第21節:蜘蛛の糸
「君達に頼みたい事がある」
装技研にある、VIP用の応接室で。
ミツキの見守る中でハジメが口を開くと、集められた若者たちは一様に身を強ばらせた。
大半が私服の若者たちだが、一部は装技研警備課の制服を身に纏っている。
彼らの一番前に立ち、軽く顔を引きつらせている青年も制服姿だった。
彼らは、全員が不良装殻者であり、腕や足、体の一部が装殻化しているのが見て取れる。
コウとミツキが、最初に四国を訪れた時に知り合った者たち……タカヤのグループだ。
「頼み……っすか?」
彼らは最初、ミツキが集めた。
何か仕事か言う彼らに曖昧な返事をしながら応接室に案内してみれば。
何やら妙なプレッシャーを放つ男女……彼らは知るよしもないが、ハジメ、ケイカ、花立、ヤヨイ、アヤの5人……を前に、タカヤは、どういう事だ、と目でミツキに問いかける。
そ知らぬ顔でミツキが肩を竦めると、アヤが一歩前に出て、彼らに用意した席に腰かけるよう促す。
タカヤたちが恐る恐る座ると照明が軽く落とされ、巨大なホロスクリーンによる説明が始まった。
正直、ミツキ同様タカヤたちも詳しい内容は理解できていないだろうが、アヤの語る概要自体はさして難しい話ではなかった。
「……以上が、このベイルド解除薬に関する説明です」
アヤの解説が終わると、タカヤたちは戸惑ったようにお互い顔を見合わせていた。
「君たちに頼みたいのは、この解除薬の試験……つまり、効能が実際にあるかどうか、という事だ」
言葉の意味を理解したタカヤは、まだ信じられない顔で言葉を口にしたハジメを見る。
「つまり、実験台になれ、って事ですか?」
「有り体に言えばな。人体には無害な筈だが、薬が正常に機能するかは分からない。だから君たちには、断る権利がある」
タカヤは、装殻化した自分の手を見つめた。
「まともな体に……戻れる……? いや、でも」
彼らは、その体のせいで苦渋を舐めた。
それがどれほどのものだったのか、ミツキには分からない。
しかし、仲間思いで気のいい、仕事にも真面目なタカヤが。
見ず知らずのミツキらからカツアゲしようとするほど逼迫した状況に陥るくらい。
その体を持つ者に、世間は冷たかったのだ。
未だ実験段階であると言われ、断る権利があると言われてなお。
得体の知れない薬を使用するかどうかを、迷うほどに。
「作成には出来る限りの可能性を考慮したが、これで絶対に安全だとは言えない。だが、俺は君たちにこれを服用して欲しいと思う」
「何でっすか?」
解除薬から、目を反らさないままに言うタカヤに。
「君たちがその体になった原因が、俺にあるからだ。そして君たちを救う為に、俺はこの薬を作る事を、アヤに依頼した」
「本条!」
思わず制止する花立に、タカヤは弾かれたようにハジメを見た。
「本条……?」
しくじった、と言わんばかりの表情で舌打ちする花立に、ミツキも顔をしかめる。
「本条、ハジメ……? 黒の一号……ッ!?」
「そうだ」
ハジメは、呆然と自分を見つめるタカヤに、声を揺るがせもしないまま頷きを返した。
狼狽えて立ち上がるタカヤの仲間達が、怯えたようにハジメを見る。
それは、仕方のない反応だった。
黒の一号、と言えば、世間的には最強の装殻者にして―――史上最悪のテロリストなのだから。
だが、タカヤだけは仲間とは別の反応を見せた。
食い入るように、灼けつく感情を秘めた目で、ハジメの顔を凝視し続けている。
マズい、とミツキは思った。
「アンタの……作り出したモンのせいで、俺は……俺達は……ッ!」
タカヤが、いきなりハジメに飛びかかった。
しかし。
「あかんで」
彼の反応を予期していたミツキは、タカヤがハジメを襲う前に、彼の前に出て体ごと受け止めた。
両手を掴んで、押さえつける。
タカヤは燃えるような目の光を、ミツキに向けた。
