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不遇の氷河期世代がディストピアな未来で若返ったから人生リベンジしてみた  作者: きぬた やじお


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16/16

16. 帰国そして俺の「親戚」

 到着は羽田空港だった。

 日本に到着するまでの間に、ディアナの保護者、つまり離婚することになったゲイカップルの片方が迎える手はずになっている。


「そういえばまだどっちに親権が渡ったのか聞いていなかったなあ。コージさんの方は仕事も家事もできるけどちょっとモラハラ気味なんだよねえ。」


 ディアナはソワソワしている。

 黒岩教授と佐竹は顔を見合わせた。


「言っていなかったかしら。親権はもう一人の方、ヒロミさんが持つことになったわ。」


 それを聞いてディアナは「えー。」と気の抜けた声を出した。


「あの人、優しいんだけど、生活力皆無なんだよね。大丈夫かな?」

「ディアナのお父さんたちって、本当に両極端だよね。だから離婚するんだよ。」


 アザミは知ったようなことを言う。

 親権がだれの手に渡るにせよ、苦労の多そうな人生ではある。


 手荷物受取所を出たところで、短く借り上げた髪に整った髭の、清潔な白Tシャツを着た30代くらいの男性がさわやかな笑顔で出迎えてくれた。

 どうやらこの人がヒロミのようだ。


「ヒロミさん!」


 久しぶりの再会にうれしそうな顔でヒロミに飛びつくディアナ。

 これからの生活に不安はあれど、やはり信頼できる大人がいるのは心強い。


 長かった旅もここで終わりだ。

 名残惜しいが、みな、それぞれの帰路に就くことになる。


「日本政府もケチねえ。」


 黒岩教授から受け取った報酬を見てぶつぶつ言っているホワイトフォックス。

 だがすぐに気持ちを切り替える。


「まあいいわ。来週からは「恐山MetalFestival」が始まるし、本当に楽しみだわ。」


 その名を聞いた立石は一瞬絶句した後、裏返った声になった。


「え?あのいまだにモッシュやダイブが禁止されていない、あの世界一危険と言われているメタルフェス?」

「あの悪魔とかゾンビとか怖そうな人がたくさん出演して観客の生き血をすすっているという噂の!!」

「丸山氏、生き血は流石にガセです・・・。」


 おまいらコンビのあほな会話を聞いてホワイトフォックスはあきれ顔だ。


「大げさねえ。それにメタルのイメージが古すぎるわよ。もう二十一世紀も半分以上すぎているんだけど・・・。確かに初期は怪我人続出で、毎回、消防車と救急車が待機しているけど、今は安全よ。」


 いや、今でも救急車が待機している時点でちっとも安全じゃないだろう。


「最近は主催者と参加者の中から有資格者のボランティアを募って、救護、誘導、治安維持に努めているから、大した問題は起きていないわよ。それどころか地元での清掃や森林整備にまで地域貢献しているんだから。」


 俺たちから見たら、今どき拡張現実空間でもフェスを開催できるというのに、なぜそこまでして現実空間で危険行為満載なフェスを開催したいのか、不思議でしょうがないのだが。

 恐れおののく俺たちを後にして、ホワイトフォックスは上機嫌で飛行場を後にした。


 アザミはディアナとヒロミと同居することになった。

 場所は武蔵小杉にある新興富裕層の集うゲーテッドコミュニティ。

 かつてのショッピングモールとタワマン群をさらに豪華に近未来的にしたような街だ。


「人気VRアイドルがもう一人なんて!大歓迎だよ!マネジメントは僕に任せて!」


 満面の笑みのヒロミに、ディアナは「無理しなくていいから」と苦笑いする。

 先ほどの「あの人は生活力皆無なんだよね。」という言葉がよぎり、一抹の不安を憶える。


「いつでも遊びに来てね!」


 笑顔で手を振る三人を見送った後、佐竹がボソッとつぶやく。


「あのヒロミって人、調査したけど、いろいろと不安なのよね。大した収入もなく、今までも男から男に渡り歩いてきたような人だし、流されやすいし・・・。まあ、ディアナに事件が起こった後で、当面は公安の監視対象だから変な真似はしないでしょうけど。」


