第17節:俺にゃ理解できねーな。
「何なのよアンタは!」
アヤが、これまで見たこともないような形相でゴウキを睨み付けていた。
「ユナが戻ってきたと思ったら、カオリさんもいなくなったのに! この上、お兄ちゃんが別の奴に入れ替わったって言われて、誰が納得するのよ!」
「別に納得しよーがしなかろーがどうでも良いが、解除薬は作れ」
「なら、お兄ちゃんを返しなさいよ! 今すぐ!」
ゴウキは部屋の入り口に立ち、布団の上で枕を抱えるアヤを呆れたように見ながら頭を掻いた。
「あのな。コウが引き篭もってんのは自分の意思だ。確かに最初は主導権を奪ったが、俺はその後一切コイツを拘束してねぇ。戻ろうと思やいつでも戻れるんだ。コウが出てこねーのは、コウ自身の問題だよ」
「え……」
「コイツは、ミツキを殺しかけた。力に意識を呑まれて暴走したんだ。敵の介入があったのは事実だが、コイツは自分の意思の弱さに打ちのめされてんのさ。力を得て、舞い上がっていた自分の弱さにな」
ミツキは驚き、アヤは言葉を失っていた。
「うそ……」
「そうなんすか?」
彼の問いかけに、ゴウキはうなずく。
「大体、コウが出てこねー事は、てめーが解除薬の開発をしねー理由にはなんねーだろうが」
ゴウキは、容赦無くアヤに事実を告げる。
「もし仮に、俺がコウを拘束してたところで、だ。そもそもこうなったのは誰のせいだと思ってんだよ」
「……どういう意味?」
「コウが零号に覚醒したのは」
ゴウキが、アヤに指を突きつけた。
「てめーのせいだろうが。忘れたのか? ハジメちゃんが最初にフラスコル・シティに姿を現したのは、何でなのか」
アヤがしばらく押し黙った後、極限まで目を見開いた。
ひゅ、と彼女の喉が鳴る。
「……ハジメさんが、フラスコル・シティに行った理由?」
「EX.gの大元を追ってたんだったね、確か」
「そうなん?」
ミツキも勿論、黒の一号がフラスコル・シティに現れた、というニュースは知っていた。
あの事件のニュースは、全国規模で報道されていたのだ。
しかし、そもそもフラスコル・シティに向かった理由までは聞いていなかった。
ヤヨイが言った答えに、ゴウキはさらに言葉を被せる。
「そう。あのクスリさえなきゃ、コウとハジメちゃんはあの時に出会う事はなかった。ハジメちゃんはコウを、俺の転生者を探していたからいずれは出会ったかも知れねーが、直接のキッカケを作ったのはてめーだ、アヤ」
「EX.gは、あんたが理論を立てたんだったよね。それを【サイクロン】が悪用した」
「お前はコウに力を与えようとした。非適合者だったコウを自分勝手に救おうとして、逆に今の状況に追い込んだのは誰だ? コウがハジメちゃんと出会い、コウが零号になり、そして俺が出て来たのは」
アヤの顔色は、青を通り越して真っ白だった。
「……私、が」
「そう、元凶はお前だ。ハジメちゃんたちは優しかっただろうが、俺は違う。元々てめーは罪人なんだ。てめーのせいで新たな寄生殻は生まれ、姉貴のシュリも死んだんだろうが。それを償うために、解除薬を開発してんじゃねーのかよ。責任転嫁も大概にしろよ」
ゴウキはアヤに歩み寄ると、その左肩を蹴って足の裏で壁に向かって押さえつけた。
「っ……!」
「今、この時に。解除薬は必要とされてるんだ。色んな人間が力を合わせる為にな」
体を折って眼前でアヤの顔を覗き込みながら、苛烈な目でゴウキは睨みつける。
「良いか。ハジメちゃんが解除薬を必要とするなら、その為に過労死しようが解除薬を作り出すのが、てめーの役目だ。お門違いの文句言ってる暇があったら、さっさと貧乳と装技研へ行け」
ゴウキは自分の胸を右手で握りしめて、足を退けた。
「てめーはただ守られるお姫様じゃねぇ事を、ちったぁ自覚しろや」
張り詰めた空気。
それが引きちぎれて爆発する前に、ヤヨイとミツキの背後から声が掛かった。
「あー、取り込み中に済まんがね」
振り向くと、そこにミツキにとって懐かしい人物が立っていた。
初老の男だ。
くたびれたスーツに、柔和な顔。
しかし意思の強さを示すように、眉間にもくっきりとシワを刻んだその男は。
「え……おやっさん?」
「鯉幟さん……」
「おう、ミッちゃん、それにヤヨイも。久しぶりだな」
軽くミツキの肩に手を置いて二人の間を素通りすると、おやっさんはゴウキに声を掛けた。
「あー、ゴウキさん、でしたかな? 初めまして」
「司法局の刑事か。フラスコル・シティから遥々と何の用だ?」
「ああ、コウくんの記憶があるんでしたな。いえ、坊の事で、トウガくんとハジメに呼ばれましてね。何やら揉めているようなので、少しお節介を、と思いまして」
おやっさんは、複雑な色を浮かべた笑みを作り、首をかしげる。
「アヤさんに法の裁きを受けさせるための手錠を掛けたのは……彼女を罪人にしたのは、私ですからな」
「はん。流石ハジメちゃんのお仲間だ。身内に甘い」
「そう、責任がありますのでね。尤も、彼女が私の事をどう思っているかは分かりませんが……あなたのやり方ばかりが、人を動かす為に正しい訳ではないのですよ。発破を掛けて動けるのは、強い人間だけです」
「俺にゃ理解出来ねーな」
「でしょうね。あなたは、0号ですから。……少し、二人で話をさせていただいても?」
「好きにしろよ。俺は、言いたいことは言った」
おやっさんはうなずいて、ゴウキと入れ替わりに部屋に入ると。
ゴウキが出るのを見て、襖を閉めた。




