第13節:それが始まり
「本条」
医務室へ、という花立に首を横に振ったハジメと共に仮眠室へ向かう道すがら。
花立は、彼に話し掛けた。
「お前は最初から分かっていて、装殻者になったのか」
「……ああ」
お互いに、顔は見ない。
弐号を除けば、花立は《黒の装殻》の中でハジメと最も付き合いが長かった。
お互いに、相手を頼りにしていると。
花立はそう思っていた。
「言いたい事は分かる。済まなかったともな。だが、俺はやらなければならなかった」
花立の声音から察したのだろう。
しかし、ハジメの声音は変わらない。
「何の為だ」
途中から聞いた話では。
ハジメが装殻者となる必要はなかった。
備えという意味では、対抗手段を探すのは正しい。
しかし襲来体は霊号を殺す存在であり、世界の穴が閉じない限り生まれ続ける。
その襲来体は、霊号のみを殺して満足する訳ではないだろう。
彼の対峙した襲来体は、花立らだけではなく人類全てを殺し尽くそうとしていた。
襲来体と霊号。
相容れない存在同士と、世界を含む人類の未来を秤に掛けた時。
取れる手段は二つだけ。
相討ちか……襲来体を撃滅した直後に霊号が命を絶つ事。
そう、花立は理解していた。
0号の生まれ変わり、コウの存在を予見していたなら。
ハジメが枷を背負う必要はなかった。
そうまでして何故、と。
一言の問いかけに込めた花立の意図を、ハジメは完璧に理解していた。
「俺はもう二度と、ゴウキさんに……あの人に、戦って欲しくなかった」
「どういう意味だ?」
「襲来体の再来は、ゴウキさんが死に、コアの欠片を得たあの時から分かっていた。いずれゴウキさんが生まれ変わる事も、その時再び襲来体と対峙するだろう事も、俺には分かっていた」
霊号の。
装殻者という者の定めを理解していたというハジメの、呻くような告白。
「だが……俺は、そうして欲しくなかった。口ではああ言うが、あの人は、ゴウキさんは誰よりも戦う事を忌避していたんだ」
何で俺が戦わなきゃならない。
何で俺が、世界のために死んでやらなきゃならない。
ゴウキは事あるごとにそう口にしていたと、ハジメは言う。
「常にそう言っていたあの人を、死に駆り立てたのは、俺だ」
母親が死んだ原因は。
ハジメが襲来体に捕らえられた事だったらしい。
「ゴウキさんは、優しい人だ。俺を見殺しには出来なかった。その時に」
ハジメの母親は襲来体から、決死の体当たりでハジメを救って致命傷を負ったらしい。
そして、ゴウキがハジメを人質に取った襲来体を殺した時には。
彼の母親は、明らかに助からない状態だったと。
「俺のせいだ、とゴウキさんは言った。そしてあの人は襲来体と戦う決意をして、俺はあの人についていった」
そして、最後には死んだ。
淡々と乾いた声で、ハジメは言った。
「もう十分だと、俺は思った。誰よりも死にたくないと思っていたあの人が、これ以上戦いに臨むのを……死に、生まれ変わってまで戦わなければならない状況を、どうにかしてやりたかった」
襲来体とコアさえ消えれば、ゴウキが死ぬ事はない。
ならば、自分が成り変わればいいと。
「だが、俺は勘違いをしていた。俺は、コアを復元して自身に植え付ければ、霊号という存在が俺に移ると思っていた。しかし実際はこの有様だ。異界の霊号までをも巻き込み、あげくに襲来体がより強力になってしまった。……それを知った時は、流石に堪えた」
どうあっても、ゴウキを戦いから逃れさせる事は出来ないと知った時。
ハジメが何を思ったのかが、花立にはその口調から痛いほど読み取れた。
「俺のした事は、結局ただの我儘だった。ゴウキさんとの約束も守れず、お前たちまで巻き込んで、未だにこうして醜態を晒している」
初めて聞く話だった。
そしてハジメも自分たちと同じだったのだと、花立は知った。
《黒の装殻》は何故こうも、皆。
