14. 38度線
「とりあえずあなたたち、着替えたら。その恰好じゃここでは目立ち過ぎよ。」
ホワイトフォックスに言われ、俺たちは着替えることになった。
近くにある、取り壊し間近のビルでかろうじて営業していた地元の服屋から、ホワイトフォックスがいくつか服を見繕ってくれた。
「こういう仕事をしていると地元民に溶け込んで目立たないようにする必要があるでしょ?だから地元民が着そうな服を売っているお店を見つけるのは得意なの。」
とても助かった。
今ではどの国へ行っても、庶民が普段着にしているのは前時代のデッドストック品や、それを加工したものだ。
大量生産時代の負の遺産を、大量生産できなくなった今、有効活用しているという訳だ。
中でもかつてのいわゆるSPAブランドの服が多いが、それでも国によって好みや流行などの傾向は違う。
北朝鮮の場合、カラフルなもの、柄物が好まれるようだ。
「ちょっとダサいわね。」
これまでの社会主義体制と貧困であまり選択肢がなく、豊かになってきているとはいえ、まだファッションに構う余裕がそれほどないのだろう。
文句を言いつつ、全員、着替えた。
もともとカラフルな服装だったディアナとパステルカラーのホワイトフォックスは、元のカラフルさはそのままに、どこかあか抜けない印象にレベルダウンしている。
スポーティーなモノトーンだったアザミは、だぼだぼの緑の服。
黒服の佐竹さんと黒っぽいワンピースの黒岩教授も、一昔前の尼崎にいそうな虎柄ヒョウ柄のおばさんスタイルに変身だ。
俺や「おまいら」コンビも昔の競馬場にいそうなおっさんスタイルを決め込んだ。
「せっかく若返ったのに、やだあ。」
丸山が口をとんがらせる。
乙女か!
食事も済ませ、変装も済んだところで、俺たちはソウルを目指した。
旧韓国領内に入れば、少なくともさっきのような犯罪者に襲われることはない。
平壌駅からの最短ルートを調べたところ、かつての南北境界にほど近い、開城で一度、乗り換えることになる。
できれば旧北朝鮮領内で途中下車はしたくないが、仕方ない。
俺たちが乗ったのは旧韓国の払い下げらしい特急車両で、窓からは刻々と変わりゆく旧北朝鮮の様子が見て取れた。
田舎の方へ行くとやはりまだぼろぼろの家屋が残ってはいるが、次々と取り壊され、新しい建物に変わっている。
とは言っても農業の機械化と人口減少により、新しい建物は少ないようだ。
大陸横断中に遭遇したテロのようなことはさすがにないだろうが、念のため警戒は怠らない。
だが幸いにも、何事もなく開城へ着くことができた。
開城はソウルにほど近いこともあり、再開発も一通り終わって、落ち着いた雰囲気だ。
分断以前の時代に建てられた古い建物も残っていて、雰囲気のあるカフェなどに利用され、観光客を呼び込んでいる。
俺たちも次の電車を待つまでの間、カフェで休みことにした。
ちょうどあまり混んでいない時間帯で、店内の客は俺たちだけだ。
街を流れる空気は平和そのもので、俺たちはすっかり油断していた。
「ちょっとディアナ、フードはかぶったままにしておきなさい!」
ホワイトフォックスに叱られたディアナはむすっとしながらもフードをかぶりなおす。
「大丈夫よ。店内に監視カメラはないもん。」
「甘いわね。お店の入り口に一台あったわ。あの位置からだとぎりぎりこのテーブルが写るわよ。」
ちょうどホワイトフォックスはお茶を飲み終わったので、「念のため外を見回ってくるわ。」と言い、席を立った。
「大げさなんだから。」
ディアナはまだ不満気だ。
「化粧を直してくる。」
今度は佐竹さんが席を立った。
「さすがにトラキチ関西おばちゃんメイクだと化粧が濃いもんなあ。でもいうほど崩れていたかあ?」
「お手洗いの口実じゃないですかね。佐竹さんは丸山氏みたいに「俺、う〇こしてくるわ。」なんて言いませんから。」
「失礼だなあ、立石氏。俺はもっとデリカシーある男だよ。」
くだらないやり取りをしていたので、すぐそばまで怪しい人物が近づいていることに、俺たちは気付かなかった。
俺は気配を消した怪しい男が音もなく立石の背後にすうーっと近づいていることに気が付いたのは、立石が丸山の口元にお菓子の汚れがついていることを指摘している時だった。
はじめは店員かと思ったが、手に注射器を持っている。
気が付いた時にはもう、注射器の針は立石の首元まで迫っていた。
だが、針が皮膚に届くより早く、怪しい男は背後から何者かに取り押さえられた。
黒岩教授だ。
教授は男を取り押さえると、ポケットから素早く縄を出して拘束する。使っているのはおそらく江戸時代に使われていた捕縛術だ。
「くそ!バウンティハンターと公安がいなくなって警護が手薄になったと思ったのに!」
男は悔しそうに呻く。
そこへホワイトフォックスと佐竹さんが戻ってきた。
佐竹さんは地元の警察に連絡を入れ、到着までの間、取り囲んで尋問をすることと相成った。
「さてと、誰に雇われたのかな?」
「・・・。」
「ほかに何人いる・・・。」
「・・・。」
暖簾に腕押しとはまさにこのことだ。
何も聞き出せないまま、地元の警察が到着し、そのまま引き渡すことになってしまった。
こうなってしまった以上、俺たちも事情聴取されるだろうし、しばらく足止めされることを覚悟した。
だが旧北朝鮮の官僚機構そのままに威圧的な地元警察は「お前たちに聞くことはない。」と言ってそのまま男を連れて行ってしまった。
黒岩教授と佐竹は顔を寄せ合ってひそひそと相談している。
「どう思う?あれ。」
「絶対に警察の上の方に、繋がりがあるか、買収されているやつがいるとしか思えない。事件をもみ消そうとしているようにしか見えないわねえ。」
改めて、安心はできない。
その後、俺たちは用心深く、周囲に注意しながら38度線を目指した。
幸い、その後は襲撃されることなく、かつての非武装地帯を超えることができた。




