第1節:腹へった
「エータ! パイル!」
必要最低限のコアエネルギーの充填と外殻の修復を終えたのか、飛来したラムダが0号からエータを庇うような位置に着地した。
パイル自身も、未だに解殻していない。
彼は警戒していた。
黒の連中と自分たちは違う。
ゴウキが奴等の仲間だからといって、パイルたちに友好的だとは限らないのだ。
「エータに何をした?」
改めてパイルが問うと、ゴウキは肩をすくめて嘲るように笑うだけだった。
「答えなければ……」
パイルはグレイヴを構える。
エータは、目覚める気配がない。
ゴウキの言とマサトの様子から、おそらく体から母体が追い出されたのだろうという事は分かるが……。
エータは無事なのか。
それとも。
「殺してねぇっつったろ?」
「ふざけないで! 死んでないなら、何で目を覚まさないのよ!」
つまらなそうに言い返したゴウキに、今度はラムダが噛み付く。
そんな二人を見て、ゴウキが耳を掻きながら話を逸らすようにハジメを見る。
「なぁ、こいつらどーすんの? なんかやる気満々に見えんだけど、潰していいのか?」
「やめて下さい」
好戦的な事を口にするゴウキを、ハジメが一言で切り捨てた。
「彼らは、ニヒルの使徒です。これから先に必要な人材ですよ」
「そんなモン、俺の知った事かよ。この程度で使徒? 鼻で笑うぜ」
「何だと……?」
パイルはグレイヴを握る手に力を込めた。
「俺たちを愚弄するか」
「仲間が操られてる事にも気づかなかったグズが、偉そうに吠えんな。てか、お前もコントロールされてたじゃねぇか」
「……ッ!」
痛いところを突かれて奥歯を噛むパイルに、ゴウキがゆっくりと向き直る。
「手ェ、出して来いよ。突っかかられたら痛めつけてもハジメだって文句言わねぇだろうしな」
ゆらりと立ち上るゴウキの戦意に。
パイルは、自身も信じがたい事に、即座に圧倒された。
ーーー馬鹿な。
この感情は、畏怖だ。
前の世界で、時折ニヒルからも感じた、その感覚。
「身の程、弁えろよ。どいつもこいつも……紛い物や使徒如きが、俺に勝てる訳ねーだろ」
と。
不意にハジメがゴウキに歩み寄り、その肩を掴んだ。
「やめて下さいと言ったでしょう? 挑発しないで下さい」
「お? 何だハジメちゃん、珍しく怒ってんの?」
おどけたゴウキの物言いに、ハジメはため息を吐く。
「喧嘩っ早いのは相変わらず……と言いたいところですが、試さなくても彼らの信念や絆は本物です。俺たちは、彼らと何度もやり合っています。……対立していたのは、お互いの主張だけです」
「本当かねぇ」
「真面目に怒りますよ? 大体、似合いもしないポーズを取るのは、いい加減にやめて下さい」
ハジメが言うと。
それまで、どこまでも憎らしい様子を保っていたゴウキが、不意に押し黙って……へらり、と笑み崩れた。
プレッシャーと危ない雰囲気が霧散し、代わりに悪戯坊主のように、鼻筋にシワを寄せて笑っている。
「にひひ。ゴメンってハジメちゃん! 皆が固い顔してるから、ちょっとからかいたくなっちまったんだよ」
「もうちょっと空気を読んでふざけて貰えますか?」
「堅苦しいの苦手だしー」
それは、パイルの目から見てもかなり異様な光景だった。
明らかに年下の……雰囲気を崩してからその印象はさらに増した……少年に対して、あの黒の一号が敬語を使っている。
それも明らかに自分が格下である態度で、だ。
「……なんか、背中がむずかゆいんやけど」
ミツキのつぶやきに、パイルは内心で深く同意した。
「安心しろよ。そいつからはマザーを抜いただけだ。じきに目を覚ますよ」
毒気を抜かれたパイルにゴウキは軽く言うが、それは困難などという生易しいものではないはずだ。
現にマザーに憑かれたせいで、ミツキの父、井塚カズキは命を落としているのだから。
「俺に不可能はねーよ。いや、むしろ不可能を可能にする男だ! の方が良いか?」
「それは色々ギリギリな発言ですね。ともかく……パイル」
ゴウキの脇に立つハジメが言った。
「一度《白の装殻》と会談の場を設けたい。受けてくれるか?」
「……良いだろう。しかしこちらも混乱している。状況を整理するために、日は改めたい」
ハジメはうなずいた。
「時間は然程ない。また連絡を」
「分かった」
パイルはラムダに頷きかけると、エータに歩み寄って担ぎ上げた。
