第12節:お前には才能がねぇ。(後編)
「ただの、我儘ですよ」
その言葉に、ゴウキは目を細める。
「へぇ。ただの我儘で……人類の命運を左右する選択を決めたってのか?」
「はい」
黒の一号の言葉に、迷いや躊躇いはなかった。
ゴウキは、その日初めて、構えを取る。
右拳を前に半身となり、左手を開いたまま、添えるように腰に据えて。
「なら、この場でその我儘の報いを受けろ。お前は選択を間違った。……この一撃を受けきれなきゃ、お前は死ぬ。人類の滅びと共にな」
ゴウキは、ぐ、と重心を落とし。
手加減抜きの、本気の一撃を放つ姿勢を取った。
「―――時空改変」
ゴウキの感覚の中で、時が止まる。
入り込む直前に、黒の一号も限界機動を行うのを感じたが、止まった世界でのろりとした動きを見せるだけだ。
「行くぜ」
ゴウキは。
自身の破壊力を十全に乗せた踏み込みと共に。
黒の一号に、突貫した。
風すら置き去りにし。
霊子の加速力をそのまま破壊力に転化し、存在を構成する霊子を弾き飛ばす一撃。
そこで。
黒の一号の動きが一瞬だけ加速して、交差させた両腕でゴウキの拳を受けた。
だがそのまま抉り抜くように放ったゴウキの拳は、黒の一号に全ての威力を余すことなく伝える。
限界機動状態戻り、ゆっくり浮き上がる黒の一号を見ながら。
ゴウキは、時空改変を解いた。
音速以上の衝撃と轟音が、時が流れるのと同時に黒の一号に集約し。
スラスターを全て背後に吹かして、装技研の建物の壁に叩きつけられる寸前で。
黒の一号を、飛び降りてきた参式が受け止めた。
ゴウキは内心で感心する。
途中から見ていた事には気づいていたが、結果を予測した上で限界機動直後に動かなければ間に合わないタイミングだ。
やはり《黒の装殻》の中でも、花立トウガの戦闘センスはずば抜けている。
「生きてるか? 本条」
「……なんとかな」
黒の一号は全身から白煙を上げ、両腕の外殻はひび割れて砕けかけていたが。
それでも言葉通り、黒の一号は生きていた。
「やりゃ出来んなら、最初からやれ」
髪を掻き上げながらゴウキが言うと。
「無茶を言うな」
「……出来るのは、ほんの一瞬です」
『強制解殻』
参式が悪態をつき、荒く息を吐きながら膝をついた黒の一号が補助頭脳の言葉と共に解殻する。
なんとか意識を保っているハジメは、ゴウキに顔を向けて話し始めた。
「あなたの言う通り、俺はただの、平凡以下の人間です」
汗まみれの顔は真剣で、しかし目の光は衰える事なく輝いている。
「花立やあなたのように、人以上の存在にはなれない」
「……本条」
言葉こそ弱音のように。
しかし、弱々しさなど欠片もない口調で。
「そんな事は、俺自身が一番よく分かっています。それでも俺はこの役割を他の誰かに背負わせる訳にはいかなかった」
「何でだ?」
「〝装殻者〟は使命を果たしたら死ぬ運命にあると……そう教えてくれたのは、あなたです、ゴウキさん。俺は、その使命を他の誰かに継がせる訳にはいかなかった」
ゴウキは。
相変わらず変わらない〝強さ〟を持つハジメの言葉に、深く息を吐く。
「その結果が〝正義を騙る修羅〟か……心優しくて甘っちょろいハジメちゃんには、ちっとも似合わねぇな。正義の使者の間違いじゃねぇのか」
ハジメは、そこで初めて顔伏せた。
「俺は、正義なんかじゃありません。俺の選択が、今の状況を……襲来体ではなく《星喰使》を呼び寄せた。未来への備えを行ったつもりで、俺は災厄を呼び寄せたんです」
「お前が装殻者にならなくとも、《星喰使》が現れなかった、とは限らねぇ」
「……どういう意味だ?」
参式の訝しげな声に、ゴウキは背を向けた。
「俺はあの時に死んだが、俺のコアは残った。それは穴が閉じなかったって事だ。奴等がより強力になったのは確かに三人の霊号がいるせいに見えるが、ハジメちゃんの備えが間違っていた訳じゃない。それに……」
「それに?」
喋りすぎた、とゴウキは首を横に振る。
「いや、いい」
ゴウキは強引に話を打ち切って肩越しのハジメを振り向くと、話題を変えた。
「しかし、お前の頑固さには呆れるぜ。せっかく人のままにしといてやったのに、相変わらず、全然俺の言うことを聞かねぇ」
ハジメが使徒たるべき存在だと、出会った瞬間にゴウキには分かっていた。
だが、ゴウキは最後まで、ハジメを己の使徒にはしなかった。
「約束を守れなかった事は、謝ります。未だ世の中は平和には遠い。……あなたの欠片を得ても、俺はあなたの足元にも届かなかった」
「はっ。ハジメちゃんが俺に追いつこうなんざ、永劫無理だボケ。身の程をわきまえやがれ」
わざと憎まれ口で笑い飛ばすと、ハジメが苦笑した。
「……そうですね」
「お前は本当にしょうがねぇ。だが、お前には俺にはねぇもんがある」
「……?」
ゴウキは、親指でハジメの背後を指差した。
ハジメが見上げると、そこに立っているのは、参式装殻を纏った花立トウガ。
「仲間だよ」
ゴウキは自身も装殻を解いた。
それを見て、参式も人の姿に戻る。
「……俺は結局、人を信じる事が出来なくて最後まで一人戦ったが。お前にゃ仲間がいる。頑固さとその事実だけは、俺より上だ」
「それは、俺が弱いからです。頼らなければ、戦い続けることが出来なかった」
「っかー、珍しく褒めてんだから素直に受け取れよ! 相変わらず女々しい奴だな!」
けっ、と唾を吐き捨てるような仕草をした後に、ゴウキはハジメらに向かって追い払うように手を振った。
「もーいい。行け」
「はい」
花立の肩を借りて、ハジメが姿を消した後に、ゴウキはぽつりと呟いた。
「……本当の英雄ってのは、きっとあいつみたいじゃなきゃいけなかった。強がりを通すだけじゃなくて、自分の弱さも認めて先に進めるような奴じゃなきゃ、いけなかったんだ」
ハジメを使徒にしなかったのは、ゴウキの甘さだ。
それが、ハジメらには秘した事実を招いた。
こんこん、と握り拳で胸を打ったゴウキは、状況を見る事だけを許している自分の後継者に言う。
「なぁ、コウ。ちょっとだけ見せてやるよ。お前が憧れた英雄が、俺にとってどんな存在だったか」
どうしようもないくらい、頑固で、運動音痴で、口だけは立派な事を言って。
「……俺の相棒は、俺が相棒と認めたのは、ハジメだけだ」
母親しかおらず、その母親をゴウキのミスで失ったのに、一言も責めもせずに。
「俺が、この世界で救いたかったのは、あいつだけだった」
この世界でたった一人、ゴウキの真実を知っても態度を変えずに傍に居てくれた、優しい男。
「あいつだけが、俺を信じ、そして俺も……」
ゴウキは、自身の記憶をコウへと手渡した。