「放せミツキッ! 邪魔するな!」
「出来ん相談やなぁ。総帥は、俺の上司や。そして実のところお前の上司でもあるんやで」
「関係ねぇだろうが! コイツのせいで、装殻のせいで俺たちがどんな目に遭ったか、テメェは知らねぇだろ!!」
ミツキを振りほどこうとするタカヤを、歯を食いしばって押さえながら、説得する。
「確かに知らん。でも、ちょっと頭冷やそーや。相手は黒の一号やで。……向かってったって、殺されるだけや。そんで気が済むんか? 総帥は、お前らを救おうとしとんるやで」
「信用出来るわけねぇだろ!? 大体、俺の仲間が辛い思いや苦しい思いをしたのは、元々全部、テメェのせいだろうが黒の一号ォ!! 救うだと!? 解決出来る力があったんなら、何でもっと早く出さねぇんだよ、クソ野郎!!」
タカヤは泣いていた。
泣きながら、ハジメを罵り。
ハジメは、黙ってそれを聞いてから、答える。
「済まなかった。君の言う通り、全て、俺のせいだ」
「だったら、一発殴らせろよ!! 何が最強だ!! 本当に申し訳なく思ってるなら、俺らの痛みを、少しでも思い知れよぉ!!」
「タカヤ!!」
「……ミツキ、離してやれ」
「いや、でもハジメさん……」
ミツキの反論に、ハジメは首を横に振る。
「彼には、権利がある。それで気が済むなら、別に殴られるくらい大した事じゃないだろう」
局長席を回り込み、ハジメはタカヤの前に出た。
まだ躊躇っていたミツキは、再度視線で促されて仕方なくタカヤの体を離す。
「……殴らないのか?」
タカヤは、ミツキが手を離してもその場を動かなかった。
涙を拭った後に、ハジメの目を真っ直ぐ睨みつけて、拳を震わせたまま軋るような声を上げる。
「俺の親父は軍人だった。……日米装殻紛争に参加して、死んだ」
タカヤの言葉が、静かな室内に染みるように響いた。
「何でこんなモンを作ったんだ。何の為にばら撒いた。こんなモンがなけりゃ、親父は死ななくて済んだんじゃないのか」
思わず、といった調子で、ケイカが口を挟む。
「タカヤ。それは……」
「俺たち【黒殻】には目的がある」
しかし、自身を庇うケイカの言葉をハジメは遮った。
「その目的を達成する為に、かつて装殻が必要であり、今、ベイルド解除薬の完成が必要とされている」
「目的って、何だよ」
「襲来体を殲滅し、世界を正常な状態に戻す事だ」
ハジメは、淡々と説明した。
「襲来体を殲滅すれば、装殻は消える。コアは一切稼働しなくなる。……そして襲来体を殲滅すれば、俺は死ぬ。恨んでくれて良い。君たちに、俺は恨まれるだけの事をしたからな」
タカヤの目を見据えたまま、ハジメは解除薬を示した。
「先ほども言ったが、君たちには解除薬の服用を断る権利がある。だが、俺は君たちにこれを飲んで欲しいと思う。……装殻が、流動形状記憶媒体がこの世から消えてしまえば、機械と人体の融合を解消する術はなくなるからだ。その前に、俺は君たちに、人間に戻って欲しいと願っている」
「タカヤ。この解除薬を開発したそこのアヤは、コウの妹や」
タカヤが、驚いたようにアヤに目を向けた。
アヤは、居心地悪そうに目を伏せる。
「コウは、非適合者だった。あいつも元々は装殻の存在に苦しんだ人間で、最初アヤは、あいつが装殻者になれる薬を開発しようとしてたんや。……ハジメさんは、その過程で偶然出来た適合率低下薬にお前らを救える可能性を見て、アヤに開発を依頼したんや」
タカヤは何も言わない。
「なぁ、ハジメさんのした事は確かにお前らを苦しめたかもしれん。でも、ハジメさんはそんな事を喜んでやったんとちゃうねん」
「タカヤくん」
次に声を上げたのは、花立だった。
「ハジメは、確かにバカだ。だが、誰かが罪を背負ってでも為さねばならない事を、人に押し付ける事なく自分で背負う人間でもある。解除薬は、旧香川の【アパッチ】に対しても、そして全世界の不良装殻者たちに対しても、与えるだけの準備が我々にはある」
