第11節:お前には才能がねぇ。(前編)
《白の装殻》との和解、そしてマサトの捜索を指示してから三日が経過した。
ようやく状況は落ち着きを見せ始めており、仮眠と食事、入浴以外はほとんど働き続けていた花立も少し暇が出来た為、ハジメを探していた。
零号コアを持つ者は死ぬ運命にある、という話は、花立の心に一筋の影を差す。
コウ、マサト、そして―――本条ハジメ。
花立は、詳しい話を聞きたかった。
ハジメが再改造によって、グラビティ・コアの力を完全に顕現させようとした時、総帥代理として業務をこなしたのは花立だ。
その時に、花立は既に参式であり、ハジメの再改造が終われば、花立らも力を増すだろう、とハジメは言った。
事実、花立らの力は増したが、彼はその時、自らの死に関する話は一切していなかった。
いつから知っていたのか。
最初からか。
それとも、再改造を経て真の〝装殻者〟となった時に知ったのか。
前者であれば、花立に協力させた事を。
後者であれば、何故その場で言わなかったのか。
一言、文句を言ってやりたかった。
本条を止めることは、出来なかっただろう。
彼は目的と自身の命が秤に掛かった時に、迷いなく目的を取る男だ。
それでも。
花立の頭に過るのは、ミツキの父親、カズキの死に様。
助かる術があったのに、それを良しとしなかった。
―――あんな思いをするのは、二度と御免だ。
花立がようやくハジメの姿を見つけたのは、装技研の三階から見下ろした訓練場。
そこに、手足のみに外殻を纏って立つゴウキと、黒の一号となったハジメが膝をついている姿が見えた。
※※※
「手が遅ぇぜ、ハジメちゃん」
ゴウキは黒の一号が足を踏み込んで放った右を、蚊を払うように手ではたいた。
黒の一号は言葉を口にしないまま今度は前蹴りを打ってくるが、それも同じ手で弾く。
「やる気あんのか? こうだよ」
ゴウキが無造作に拳を突き出すと、黒の一号は反応すら出来ずに鼻先を打たれて吹き飛ぶ。
「なぁ、昔っから思ってたけどよ」
呆れた表情を作って、即座に起き上がった黒の一号に対してゴウキは告げる。
「お前は、ホントーに雑魚だよな」
黒の一号は答えない。
ゴウキは構わず続けた。
「お前らの中で、一番見込みがあんのは 花立だ」
再び愚直に突っ込んでくる黒の一号に対して、ゴウキは突き出された拳に自身の拳を合わせて応じた。
「あいつはなかなかやる。霊子操作ってもんを、感覚で理解してる。紛いもんの使徒じゃなくあいつが零号だったら、俺とタメ張るか、下手すりゃ負けるな」
打ち合わせた拳をするりと解いて黒の一号の拳を握りしめたゴウキは、そのまま片手で、力任せに黒の一号を横に投げる。
無造作に、子どもに振り回された玩具のように、黒の一号が放り出された。
「次点でミツキだ。一度に精密操作出来る霊子量が他の奴らの倍はある。俺から言わせりゃまだ荒いが、磨きゃもっと光るだろ」
滑るように移動して黒の一号に追いついたゴウキは、踏み止まった直後の黒の一号の腹に膝蹴りを見舞う。
「ケイカも同じだ。あれを得たのはお前らにとっての奇跡だな。あいつは〝世界に過剰に溜め込まれた霊子〟をエネルギーに還元消費する襲来体の特性と、〝呼び込んだ霊子を加速する〟装殻者の特性を合わせ持ってる」
体を折る黒の一号に対して、その喉元を掴み上げて吊るし上げたゴウキは、息一つ乱れていない。
「勿論、元来のそれぞれにゃ及ばねぇが……ケイカの持つ力が強い力である事に変わりはねぇし、何より奴はこの世界で自分以外誰一人持ってない力を、曲がりなりにも制御出来てる。独学で、だ。大したもんだ」
吊るされた黒の一号が、不意にゴウキの腕を掴むと、浮いたままの足を跳ね上げた。
頭を狙うその足を空いている手で受け止めて、ゴウキは投げを打つ。
重い音を立てて地面に叩きつけられた黒の一号は、それでも拳を握りこんだ。
うつ伏せになり、足元を薙ぐように振るわれた鉄槌を、ゴウキは軽く跳んで躱す。
「ジンの野郎も総合的に見りゃ平凡だが、奴の限界機動への適正と肝っ玉はヤベェ。俺の時空改変に迫る―――霊子還元ギリギリラインの加速だ」
ゴウキは、降りると同時に黒の一号の頭を踏みつけた。