自分自身も含めて、大切な何かを失った者ばかりなのか。
「ゴウキと、どんな約束を?」
「平和に生きるという、約束だ。平和に、平凡に、幸せに生きるという……」
花立は苦笑した。
「平和、平凡。幸せ。確かに、お前ほどそこから遠い奴はいないな」
かつての英雄。
今は人類に疎まれ、襲来体に狙われ。
それでも、人の為に戦い続ける男。
「だが、俺たちにはそんなお前が必要だ。俺もお前も、波乱の人生だが…… 俺は、お前に会えて良かったと思う」
「……花立」
「俺たちは神じゃない。自分の行動が、どんな結果をもたらすのか知れる訳じゃない。だが、今この時に、戦う力を持っている事を、俺は誇りに思っている」
ハジメは少し黙り、やがて小さく言った。
「……ありがとう」
そしてハジメは、過去の話を続けた。
※※※
『ゴウキさん。本当に行くんですか?』
幼いハジメは、まだ生きていたゴウキと共に、岬の突端に立っていた。
空は青く晴れ渡り、陽光照らす中で海が同じ色で穏やかに凪いでいる。
静けさと波の音。
塩気を含んだ風。
そんな空気を胸一杯に吸い込んでから、ゴウキは笑った。
『おう。あの石ころどもの親玉、さくっと砕いて来るから、楽しみにしてろよ、ハジメちゃん』
これからゴウキが死に向かう。
そんな空気を、世界もゴウキ自身も微塵も感じさせない中で。
『……俺も、連れていってくれませんか?』
意を決して問い掛けるハジメに、ゴウキはにべもなく答える。
『ヤダね。お前みたいな弱っちい奴連れて言ってもクソの役にも立たねー』
『……使徒になれば』
『今更かよ。お前を使徒にはしねーって散々言っただろうが』
軽く頭をはたかれ、顔を俯けるハジメの頭を、はたいたその手でゴウキが撫でる。
『俺が、全部終わらせてやる。……だから、平和に生きろ。平凡に、幸せにな。―――お前が俺に、付き合う必要なんかどこにもねぇんだ』
いつになく優しいゴウキの声音に、ハッと顔を上げるハジメ。
しかしゴウキの顔は、既に諦めと共に厳しく引き締まり、空へと向けられていた。
『なぁ、ハジメ。俺は結果がどうなろうと死ぬが……お前だけは、俺を覚えていてくれ。世界の為じゃねぇ。お前が平和に生きる為に死のうとしてる、間抜けな装殻者の事を』
言葉を失うハジメに、へへ、と笑って。
ゴウキは、親指で逆十字を描いた。
『極纏身!』
ゴウキの姿が変わる。
人から異形へ。
地面を蹴り、さらに巨人の姿へ。
その姿に翼と尾生やしながら、竜のような漆黒の巨駆へ。
オオォォ―――……ン、と。
咆哮に似た音を立てながら、ゴウキが空の彼方へと消え去っても、ハジメはその一点を見つめ続けた。
空の彼方で、幾度か光が弾ぜる。
無限遠を見つめて平衡感覚すら失われそうな程の時間が経った後。
ハジメは、一際大きな輝きが爆ぜて空が静かになるのを感じた。
それでも、いつまでも空を見つめるハジメの元へ。
夕暮れの中、一欠片の黒い何かが空から舞い降りて来るのが目に映る。
ハジメの一縷の期待とは裏腹に、それはゴウキではなく、小さな欠片だった。
ゴウキの纏う外殻に良く似た質感のそれは。
ふわりと浮くように彼の手元に収まった。
『……ゴウキさん』
それを見て、結果を悟ったハジメは泣いた。
『嘘つきじゃないですか……全部終わらせるって、言ったのに』
それは、コアの欠片。
ゴウキの魂の破片だった。
しかし未だ小さく息づくコアは、ゴウキの闘争が終わらなかった事の証。
跡形もなく消え去るべきだったものだ。
やがて、日が完全に暮れた後。
ハジメは一つの決意を胸に、その場を後にする。
いつか再び、脅威が訪れた時に。
ゴウキが戦わなくても済むように、ゴウキの力を受け継ぐ事を。
彼はそれからさらに勉強し、戦えるように体を鍛え。
―――その後に、黒の一号となる。
それが、全ての原因や始まりになるとは、思いもせずに……。




