第14節:死客は囁く
「カオリ姉ちゃん!」
「お帰りなさい、カオリさん」
そう声を掛ける者たちにきちんと応じながら、カオリが〝亡者〟を案内した先にあったのは。
巨大な共同生活場……児童養護施設か老人ホームの跡地を利用したと思しき共同生活場だった。
建物の奥にある部屋の一つに向かう際に、カオリが言っていた事によると。
【アパッチ】という組織は、ベイルダーだけでなく、かつてのシェイド同様に組織に利用された者や、外的な被害を受けた者の集まりらしい。
米国の手によって、望まぬ形で装殻試験者となった者。
先程出会ったような年若い不良装殻者、そしてかつて襲来体によって住処を失った者達。
そうした、弱者の集まりだった。
「私は現在、【アパッチ】の代表を務めている。彼らと共に」
さほど広くもない部屋で紹介されたのは、一人の寝たきりの初老の男と青年だった。
青年の方は特に外見的に変わったところはないが
初老の男は異様だった。
全身、装殻状態でない部位の方が少なく、顔も半分が人ではない。
しかもその装殻は黒で、全身に錆が浮いていた。
どう見ても、寿命が近い。
天命ではなく……装殻の稼働限界が。
「シェイドさん。私は宮北シンゴ。我々はあなたを歓迎する。是非、力を貸していただきたい」
『……野山キタツ。お見苦しくて申し訳……ない」
シェイドは二人を一瞥してから、カオリに目を戻した。
「さっさと用件を喋れ」
カオリは代表の残り二人に目を向けた後に、素直に話し始めた。
「我々には今、戦力になる人材が少ない。襲来体の出現からこっち、物資の輸送を委託していた外部の人間が幾度か襲われ、残った連中も怖じ気づいてしまってね。……移送を行う者たちの、護衛をしてほしい」
「俺のメリットは?」
「衣食住の提供。足りなければ報酬は多少なりとは出せるが、多額という訳にはいかない。後出せるのは女くらいだ」
「ほぉ」
先程のシェイドの発言を、覚えていたのだろう。
彼はわざと好色そうな笑みを浮かべてみせる。
「それはお前が、俺の相手をするという意味か?」
「お望みならな」
臆す事もなく答えるカオリに、シンゴが声を上げる。
「おい、カオリ」
「他に出せるものがないんだから仕方ないだろう? このまま、子どもたちを飢えさせるのか?」
シンゴが苦い顔で押し黙り、シェイドはカオリに向かって一歩足を踏み出すと、顎を掴み上げる。
「こいつらに弱味でも握られているのか、ただのバカなのか判断がつかんな。人を飢えさせない為に我が身を差し出す? そんな事は、愚か者のする事だ」
シェイドが見たところ、カオリはかなり手練れの装殻者だ。
頭の回転も早く、度胸も美貌もある。
一人でなら、どんな風にでも生きていけるだろう。
そうしない理由が、シェイドには本当に理解出来なかった。
『人と寄り添わねば……生きれぬ事は、愚かしい、ですかな』
錆び付いた声で口を挟んだのは、キタツだった。
『ワシはこの通り……動くこともままならぬ身。死なずにおきたい、と思えば、人にすがる他、ありませぬ。……それでも生きたい、と。願うは愚か、ですかな?』
キタツの物言いに、シェイドは目を細める。
「生き恥を晒すくらいなら死を選ぶ、という考え方もあるだろう?」
『そのような強さを持つ者は……一握り、ですな。ワシは貴方が愚か、というここの者が居らねば、生きる事すら、難しい。それでも、生きたいの、ですよ』
ほっほ、と、苦しい息で笑うキタツに、不快感を覚える。
「その為に、この女が俺に抱かれても構わないか」
『胸が痛まぬ……と言えば、嘘になります、が。生き汚い、このワシと……貴方が同じ立場になった、と、して』
キタツは、震える手で胸元の外殻を叩いた。
『貴方は、迷惑を掛けるから、と。死を選び、ますかな?』
否。
シェイドは瞬時にそう思い。
思った事実に、舌打ちした。
『このオンボロの、言葉に。何か思われた、ので、あれば。……ご協力を、どうか。お願い、したい。七番目の、お方」
シェイドは、掴んでいたカオリの顎を離して、即座にキタツを睨み付けた。
「貴様……」
「おっと、口が……滑り、ました、かな」
また、ほっほ、とキタツは笑う。
「ワシは……失敗作、です。貴方と、違う……一度だけ、でも。如何です、かな?」
シェイドの頭を、下らない走馬灯のように過るのは。
かつての自分に似た少年たちと、一人の男。
ただ一人の同胞だった、と、思っていた男の顔と、キタツがダブる。
「―――一度だけ、だ。金も女もいらん」
それだけを口にして背を向け、部屋を後にしかけるシェイドに。
「感謝……いたします」
投げ掛けられた声に、シェイドはまた苛立ちを覚えた。