 それを聞いて俺は頭を抱えた。せっかく毒親から逃れたというのに、本当に難しい養育環境だ。


「俺も川崎に住む予定だからたまに様子を見に行くよ。」


 黒岩教授と佐竹は報告があるので、いったん帰宅した後に、それぞれ首相官邸と公安調査庁へ出向くのだそうだ。

 優秀な人は年を取った後も忙しい。


「立石と丸山は?」

「川崎港湾部で適当に仕事を見つけて適当に家を借りますよ。ご心配なく。」


 まあこいつらは自分たちの好きな仕事しかしないし、それでもずっと一人で生活して趣味に費やす余裕があるくらいには稼いでいる。

 心配はないだろう。


 問題は俺だ。

 とりあえず相模原の「親戚」の家に行くことにした。連絡を入れてみたら快諾してくれたので、ご厚意に甘えて一泊だけすることになった。


*********************************


 親戚とは言っても、本当の親戚ではない。

 正確に言うと、亡くなった昔の彼女の親戚だ。


 彼女と付き合っていた当時は2005年、俺は零細企業のSEで、デスマーチ上等のブラック労働に明け暮れていた。

 合コンで知り合った同い年の彼女は介護職で、月の半分は休みなし夜勤有りの連勤。

 そんな状況なのですれ違いも多かった。


 ある日、日付が変わっても会社を出られない俺のもとに、彼女から電話がかかって来た。


「ねえ、ちょっと仕事を抜けられないかな?少しの間だけ一緒にいてほしいんだ。私、もうダメかも。」


 彼女の声は疲れ切っていた。

 だが連日のブラック労働で苛立っていた俺はつい、「辛いのはみんな同じだろう!」と声を荒げてしまう。


 翌日、彼女は睡眠薬を大量に飲み、帰らぬ人となった。

 俺は何日か経ってから、連絡が来ない彼女のアパートへ行き、葬式の準備であわただしく出入りする彼女と遭遇し、始めて彼女の死を知ることになる。

 まさか死んだとは思わず、連絡がないのも一方的に俺を捨てたからだとさえ思っていたのだ。

 悔やんでも悔やみきれないとはまさにこのことだ。


 それから毎年、命日には欠かさず相模原へ墓参を欠かさなかった。

 墓があったのは相模湖の近くにある首都圏郊外の田舎町で、当時から寂れてはいたが、墓参りに行く度、街並みは年々みすぼらしくなっていった。


 時は流れ2020年、俺はコロナ禍で両親を立て続けに亡くし、生きる気力を失った。

 その年を最後に、彼女の墓参りを止めるつもりで、いつも通り命日に墓へ来た。

 大した仕事もしておらず、家族も縁者ももういない。

 この世にはもう何の未練もない。


 彼女の墓の前で手を合わせていたら、ふいに「横井君か?」と声をかけられた。

 顔を上げると年老いた男の顔。

 どこか見覚えがあると思ったら、死んだ彼女の父だった。


 そのまま、彼女の父に誘われるがまま、久しぶりに彼女の実家へお邪魔する。

 実家は小さな商店を経営しており、彼女の母がお茶を出してくれる。

 そこで俺は思いがけない提案を受けた。


「うちに養子に来ないか?」


 彼女に姉が一人いたことは知っていたが、家出して勘当同然の状態、生きているかどうかも分からなかった。

 両親としては誰かに家と墓を頼みたい。

 どこかで毎年、俺が彼女の墓参りに来ていることを知り、俺なら墓を守ってくれるだろうと思い、養子になることを打診してきたという訳だ。


 中華圏や韓国では未婚で亡くなった男女のため、死後婚という風習があるそうだが、この養子縁組はある意味、彼女との死後婚のようなものかもしれない。

 少しでも彼女の供養になればという気持ちもあり、俺は提案を飲んで彼女の実家を継ぐことを決意した。


 40歳にもなって突然できた義理の両親に気を遣い、ぎこちなかったが、徐々に両親とも打ち解け、仕事も身に付いた。

 その頃は俺の心にも余裕ができて、近所のお節介な年寄りに縁談を持ち込まれて、持ち込まれた縁談なのに先方から断られたり、近所のスナックにチーママ目当てで通いつめ、義理の両親に呆れられたりもした。


 しばらくはうまくいっていたが、俺が50歳になるころ、コロナとは別のパンデミックが起きて、今度は彼女の両親が立て続けに亡くなる。

 亡くなった娘の彼氏を養子にするくらいだ。大した親戚縁者も残っておらず、パンデミックの最中だったこともあり、簡易に葬式を済ませた。


 見慣れない中年の男女が家にやって来たのは、葬式が終わった後のことだ。

 女の方が50歳過ぎなのにばさばさの髪を茶色に染め、派手なワンピースを着ていた。男の方はちょっとおしゃれなスーツを着ているアフリカ系だ。

 米軍基地の黒人とは違う雰囲気だった。


 二人の後ろには、おそらく二人の間にできた子供たちが不安そうにこちらを見ていて、さらにその後ろには男の関係者だろう、屈強なアフリカ系の男が控えている。


「実家と商店を返してもらおうか。それからうちの籍からは出て行ってくれ。」


 どすの利いた声で詰め寄られた。

 女は亡くなった彼女の、家出した姉だった。

 家出した先で知り合ったナイジェリア人と結婚し、五人の子供がいて、来日した親族も何人か養っているという。


「元はと言えば実家も商店も、あんたたち家族のものだ。返してほしければ返す。」

「随分と物分かりがいいじゃない。」


 そもそも俺が養子に入ったのも、彼女の両親が彼女の姉と連絡を取れず、他にめぼしい親族もいなかったのが一番の理由だ。俺としては彼女を思い出せるものが残っていればそれでよい。


「一つ、条件がある。墓だけは残してくれ。維持費の負担も管理も俺がするから。頼む。」


 墓には彼女と世話になった両親が眠っている。

 頭を下げる俺を見下ろしながら、姉は「いいだろう。」と言い放つ。


 仕事と家を同時に失った俺だが、幸いにも近所付き合いのあった知り合いが、都心から橋本に「疎開」した会社を紹介してくれた。

 その頃の相模原は、パンデミックに加え、震災や戦災の復興需要で林業が潤ったり、都心からの企業の疎開で賑わっていたのだ。


 彼女の実家を出た翌年のお盆の日、墓地へ行くと墓が無くなっていた。

 管理人に聞くと、姉の一家がやって来て、墓じまいしてしまったというではないか。

 これでは約束が違う。


 実家へ向かうと、家も商店も無くなり、更地になっていた。

 おそらく売り払ってしまったのだろう。


 手元に残った彼女と彼女の家族を思い出させるものは、何枚かの写真と、彼女がよく聞いていたBUMP OF CHICKENの「jupitor」というアルバムCDと、俺の誕生日に彼女の両親が奮発して買ってくれた腕時計だけだ。

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