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黒の零号〜最強の装殻者〜  作者: 凡仙狼のpeco
第7話:人格消滅!? 二人の零号の行方

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第19節:在らざるべき者たち


 勇んで一度外に出たアイリは、渋面になって再び部屋に戻っていた。


「てゆーか……まずここ、どこなんだろう?」


 勿論この辺りに住んでいる人に聞けば分かるのだろうが、アイリの見た限り、どう考えても治安のよさそうな地域ではなかった。

 荒れた街中にある、古ぼけた建物の一室だ。


 マサトは、とアイリは思う。


「完全にピンキーライン社を信用していた訳じゃ、ない……」


 ならこの場所は、マサト自身が準備したセーフハウスに違いない。


「て事は、発見されるのを待つのも望み薄……でもなぁ……」


 アイリは出来る限り慎重に考える。


 待っていて、救援が来るとも思えない。

 まして、マサトが本気で身を隠そうとしたのならば、見つけられる人間は本当に少ないだろう。


 装殻の機能も遮断されていて、GPSも使えなければ誰かと連絡も取れない。

 それほど情報が少ない状態で無謀な行動に出るほど、アイリは愚かではないつもりだったが……このまま待ち続けるには切実な問題が、一つあった。


「お腹空いた……」


 アイリの腹は、こんな時でも空腹を律儀に訴えてきていた。


 待っていても、じり貧なのだ。

 大体、彼女を捜索している人間が、いるのかどうかも分からない。


 マサトが自分の行動が不自然でない理由を整えてから敵の元へ行ったのか、着の身着のまま出てきたのか。

 それすら、アイリには判断がつかない。


「僕、本当に装殻とマサトに頼りっきりだったんだなぁ……」


 彼女は、痛感していた。

 一人では自分のいる場所すら分からず、こんなにも不安だ。


 そもそもアイリはウェブマネー派であり、ネットが使えないとお金も使えない。

 餓死、脱水で死ぬなど本気で笑ってられない話だ。


「どうしよう……」


 セーフハウス自体は安全だろうが、外に出て危険がないとは言えない。


「どうせなら非常食くらい準備しといてよ……」


 と、マサトに詮のない恨みを抱いたアイリは、悩んだ末に決断した。


「やっぱり、とりあえず誰かに聞いてみるしかないかなぁ」


 餓死と外に出る危険を秤に掛け、アイリはある意味でマサトを信用した行動を取った。


 つまり、自分が餓死する前に誰かが見つけてくれる可能性は極めて低い、と。


 覚悟を決めて、マサトが用意してくれていた飲みかけの500mlペットボトルに入った水だけを持って、アイリは再び外に出た。

 少しでも危険を減らすために、まだ明るい内に行動を開始した。


 しかし。


「え?」


 街中でいきなり出会ったのは、人ではない奇妙な物体だった。

 鉱物を人のかたちに削りだし、血管を表面に張り付けたようなそれは。



「い、襲来体(イミテイト)!? 何でこんなところに……!!」


 アイリは反射的に、腕の装具に手を触れ。


「Veild up!」


 叫ぶが。

 装殻からの反応は、一切返って来なかった。


「ダメか……!」


 赤い襲来体が、ぎゃり、とアスファルトを踏んで前に出て来るのに合わせて、後退る。


「う……」


 顔そのものがそもそもない、無機質で喋りもしない襲来体が不気味に迫るのに。

 チリチリと焦燥感を感じながら、アイリは周囲を見回す。

 だが、武器になりそうなものは何もなかった。


 赤い襲来体が、膝をたわめる。

 そして、正に襲来体が飛び掛かって来る、その瞬間。




「ーーー《円月の刃(サークルフルブレイク)》」




 アイリの背後から半円を描いて赤い襲来体に迫った銀の飛来物が、横薙ぎにその体を薙いだ。

 風圧がアイリの髪と服を揺らす。


 崩れ落ちる襲来体から、その飛来物が戻った先に目を向けたアイリは。

 そこに、銀の飛来物……銀の大鎌(デスシックル)を手にした同色の装殻者が、立っていた。


 幾度も目にした、懐かしい装殻形状。


「人の縄張りで、目障りな事をするな、ゴミどもめ」


 しかしその声と外殻の色は、記憶にあるのとは全く違う。


「黒の、一号……?」


 疑問系で訊ねるアイリに対して、銀の装殻者は舌打ちした。


「お前もか」

「え?」


 銀の装殻者の言葉に思わず聞き返すが、返事はない。

 彼が解殻する。


 その顔を見たアイリは、思わず絶句した。


「何だ?」


 問い返す相手に、アイリは、はっとした後に彼を睨みつけた。

 アイリの顔は、襲来体を前にした時よりも厳しく引き締まっている。


「Mr.サイクロン……!」


 それは、死んだはずの男の顔だった。

 死体を直接目にした訳ではない。

 黒の一号が跡形もなく消滅させた、と、アイリは花立から聞いていた。


 それは嘘で、実際は彼を逃していたのか。

 しかし何の為に?