「……でも全部結局、自分らの為なんじゃねぇのかよ?」
タカヤは、吐き捨てるように言った。
「タカヤ……」
「ミツキ。俺はな、感謝はしてるさ。居場所のなかった俺らを拾って、最低でも生活出来るようにしてくれたお前らにな。だけどよ、それが全部、自分らの尻拭いだったっつーんだろ?」
「それは……」
「装殻がなければ、日本はここまで短時間で復興は出来なかったよ」
口を開いたのは、それまで黙っていたヤヨイだった。
「装殻のせいで体を失ったのは私も一緒だ」
ヤヨイは自分の足を……失われた生身の足に替わる義足を叩く。
「だけど、私はハジメさんの行動全てが悪だとは思わないね。この人は装殻の力でケイカを救ってくれた。装殻がなけりゃ、私もトウガも死んでただろう」
「だから許せって?」
「いいや、恨むのはあんたの勝手さ。でも私は、事実を見て欲しいね。解除薬の開発には、私も参加した。ハジメさんはああ言うけど、私は効果にお墨付きを出すよ」
ヤヨイは艶然と微笑み、首を傾けた。
「これは、あんたらの体を必ず元に戻す。……ハジメさんが居なきゃ、あんたらは不幸にならなかったと思うかい?」
「違うってのか!? 装殻を作ったのはこいつだろうが!」
「そうだよ。だから何なんだい?」
ヤヨイはタカヤの反発に、さらに問いを被せる。
「日本は、装殻がなくても国力の衰えからいずれ侵略されただろう。あの時は、飢餓と貧困が原因で内乱も起こりかけてた。かろうじて日本が今の日本のまま存続してるのは、ハジメさんが居たからだ。……襲来体が蔓延り、米国や他の国に侵略された日本に生まれて、貧困に喘いでも。今以上に不幸じゃなかった、と、あんたは胸を張って言えるのかい?」
「……ッ!」
「ハジメさんや私たちを信用しろとは言わないさ。だけどあんたは、コウやミツキを、信用してやっても良いんじゃないのかい? ……あんたは、私のバカ息子の友人なんだろう?」
と、ヤヨイはミツキに向かって顎をしゃくった。
タカヤが、荒んだ目をミツキに向ける。
「タカヤ。反発したくなる気持ちは、俺も分かるわ。でもな、俺もお前らに治って欲しいと思った。やから、お前らを呼んだんや」
場に、重苦しい沈黙が落ちた。
しばらく経つと、彼らの一人が口を開く。
「お、俺がやるよ……」
震える声を上げたのは。
足が動かなくなって、コウに最初に治療して貰った少年だった。
「カズマ……」
タカヤが驚いたように少年を見る。
少年は場の雰囲気に呑まれて青ざめていたが、それでも、自分で挙げた手を下ろさずに言った。
「タカヤさん。お、俺、は。コウさんに、動かなくなった足を治して貰ったんだ。それからも、いつも面倒見てくれた。何か、恩返ししたいって、すっと思ってた。そ、その解除薬が、俺みたいな奴を助けれるって言うんなら……」
カズマは、ごくりと息を呑んでから、言った。
「その為に必要なら、それが、恩返しになるって言うんなら。俺、喜んで実験台になるよ」
少年の言葉に。
タカヤは、眉根を寄せて目を閉じた。
彼の仲間たちは、俺も、俺も、と続いて手を挙げる。
彼らは、口々にコウの名を口にした。
ーーーコウ。
ミツキはこの場にいない彼に、切ないような気持ちを抱きながら、心の中で語りかける。
ーーーお前のお人好しは、全然無駄じゃなかったで。
ミツキは、コウがどれだけ忙しくても自分の休日を潰して、格安で彼らの整備をしていた事を知っている。
ほとんど材料費だけの整備。
彼自身には、一片の得すらない行為だ。
コウは、いつでも弱い人間の味方だった。
彼自身が長い間、弱者の立場だったからこそ。
虐げられ、助けを求める奴らを放って置けない奴だったからこそ。
彼の積み重ねたモノが、彼が救いたかった者たちの背中を押したのだ。