「一歩間違や存在崩壊してもちっともおかしくねぇ速度での戦闘行動で、覚醒しきってなかったとはいえマサトを圧倒したってーのは、驚嘆に値する」
そのまま足を退けずに、自分の顔を寄せて囁く。
「だがお前には、なんの才能もねぇ」
無理やり体を起こそうとする黒の一号を足の力でねじ伏せながら、ゴウキは続ける。
「お前の装殻は確かに紛いもんだ。そのせいで重すぎて、補助なしじゃマトモに動けない……とお前は言うけどよ」
せめぎ合いをやめて足を退けたゴウキは、一度後ろに下がった。
黒の一号は上体を起こして立ち上がろうとしたが、よろめいて膝をついたままゴウキを見上げる。
「実際俺が見たところ、お前が作り上げた装殻はどれもこれも大した出来だ。お前の一号装殻だって、本来なら誰よりきっちり霊子を操れておかしくねぇ」
ゴウキは、黒の一号が回復するのを待ちながら、話を続けた。
「大体、本当にそんだけ重いなら、たかがスラスターの補助くらいじゃどうにもならねーはずなんだよ。だが実際はどうだ? お前は追加武装を付けたら問題なく動けてる。補助があれば、な。それがどういう意味か分かるか?」
ふらふらと立ち上がる黒の一号に対して構えすら取らず、ゴウキは彼を見つめ続けた。
「補助頭脳が……お前が端正込めて作り上げた霊子操作補助システムが動作把握するウェイトが大きければ大きい程に、一号装殻の霊子流がスムーズになるって意味だ」
「……限界機動!」
黒の一号は再び地面を蹴った。
先ほどよりは速い。
だが、それだけだ。
「そこから導かれる答えは一つ……お前自身は、霊子をまともに操れていない」
蹴り込まれた足を受け流すように手を添えていなし、胸元に掌底を放って再び地面に打ち倒す。
「……!」
「俺は、そんなザマでお前がここまでマトモに戦ってきた事を誉めるべきか? それとも、今回の戦闘の鍵であるお前の、その才能のなさを嘆くべきか?」
ゴウキは、まだ立ち上がろうとする黒の一号に呆れながらも、同時に笑う。
「流石の諦めの悪さだ。……お前の持つ《黒の装殻》の戦闘記録は全て見た。何故、弐号を選ばず、自分を装殻者にした」
ゴウキの見る限り、弐号の適性と才能は下手をすれば花立と同等だ。
そして黒の一号が装殻を開発した頃には、弐号は既にハジメと出会っていた。
何故なら弐号は、黒の一号を共に開発した研究者だったからだ。
「お前は、適性そのものは確かに高い。だが、いくら上質な筋肉を得られる肉体を持っていたところで、それを操る中身が壊滅的な運動音痴だったら、なんの意味もねぇ」
「……」
黒の一号は答えない。
ただ立ち上がり、がむしゃらに向かってくる。
もう何度目になるかすら分からない一合を経て、黒の一号を地面に転がしたゴウキは、欠伸をした。
何度やっても同じだ。
ゴウキにとっては準備運動にもならないレベルで、黒の一号は弱い。
対等な条件で戦ってやった所で、ゴウキは装殻して動くだけで限界機動が発動する。
その上、純粋な技量だけなら黒の一号はせいぜい優秀な装殻者レベルだ。
ゴウキの知るハジメからは、それでも考えられない位の成長だが。
「答えろよ、頭でっかちでもやしのハジメちゃん。運動会で走れば圧倒的ビリっけつ、腕立て伏せもまともに数をこなせない、逆上がりも出来なかったようなお前自身を、何故装殻者に選んだ。栄光でも欲かったか?」
あるいはハジメが、ゴウキの使徒であったなら。
話はまた違っただろう。
使徒装殻は、使徒の適性に応じて形を変える。
ハジメが、その頭脳と先を見通す視野の広さを生かした補助型であったなら。
彼は最高の使徒だっただろう、とも思う。
しかし、ハジメが作り出して己の血肉とした一号装殻は、ゴウキを元にしたもの。
近接寄り万能型の、本人の運動能力に発揮できる力を左右される装殻だった。
「幾ら霊子を操る分厚い巨殻を作ろうが、コアリンクでケイカや花立の能力を借り受けて頼ろうが、《星喰使》どもの親玉にゃ本当の意味じゃ対抗出来ねぇ。それくらい理解してんだろ?」
その問いかけに対して、黒の一号は。
「……俺が、俺自身を装殻者にした理由は」
構えを取ったまま、ようやく口を開いた。




