスまでが、買い物に夢中になっている。
「これまでの道のり、ゆっくりショッピングを楽しむ暇もなかったよねえ。」
「ちょうどお気に入りのマニキュアを切らしていたんだ。買わなきゃ。」
おいおい、そんなものは今まで、スポンサーに散々提供させていただろうが。
そう思ったが、ディアナは実の両親がいるスポンサーからの支払いが止められている状態で、アザミは逃亡したことでスポンサーを打ち切られている。
それにしてもネットの申し子みたいなVRアイドルなんだから、せめてネットショッピングで買えばいいのに。
「本当、パスポートコントロールを抜けた先にもお店はあるから、そこで買えばいいじゃないの。」
三人を見守っている佐竹もあきれ返っているが、問題はそこじゃない。
ディアナたちの暢気さにはあきれたが、今はホワイトフォックスや佐竹も一緒にいるので大丈夫だろう。
そう思って俺はトイレへ向かった。
だが俺が戻ってくると、ディアナ、アザミ、ホワイトフォックス、佐竹は四人とも消えていた。
「おーい、どこにいる。」
メンバー全員にテキストメッセージを送ったが、すぐに返事が返ってきたのは黒岩教授、立石、丸山だけで、消えた四人は既読すらつかない。
ほどなくして、立石、丸山、少し遅れて黒岩教授が現れた。
「四人ともどこかへ行ってメッセージにも既読がつかないんだが。」
立石と丸山は顔を見合わせ、「俺たちも見ていない」と困惑した様子だ。
黒岩教授は無表情だがやや緊張した面持ちだ。
「どうしよう。飛行機の時間が迫っている。」
「そうだ!四人とも先に行っているかもしれない!」
足早に急ぎながらも、途中の店舗を確認するのは忘れない。
だが、それらしい人影は見当たらない。
もうパスポートコントロールを抜けた可能性もある。頼む、そうであってくれ。
店舗が途切れ、パスポートコントロールの付近では、いくつかのオフィスの扉が並んでいる。
そのうち一つが薄く開いていた。
通り過ぎた瞬間に部屋の中が一瞬だけ見え、俺はハッとした。
ディアナとアザミが来ていたものと同じデザインと色のフード付きパーカーが見えたのだ。
立ち止まって振り返ろうとする俺を、黒岩教授が制止した。
「おい、教授も見えただろう。あれは確かに・・・。」
すると黒岩教授は口に人差し指を当て、「とにかくパスポートコントロールへ。」と俺たちを先へ促す。
不安を抱えたまま、パスポートコントロールを済ませ、飛行機に搭乗する。
ファーストクラスを通り抜けていた際に、白いロリータファッションとサーファー系が目に留まった。
ホワイトフォックスと佐竹だ。
少しほっとして声をかける。
「よっ!お先!」
振り向いたのはホワイトフォックスと佐竹ではなく、ディアナとアザミだった。
俺が狐につままれたような顔をしていると、後ろから「お待たせー。」という声がして、フード付きパーカーをかぶったホワイトフォックスと佐竹がやって来た。
「これは・・・。」
ディアナとアザミがホワイトフォックスと佐竹と服を交換して入れ替わっていたという訳か。それにしてもいつの間に。
ホワイトフォックスと佐竹はそのままファーストクラスで予約していた席に座り、残りのメンバーは少し後ろのビジネスクラスの席に座った。
「結論から言うと、変装なんかじゃ、空港のカメラも工作員が持っている機器もごまかせない。ただ、途中で入れ代わったなら多少はかく乱できる。」
二人はパーカーの下にあらかじめロリータワンピースとサーファーファッションを目立たないように着込んでおり、買い物中に店内の死角でそっとパーカー脱いでホワイトフォックスと佐竹に渡した、という訳だ。
「何かあるとしたらセキュリティを抜ける前だと踏んでいてね。案の定、店を出たところで警備員に声をかけられてディアナとアザミだけが別室に連れていかれた。万引きをしているという通報が何者からかあったということでね。」
ホワイトフォックスと佐竹が別室に連れていかれ、面戸押しで万引きを目撃したと称する人物に別人だと気づかれる前に、ディアナとアザミは首尾よくセキュリティを抜けたという訳だ。
「頼むからもう、日本に着くまで何も起こらないでくれよ。」
「ジョジョの奇妙な冒険だと飛行機に乗ると絶対に何か起きて目的地まで行けないんだよなあ。」
「やめろ、丸山。縁起でもない。」
ソウルから東京まで一時間半、せっかくのビジネスクラスも短距離フライトと緊張のおかげであまり堪能できなかったが、見覚えのある東京上空に差し掛かった時には心底ほっとした。




