第16節:ハジメちゃんが困るんだよ。
「アヤが部屋から出て来けーへん!?」
「うん……」
ミツキの驚きの声に、ケイカはうなずいた。
今、彼らは共同生活を送っている家に帰っていた。
状況が落ち着くまでは、代わる代わる荷物を取りに来たり休息に来てはいたものの、全員が揃う事はなかった。
特にアヤとヤヨイは、カオリに打たれた薬物の事後経過を見る為に、医務班の所有する入院施設にいた為に、帰宅すらしていない。
状況が落ち着きを見せた後、退院許可の出た二人に合わせてケイカとミカミ、それにミツキ、リリスにも帰宅命令が出た。
近所の警備課員の家族に預けられていたユナと共に、久しぶりに揃って夕食を取り、今は明けて翌朝。
そして、居間にアヤ以外の全員が揃った状態で、ケイカがアヤの事を告げたのだ。
カオリの裏切りや、コウの異変。
そうした事があって、全員の空気は元通りとはいかなかったが。
ミツキは昨夜、アヤにおかしな様子など感じなかった。
「アヤが引き蘢るような理由、なんかあるか? まだ体調が戻ってないんちゃうん?」
と、問いかけるミツキの頭を。
傍にいたヤヨイが、容赦なくひっぱたいた。
「おい、馬鹿息子。お前脳みそ腐ってるんじゃないのかい?」
「って〜……おかん、いきなり何すんねん」
頭の痛みが治まるのを待って顔を上げたミツキを待っていたのは、女性陣の呆れ顔だった。
リリスどころか、ユナまでもがミツキをじっと見つめている。
「な、何なん?」
「ミツキ、あなた本当に理由が分からないの? アヤが気に病む事なんて、コウの事しかないでしょ!? あの子はコウの家族なのよ!?」
「あ」
ミツキはすっかり失念していた事を、ようやく思い出した。
コウは今、言わばゴウキに乗っ取られた状態なのだ。
忙しさのあまり、というには、軽く見てはいけない事情である。
しかし、一度はコウの安否を問いかけたミツキも、ゴウキに対する信頼感が生まれてからはあまり心配していなかった。
しかし、本来の装殻者という存在の事情も知らず、ただコウがゴウキに入れ替わった事だけを知ったアヤがどう思うか、までは考えが及ばなかったのだ。
「ええと。逆におかんらは分かってたんなら、何で触れへんかったん?」
「久しぶりに皆が休める時に、場の空気を乱すような話をするのは……私は、嫌い」
「大体、話せる訳ないでしょ? アヤは【黒殻】の協力者だけど、《黒の装殻》ではないわ。それに、事情を話したところで、納得するとは……」
と、ケイカが言いかけた所で。
「そんな事ばっか言って蚊帳の外に置くから拗ねてんだろうが。ったく、案の定だぜ」
玄関側の襖をパシンと開けて堂々と入って来たのは、誰あろう話題に上がったゴウキだった。
相変わらず、コウと全く同じ顔なのに、あまりにも満ちあふれる自信と茶目っ気のせいで全然別人に見える。
「とりあえず、上行くぞ。アイツにゃとっととベイルド解除薬とか言うのを完成させて貰わなきゃハジメちゃんが困るんだよ」
「ゴウキさん。あんたが出て行っても逆効果じゃないのかい?」
ヤヨイは、既にゴウキとの面通しが済んでいる。
ハジメを超えるシステム権限を持つヤヨイに、電子鍵や面会謝絶措置など全く機能しないのだ。
それを良い事に、ヤヨイが好き勝手装技研の中を動き回っている間に、ばったりとゴウキと出くわした。
二人は、その自由気侭な気質がよく似ている。
ヤヨイの頭の回転の速さをゴウキは気に入ったようで、二人はすぐさま意気投合していた。
それもあって遠慮のない指摘に対し、ゴウキは鼻で笑って肩を竦める。
「おいおいヤヨイ。お前、俺がコウを失って傷心のアヤを優しく慰めるとでも思ってるのか? 冗談だろ?」
「……どうするつもりなのよ」
ヤヨイと違い、ゴウキに良いようにやり込められているケイカは、ふざけるジンに対する時よりもさらに刺々しい口調で、睨みながら言う。
ゴウキはわざわざ小馬鹿にしたような表情を作り、ケイカに言った。
「決まってんだろ。理詰めでやり込めてさっさと動かさすんだよ。ボケみてーに腑抜けてた貧乳みたいにな。おっと、そういやアヤも大して胸はねーな。貧乳はザコって相場が決まってんのか?」
「いっちいちいちいち、そうやって人を馬鹿にしないと話も出来ないのかしら?」
「馬鹿と喋るためにレベルを合わせてやってんだよ。むしろ感謝して欲しいくらいだな。メンツはどうすっかな……」
ゴウキは顎を撫でながらその場を見回し、一つうなずいた。
「ヤヨイとミツキ、一緒に来いよ。お前らなら余計な事言わねーだろうし。残りは待ってろ」
言って、ゴウキはさっさと二階に上がってしまった。
ミツキがヤヨイの顔を見ると、ヤヨイは何を思っているのか口の端を上げて、立ち上がる。
「0号様のご指名だ。行くよ、馬鹿息子」
「え? 止めんでえーのん?」
「あんたは、本当に察しが悪いね」
ヤヨイがミツキのデコを指でぐりぐりと押す。
「もしゴウキが来なきゃ、私が行くとこだよ。コウの事はそりゃね、気の毒だと思うけど。今はそんな場合じゃないし、あの子にそんな事で不貞腐れる資格は、ないんだよ」
「資格がない?」
「どーゆーこっちゃ?」
ミツキはケイカと顔を見合わせて首を傾げるが、ヤヨイは構わずにミツキの襟首を掴んだ。
「ほら、行くよ。ケイカは答えが知りたきゃリリスに聞きな。その子は分かってるからね」
二人が二階に上がる途中で、アヤの怒鳴り声が響いて来た。