「……0号」
名前で呼ぶか、敬語を付けるか、と迷ったあげくそう口にしたパイルに。
「ゴウキ様と呼べ。その呼び方じゃー、お前らザコと俺が同列みたいに聞こえるだろ」
パイルは思わず苛立って舌打ちしたが、それには答えず。
「エータとニヒルを救ってくれた事、感謝する」
それだけを口にして、パイルはラムダを伴ってその場を後にした。
※※※
「……行かせて良かったのか?」
パイルらを見送り、花立はハジメに訊いた。
「彼らも無能じゃない。この上敵対するような事はないだろう」
「そうじゃない」
花立はパイルと共に、大阪隕石の襲来体事件で戦った。
交わした会話、作戦の立案、交渉。
熱くなりやすい男ではあるが、パイルは決して馬鹿ではない。
「襲来体が米軍を掌握しているなら、PL社本社が同じ状況になっている可能性もあるだろう?」
「あ……」
気付いていなかったらしきミツキが声を上げるが、ジンとケイカは同じ考えを持っているようだ。
「奴等の中に、シープはオブザーバーとして入り込んでいた」
「エータも乗っ取られていたのだから、時間も充分にあったはずよ」
口々に、花立の考えに賛同を示す。
しかし。
「それはねーなぁ」
ゴウキが特に気負った様子もなく、言下に否定した。
「何故そう言える?」
解殻はしたが、花立はまだゴウキを疑っていた。
コウの中に眠っていた0号が目覚めた、と言われても、易々と許容できる話ではない。
その超戦闘力は確かに驚異的で、彼の言葉を裏付けているように見える。
ハジメの親しげな様子から、彼が襲来体が成り済ましているという可能性も低いだろう。
それでも。
「今の今まで眠っていたお前に、何故そんな事が断言できる?」
花立の問いかけに、ゴウキはつまらなそうに言った。
「寝てた訳じゃねーよ。大人しくしてただけ」
「そんな事は聞いていない」
「……あーん?」
ゴウキが、わざとらしく花立を睨み付けた。
「答えたくないなら構わないが、事情を知っているなら他の疑問も湧く。何故貴様は沈黙していた? コウの苦境や我々の苦戦を知りながら、現れなかった理由はなんだ」
花立が一番ゴウキを信用できない部分はそこだった。
意識があった、というのなら。
襲来体が四国に現れた時点で目覚めていても、不思議ではない。
彼が本当に0号だというのなら。
彼の存在そのものが、襲来体に対するカウンターだ。
コウを育てる、などというまどろっこしい真似をせずとも。
「コウには悪いが、一時体を貸して、お前が来体に対峙した方が遥かに効率的だろう」
そんな花立の主張を、ゴウキは鼻で笑う。
「なんにも分かっちゃいねーなぁ、参式。だからお前もザコなんだよー。ちっと人間の中で強い方だからって思い上がるなっての」
「どういう意味だ?」
「まず一つ」
ゴウキは人差し指を立てた。
「デウスの法はな、世界を守る為にあるんだ。ねじ曲げても意味がねーんだよな。今の零号は、コウだ。俺はそこを譲るつもりは一切ねーよ。余計に混乱するだけだし」
ゴウキは次に、中指を立てる。
「二つ。俺はお前らの事なんか心底どうでもいーんだよ。俺が昔戦った理由は、石コロにムカついたからってだけで、人類のためなんてつもりはさらさらない」
そう言うゴウキはニヤニヤ笑っているが、その目はひどく冷たい。
同じ人間ではなく、下等なものを見下すように目を細めて花立を見るゴウキの言葉は、真実味を帯びていた。
「奴等を滅ぼす為には、お前らに死なれちゃ困るんだよ。じゃなきゃ、誰がわざわざ助けるかってんだ、メンドクセー」
ゴウキは、最後に親指を立てた。
「そして三つ目。石コロどもは、ただ俺らを滅ぼしたいんじゃなくて、苦しめて、のたうち回らせて、虫を痛ぶるように追い詰めてーんだ」
うっすらと、笑みすら浮かべながら、ゴウキは語る。
「だから、わざわざ石コロのまま地上にぶつかるんじゃなくて、人間に憑いたり化けたりするんだよ。―――奴等の思考なら、ここで奴等に手は出さねーさ。こっちが最大戦力を結集させたところで、潰しにかかる。人類に絶望とかいうモンを与える為にな」
彼は、立てた三本指をぴっと首を掻き切るように払って、ハジメを見た。
「ハジメちゃん、腹減ったから帰ろーぜ。……後でこいつらに、俺が……〝装殻者〟ってのが本当はどんな存在なのか、きっちり教えとけよ?」