 聞く限り、Mr.サイクロンは黒の一号がシュリを殺す……その直接の原因となった存在であり、自業自得とはいえ、それに伴ってマタギも死んだ。

 彼が黒の一号に狙われる直接の原因となったのも、本来はアイリへの実験薬であったEX.gを悪用した事にあり、見逃す理由などないように見える。


 ―――本当は、取り逃がしていた?


 だが、そんな嘘をついて事実を隠す理由もまた、アイリには思い付かない。

 司法局が責められるのを恐れた……という事もないだろう。


 それなら、黒の一号に関する事態を生死不明で済ませた事の方が余程重大だ。


 逃げた彼がアイリを助ける事情も分からない。

 事件の顛末書を読む限り、人の命に頓着するタイプには感じられなかった。


 混乱を極めるアイリの思考に、Mr.サイクロンが冷や水を浴びせる。


「その名を知っているという事は、貴様はフラスコル・シティの人間か」

「……僕はフラスコル・シティ司法局の捜査員だ」


 アイリの言葉に、Mr.サイクロンが目を細める。


「その捜査員が、何故こんなところにいる?」

「こっちのセリフだね。お前は死んだ筈だ」

「貴様には関係のない事だ」

「関係がない、訳じゃないよ」

「ほう? だが、説明してやる義理もない。さっさと失せろ」


 Mr.サイクロンは、うっすらと笑みを浮かべた。


「それとも、俺を逮捕してみるか? 出来るなら、だが」


 Mr.サイクロンに言われて、アイリは迷った。

 彼女は今、装殻出来ない。


 マサトもいない今、生身で戦ったところで勝てる訳もなかった。

 そもそも、今のアイリにその権限はない。


 彼女はあくまでもフラスコル・シティの司法局員であり、最低でも休職扱いになっているだろう。

 迷っている内に、彼の仲間と思しき女が走って来た。


「シェイド。こっちも片付いたぞ」

「ああ」


 シェイド、それが今のMr.サイクロンの名前らしい。

 女は何気なくアイリに目を向けて、軽く目を見開いた。


「ニヒル……か?」

「知り合いか」


 Mr.サイクロン……シェイドの問いかけに、女は警戒心を浮かべた顔で告げた。


「前に話した、異界の0号だ。《白の装殻(クルセイダー)》と行動を共にしていた筈だが、何故こんなところに?」


 アイリは答えなかった。

 答えようがない、という方が正しいだろうか。


 自分でも、何故ここに居るのかが分からないのだから。


「異界などと、何度聞いても疑わしい話だが……居るべきでない存在、という意味では貴様も同じらしいな」


 シェイドの皮肉に、アイリは頬を引きつらせる。

 状況は、全く良くない。


 彼らが装殻して襲ってくれば、アイリはひとたまりもなく殺されるだろう。

 しかし、シェイドにその気はないようだった。


「丁度いい。生け捕りにすればPL社との交渉の材料になる」

「気を付けろ。以前、参式(ザ・サード)を相手にして対等に渡り合った人間だ。……強いぞ」

「その心配はないな」


 シェイドは、アイリを見透かすような目で見たまま、笑みも消さずに言い返す。


「こいつは赤い襲来体にやられそうになっていた。それに内在エネルギーの反応を見ると、理由は分からないが装殻が休眠状態にある。……纏身出来なければ、いかに強い装殻者とて、ただの人間だ」

「……本当か?」


 疑わしそうに言う女に、シェイドは鼻を鳴らした。


「生け捕りにした後で、好きに調べろ。ここで話していても疑問が解決する訳じゃないだろう」

「それは、そうだけどね」

「後でじっくり聞き出せば良い。今大事なのは、偶然とはいえ、組織の維持に必要なカードが手元に転がり込んで来た、という事だ」


 シェイドは、アイリに歩み寄って腕を掴もうとした。

 とっさに掴まれそうになった腕を引くが、シェイドに対しては無意味だった。

 あっさりと踏み込まれて、拘束される。


「っ……離せ!」

「力づくで振りほどいたらどうだ? 出来るなら、だが」

「う……」


 シェイドは同じように近づいて来た女から拘束ベルトを受け取ると、アイリの手足にそれぞれ巻いて肩に担ぎ上げた。


「帰るぞ」


 シェイドは言い捨てて、さっさと歩き出した。

 

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