第22節:タカヤの決断
カズマらタカヤの仲間たちが解除薬を使用して、3日が経った。
タカヤは改めて装技研の応接室を訪れ、待っていたケイカとミツキに仲間たちの事後経過を聞いていた。
措置を希望した全員が、誰を代表に立てるか、という問いに、タカヤさんに、と答えたからだ。
「……どうなった?」
「大部分の事後経過は良好よ。解除薬服用からすぐに装殻は解除されたわ。人工筋肉による補助を受け続けていたから、融合部位の筋力は衰えていたからリハビリは必要だけど。機能的な問題はないわね。ただ、若い子は融合部位の成長が止まっていたせいで、バランスが悪いわ。成長促進剤の投与を行うか、補助器具の類いを使用してそのまま生活するかは本人の意思に任せてる」
「成長が止まってた奴には、どんな弊害がある?」
ケイカはホロスクリーンを出した。
そこには数種類のバイタルデータと、二種類の療後計画が表示されている。
「どちらにしても、まずは訓練が必要ね。成長促進剤を使用すると使用部位は負担が掛かるし、筋力も弱ければ骨も脆くなる。それも栄養管理でどうにかなる範囲ではあるけど、長期的な措置になるわ」
片方の計画を説明して、ケイカはもう片方をピックアップした。
「器具の補助は、作るのも然程時間はかからないし、扱い方を覚えれば問題はないけど。特定部位の成長がどうなるかは分からない。霊子的な静止である事を考慮すれば、成長が再開する可能性はある。でも、人体は装殻で言うワン・パッケージの基本体よ。措置をしないまま一箇所だけが成長して、どんな弊害が出るかは分からない」
「一番、奴らにとって良いのは?」
「成長抑制剤の使用と器具補助。これが一番リスクは少ない。ただ、生活に支障はないけど、一生そのまま……私としては、一定期間経過を見た後に、成長が見られればそれに合わせた措置を、なければ促進剤による人体の成人化を推奨する」
ケイカは、まっすぐにタカヤの顔を見据えた。
「装殻の解除そのものは、今の所問題はない。使用したナノマシンの排出も確認されたわ。彼らは、元に戻ったのよ」
「そうか」
タカヤは目を閉じて、椅子の背もたれに体を預けた。
深く、深く息を吐き。
「そうか……」
もう一度、同じ言葉を呟いた。
その声音には、万感を込めた安堵が滲んでいる。
「良かった」
「俺も、そう思うわ」
ミツキが言うと、タカヤは目を開き、じっとこちらを見た。
「何や?」
「ありがとう」
真剣な顔で言われて、ミツキは照れ臭くなり、顔を逸らした。
「やめーや。別に、俺は何もしてへん」
「いいや。お前もコウも、感謝してもしきれない程、俺たちを助けてくれた」
タカヤは姿勢を改めて、今度はケイカに向かって深く頭を下げる。
「ケイカさんも。色々悪かった。あんな態度を取るべきじゃ、なかった」
「それは、仕方がないと思うわ。あなたたちが悪い訳じゃなかったんだし……」
ケイカも戸惑ったようにミツキを見る。
タカヤは頭を上げると、二人に交互に視線を向けて、尋ねた。
「なぁ、あの時、解除薬が必要だって、言っただろ?」
「おう」
「どういう意味だったのか、教えて貰えないか?」
それは自分が判断できる事じゃない、とミツキは思った。
「もう一人、呼んでも良いかしら? それは、私たちだけで決めて良い話じゃないの」
「構わない」
タカヤの了承を得て来てもらったのは、花立。
事情を聞いた彼は一つ頷くと、タカヤに話し掛けた。
「今から話すことは部外秘だ。君の仲間たちであっても話す事は許可出来ない。それでも?」
「ああ」
「四国には今、新たな襲来体が現れている。我々はこれに対応するために四国内の戦力を纏め上げる必要がある。しかし現状、もう米国基地は落とされたと見て良い。おそらく本部は既に襲来体の巣だ。残るは『トリプルクローバー』と【アパッチ】だが、既に『トリプルクローバー』の一角であるPL社と我々は協力体制にある。襲来体の話くらいは聞いたことがあるだろう?」
「……学校で習った程度には」
大阪隕石の件は表沙汰になっていない。
直接その脅威を目にしたミツキ程にはタカヤは危機感を抱いていないようだが、少なくともナメてはいない。
花立も同じように感じたのだろう、話を続けた。
「残る【アパッチ】の協力を取り付ける為に、我々は解除薬を必要としていた。交渉のパイプは今探っているが、ただ協力を要請しても、不良装殻者の集団である彼らは君と同様【黒殻】に……本条に遺恨がある」
「だから、解除薬か」
「そうだ」
タカヤは学はないかも知れないが、頭は回る。
規模は小さくとも、彼も【アパッチ】と同じような団体を纏め上げていた男だ。
「それでも、足りないんじゃないのか?」
「勿論そうだ。だから交渉には俺が当たる。説得できるかは五分だろう。然程時間もない。だが、解除薬がなければさらに可能性は低くなる。だから我々は、君たちに協力して欲しかった」
「なるほどな……」
タカヤはじっと考え込んだ。
花立は何も言わずに待っている。
かなりの時間が過ぎた後、不意にタカヤは言った。
「それ、俺も同行する事は出来るか?」
ミツキが予想もしていなかった提案に、花立は表情を変えなかった。
「理由は?」
「俺は、今は解除薬を使用しない」
どこか決意を秘めた表情で、タカヤは言った。
「その交渉の場で使って、効能を実証する」
「危険すぎるわ」
即座にケイカが否定した。
「確かに他の人の経過は良好よ。でも、薬は人によるのよ。仮に君が解除薬に適合しなかったら……」
「でも成功すれば、交渉の成功率は上がるんだろ」
「だからって、交渉は向こうでする事になるのよ。もし何かあった時に、すぐに対応出来なければ、命に関わる可能性だって……」
「四国の戦力を纏めなきゃいけないほどの敵なんだろ。装技研の連中だって駆り出されるんじゃないのか? 警備課の中には、俺の仲間もいるんだ。どっちにしたって命を賭ける事になるんだろ」
タカヤの言葉に、ケイカは花立を見た。
「トウガさん……」
「俺は、許可する」
「トウガさん!」
「ケイカ。タカヤの言葉は真実を言い当てている。命を賭ける場が違うだけ、ではない。この前線で我々が敗北する事は、人類が敗北するのと同義だ。今の四国には、今の地球で考えうる限りの最大戦力が揃っている。我々と《白の装殻》、そして二人の霊号。今が分岐点だ」
花立の言葉には、揺らぎがなかった。
現状を完璧に把握し、なし得る最大限の事を行なっているという自負が感じられる。
「最初の大阪隕石の事件で、日本政府は戦略兵器を使用したが効果がなかった。霊子的に強固な存在である襲来体に、装殻に拠らない通常兵器は意味を成さない。……タカヤくんが協力してくれるというのなら、それは受け入れるべき事だ」
「ケイカ」
ミツキは、優し過ぎる彼女の肩に手を置いた。
「タカヤも、俺らと同じや。仲間を守りたいから、命を賭けて動くんや。…… 一緒に、戦って貰うんに、俺も賛成する」
「ミツキまで」
責めるように見られて心が痛むが、ミツキは引かなかった。
「……交渉の日程は、後日連絡する。それまでは通常通り、仕事をこなしてくれ」
「分かった」
タカヤは頷いて、立ち上がった。
「……協力に感謝する」
花立の言葉にひらひらと手を振って、タカヤはその場を後にした。




